事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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七十三話 怪しい雲行き

「なるほど。確かに僕たちの分野のようですね」

 

トールズ士官学院祭、2日目。

旧校舎最深部に、白い燕尾服を着込んだ神父の姿があった。

その目の前には、巨大な灰色の騎士人形が膝をついて立っている。

 

「それで? ラフィ。識っているのでしょう」

「まァ、一応。あんまり古い記憶は、天使がロックかけてるみたいだけど」

 

神父────リオンは、ラフィを見下ろしてそう問いかけた。

 

「名前はヴァリマール。灰だから、一応下位の騎神になる。獅子戦役の時、獅子心皇帝閣下が駆っていた機体だよ」

「ドライケルス帝が……そして今の主人はリィンくんだと」

「そゆこと」

 

頷いた教え子に、神父は顎に手を当て、考え込んでしまった。

 

「……言っとくけど先生、リィンを連れて帰るとかはナシな」

「おや、先に封じられてしまいましたか」

「当たり前だろ! 何も知らねェんだぞ、アイツ!」

「だからこそ、ですよ。芽は摘んでおかなければ」

 

貴女のためにも。

そう言うリオンの瞳は、優しく細められていた。

それを見上げ、女はポカンと口を開ける。

 

「記録を見るに、おそらく天使の虐殺は騎神の争いをきっかけに起こっています。騎神の主人同士を徹底的に隔離しておけば、きっと暴走は起こらないでしょう」

「でも!」

 

それは、かつての彼女(ニナ)のような、軟禁生活を強いるのと同じことではないのか。

 

「分かっていますよ。これは最終手段です」

 

叫んだラフィを宥めるように、リオンは優しい声色でそう告げた。

 

「副長も、暫くはリィンくんを見守ってくださるそうです。何も起きていない間に、一度総長と猊下と相談してみます」

「……ありがとう、先生」

「ふふ、なんの。可愛い教え子の頼みですから」

 

さて、とリオンは堅苦しい話で凝った体を伸ばして解す。

腕時計を見てみれば、時刻は12時ちょうど。外では正午の鐘が鳴った頃だろう。

 

「さて、そろそろコンサートの準備でしょう? 外へ出ましょうか」

「ウン。パトリックの勇姿も見に行かなきゃ」

「幼馴染くんでしたか。話を聞く限りかなり面白い子だそうですね?」

「そうそう。あと、一緒に出てるフェリスもあたしの妹分みたいな子で……」

 

踵を返して、騎士人形に背を向けて歩き出す。

そうして出入り口まで歩いた頃。ぎぎ、と油の差していないブリキの人形のような音が鳴った。

はっとして振り返ると、俯いていたはずの騎士人形が、じっとこちらを見ている。

 

「……」

 

その仮面に、感情は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────結果として。

Ⅶ組のステージは大成功を収めた。

To Become the Foundation of the World(世の礎たるために)Crimson Wings(赤き翼)。そしてアンコールに、I swer…。

予想外だったのは、さらにアンコールが重なったことだ。これ以上曲は練習していない。どうしよう、と全員が困った時。

 

ラフィは気がつけば、ライブ用の導力ギターではなく、自前のアコースティックギターを持ち出していた。

 

(……らしくねェな)

 

そう自覚しながらも、しんと静まり返った壇上で、星の在り処の最初の音を鳴らした。

続けてよく休憩中に遊びで合わせていたラウラがドラムを叩き出し、リィンがベースを鳴らし始める。

 

耐えきれず壇上へ飛び上がってきたオリビエがラフィのギターに合わせてリュートを鳴らし、エリオットはアリサの使っていたバイオリンを借りて即興で合わせてきた。

 

最終的に即興合奏のようにはなってしまったが、観客の心は掴めたらしい。

そのまま拍手で送り出され、ラフィはオリビエに撫で回されながらエリオットとグータッチを決めたのだった。

 

 

 

「────そうか、後夜祭には出ないんだな」

「あァ。ちょっと色々立て込んでるし」

 

学院祭も、残すは後夜祭のみ。

せっかくだから参加して行けとせっつくアンゼリカやオリビエを躱して、ラフィは家族と師と共にトリスタ駅の改札前に立っていた。

 

見送りに来たのは、リィン一人。他の皆も来ると立ちあがろうとしていたが、4曲続けて、しかも観客の前で演奏した後だ。気力が尽きて誰も立ち上がれてはいなかった。

 

「騎士人形については僕の方でも調べてみますから、不用意に触らないように。いいですね?」

「はい。お忙しい中すみません、リオンさん」

「いえいえ。どう見ても古代遺物でしょう、アレ。星杯騎士の最優先項目ですから」

 

にこやかに対応するリオンを、教え子はじとりと睨みあげる。今朝は連れ帰ろうとしていたのに、相変わらず隠すのが上手い人だ。

 

「イクス、ヨルダ。また次の特別実習で」

「おうっ、またな!」

「体調には気をつけてね」

「メルキオルはあんまりラフィに迷惑かけるなよ」

「わかってるって」

 

そうこうしているうちに、列車の到着を告げるアナウンスが鳴る。

リィンと簡単に別れを告げ、5人は列車に乗り込んだ。

列車が走り出して、しばらく経った頃。ふと、リオンが口を開いた。

 

「……ラフィ。ひとつ、悪い知らせがあります」

「へ?何?」

「今朝からワジと連絡が取れません。クロスベルで何かが起こったようです」

 

その知らせにショックを受ける……わけでもなく。

ラフィは眉を顰め、作り上げた眉間の皺をぐいぐいと揉みほぐした。

 

そんな気はしてた

「おや」

 

ステージの終わりがけ。

ほんのちょっぴり、違和感があった。

まるで、何かが目覚めたような。そんな違和感。

てっきり騎士人形の影響かと思っていたが────どうやら違うらしい。

 

「メル、凍結資産諦めろってお仲間に言ってやれ」

「え゛ー……絶対機嫌悪くなるじゃん。最悪」

黒幕が黒幕なんだから仕方ねェだろ

「うわ……剣の園のヤツらかわいそー……」

 

はわわと同僚を憐れむイクスの隣で、ヨルダもげぇと言いたげな表情をする。

狼狽えるかと思っていたが、案外大丈夫そうだ。ケロリとしている教え子に、リオンはふっと微笑んだ。

 

「僕は一度アルテリアに戻ります。何かわかったら連絡を」

「ン、了解。当たれるとこ当たってみるわ」

 

これは依頼だ。

先生と慕う人に、己の人脈をアテにされている。その喜びが報酬の。

 

帝都についた後、愛弟子の晴れ姿を収めた感光クォーツをウキウキで眺めながら、リオンは街道へと去っていった。メルカバをそこへ停めてあるからだ。

その後ろ姿を見送り、愛しい我が家へと足を踏み入れる。

依頼はなかった。どうやら双子とメルキオルが処理をしておいてくれたらしい。双子を褒めちぎり、抱きしめておいた。

 

「お姉ちゃん、通信?」

「ン。先生に頼まれたことを調べとこうと思って」

 

通信機のボタンをポチポチと押しながら、ひょこりと顔を出したヨルダに答える。

まァ、とりあえずまずはコイツだろう。ボタンを押し終え、受話器を取る。

数秒のコール音のあと、ブッ、と受話器が音を立てて、その奥からまず息を吐く音が聞こえた。

 

『はい、こちらアークライド』

「よっ。あたし」

『オレオレ詐欺は間に合ってる。んじゃ』

 

待て待てと切ろうとする通話先の人物を宥める。明らか面倒ごとに巻き込まれたことを悟った声をしていた。

 

「クロスベルがああなったじゃん。そっちどう?」

『どうって、経済恐慌真っ只中に決まってるだろ。IBCの資産凍結、おまけにクロスベルに攻め込んだ軍は全滅!』

「うわ地獄」

『そうだよ地獄だよ』

 

はぁ、と彼のため息が止まらない。どうやら《庭園》と同じように裏社会も大混乱らしく、彼の元にも依頼が大量に舞い込んできているようだ。

 

『帝国だってとんでもねぇ事になってるだろ』

「? そりゃ、経済恐慌はすげェけど、言うほどは……」

『お前なぁ……ラジオくらい聞いとけ』

 

────ガレリア要塞が文字通り"消滅"した。

あの列車砲ごと、だ。

 

その言葉に、ラフィはまた眉間に皺が寄るのを感じた。

 

「……マジ?」

『俺が必要もねぇのに好き好んで嘘つくかよ』

「それはそう。はァ……マジか……」

 

学院祭で楽しかった気分がどんどん落ち込んでいく。

だが、一つ安心なことはある。

 

「クロスベルが共和国も攻撃してるなら……」

『あぁ。少なくとも二国間で戦争になることはしばらくないだろうな』

 

それだけが救いか。

深刻な顔をした姉を心配してか、ヨルダがぎゅっとパーカーの裾を掴む。安心させるように撫でてやれば、まだ不安そうな顔をしているものの、心地良さそうに目を細めた。

 

『それで? そっちはどうなんだ』

「内戦は本当にいつ起きてもおかしくはない。貴族派も革新派もどんどん軍備を拡張しているし」

『……なるほどな、内ゲバか。しばらく帝国に渡るのは辞めておく』

「それが賢いと思う」

 

それから一言二言ほど話し、また彼の元に依頼人が訪れたようで、通話は解散。

それからツテを使って、何人かと通話する。

 

『ラフィさん!? わーっ、お久しぶりですっ! え? レミフェリアの状況ですか? はいっ、クロエになんでも聞いてください!』

 

『はい、こちら王都支部。……ああ、ラフィさん。お久しぶりです。このタイミングということは、情報共有ですね』

 

『はい、ロウランです────あら。もしかしてウチに引き抜かれる気にはなった? ……ふふ、冗談よ。クロスベル内の状況ね』

 

『こちらカプア宅急便……ラフィ! 珍しいじゃん、君が宅配依頼なんて。え? 違う? あー、なるほど。情報共有ね。それならボクよりキール兄の方が詳しいかも』

 

持てるツテを全て使って情報をかき集めていく。

とは言っても、皆から聞ける話は大抵似たり寄ったりだ。二大国よりもクロスベルへの経済依存が軽いリベールやレミフェリアはそこまで混乱していない、とか。

クロスベルの上空を通ったら危うく撃墜されそうになった、とか。そこで逃げ切るのは流石山猫号と言ったところか。

 

クロスベルは何やら妙な結界に包まれ、ゴルディアス級の人形兵器3体に守られているらしい。山猫号を襲ったのは、そのうちの一体……赤い機体だったそうだ。

ガレリア要塞を消滅させたのは白。あとは陸戦に特化した紺色がいる。

 

情報をまとめながら、特務支援課のことを思い出す。

帝国の固定通信機からENIGMAには直接かけられない。距離が遠すぎる。

ゴルディアス級の人形兵器が出張っているということは、確実にあちらも結社が絡んでいると見て間違いないだろう。

彼らも大変な事件に巻き込まれたな、と哀れに思いつつ、助けに行けない歯痒さを感じた。

 

メモをまとめ上げ、全体を眺める。

これは、サラからの依頼だ。ラフィの広すぎるツテを使って、あらゆる方面から情報を集めること。

この分じゃ来月の特別実習はナシか、と少し残念に思う。かといって、わざと事実を軽く見えるように書くのはラフィの流儀ではない。

 

「姉ちゃん、晩飯どーするー?」

 

ふと、イクスの問いかけで現実に引き戻される。

キッチンからぴょこぴょこ覗く水色の髪にふっと笑い、離れようとしないヨルダを連れてキッチンを覗き込んだ。

 

「冷蔵庫なにあったっけ」

「タマネギ、じゃがいも、トマト……あと牛肉」

「ハヤシライスでどうだ」

「この材料だとそれしかないよね」

 

もうダメだ。口がハヤシライスだ。

まずはタマネギを切ろうと冷蔵庫から取り出し、まな板の上に置いた。

そして包丁を構えて。

 

 

ざくりと、半分に切った。

 

 

 

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