────七耀歴1204年 10月30日
「よっ……と」
────帝都ヘイムダル 皇宮 外壁
軽々と壁をよじ登ってみせた少年が、こんこんとある一室の窓を叩く。
かぱりと空いた窓からするりと室内に入り込み、少年は周囲を見渡した。
「おはよ、セドリック。クルトも」
「……っはぁ……なんだ、イクスか」
「驚かさないでくれ、全く」
剣を構えていたクルトが、ふっと警戒を解く。
そして腰の鞘に双剣を仕舞い、しゃがみ込んだイクスに手を差し伸べた。
「つか、この窓から入ってくる時点でボクだってわかるだろ」
「今は特別警戒中なんだ」
「警備の人たち、いつもより多かったでしょ?」
たしかに。
普段は4〜5人が庭を巡回している筈だが、今日はその倍はいた。まぁ、どいつもこいつも鍛えたイクスの隠形には勝てなかったが。
時世を考えれば、当然のことだ。いつクロスベルが増長して攻め入ってくるかわからない上、国内では謎のテロリストが暗躍している。
部屋の外でも、何人かの気配が蠢いていることから、皇族全員の警備を強化したと見ていいだろう。
「そういえば、ラフィさん達は?」
「家で放送聞くってさ。ヨルダと管理人は仕事でバリアハートに行ってる」
放送。ラジオ放送だ。
鉄血宰相が全国民に向けた声明の。
どうせクロスベルを制圧するための戦力投入とか、そういった文言だろう。予想ができて面白くない。
だから、イクスは今日、セドリックの元へ遊びに来たのだ。
「とはいっても、僕達も宰相閣下の声明は聞くぞ」
「別にブレードしながら聞いたっていいだろ」
「不真面目だなぁ」
「殺し屋にそんなの関係ねーモン」
話し続けるラジオを横目に、イクスはブレードのカードを鞄から取り出した。
いつも通り、机の上にカードをシャッフルしてから置いて、セドリックとクルトを見上げた。
「順番どーする?」
「はいはい! 僕!」
「でん……セドリック。もう声明が始まるぞ」
「いいじゃないか。兄上ならばともかく、僕にはこの流れを変える力なんて無いし」
暗に、聞いても聞かなくとも関係はない。そう言ったセドリックは、イクスの勝負を受けて立った。
二人の間にカードが配られる。どうやらセドリックの優勢らしく、イクスはカードを眺めて微妙な顔をしていた。
『────帝都市民、並びに帝国の全国民の皆さん。ご機嫌よう。エレボニア帝国政府代表、ギリアス・オズボーンである』
「そういえば、姉ちゃんが昨日あちこちに通信かけまくっててさ」
「ラフィさんが?」
「そーそー。サラきょーかんからの依頼でさ。共和国とか、リベールとか、レミフェリアとか」
『れっきとした帝国の属州であるクロスベルが、独立などという愚にもつかない宣言を行い────』
「……前々から思ってはいたが、イクスの姉君は人脈の化け物か?」
「意外とカバーしてないとこは多いぜ。ノーザンブリアとか、自由都市圏とか」
「そこにまでツテがあったら逆に怖いよ」
『偉大なる帝国の誇りと栄光を、傷付けさせたままでいいのか!? 否────断じて否!!』
「うおっビビった。はいボルト」
「宰相閣下の声、大きい時は大きいよね。ミラー」
「嘘だろミラー残してたのかよ!?」
「そういえば、姉君はクロスベルに知り合いは居なかったのか?」
『このギリアス・オズボーン、帝国政府を代表し、陛下の許しを得て、今ここに宜言させていただこう!』
「いるいる。しかも中心で巻き込まれてんじゃねーのって言ってた」
「それは……心配だな」
「ま、ガチでヤバそうなら助けに行こうぜとは言っといたし」
「そこで助けに行こうぜって言える君が凄いよ」
『正規軍、領邦軍を問わず、帝国全ての“力”を結集し……クロスベルの“悪”を正し、東からの脅威に備えんことを────』
ぴくり、とイクスが何かに反応した。
「……銃声」
「へ?」
「どうした、イクス」
どうやら二人には聞こえなかったらしい。
咄嗟に召喚した銃で妙な気配がしたラジオを打ち抜き、続いて部屋の出入り口へと向ける。
「超長距離用の狙撃銃、か。ボクとヨルダ以外なら聞き逃すだろうね」
「襲撃か」
「う、嘘……一体誰が」
剣を抜いたクルトが隣に並び立つ。
セドリックも、部屋に飾っていた騎士剣を咄嗟に手に取り、二人の背後に庇われる形で立った。
次の瞬間、頑丈だったはずの扉が破られる。
雪崩れ込んできた人間を、イクスの魔弾とクルトの斬撃が吹き飛ばした。
「んだ、あっけね。雑魚じゃん」
「この制服……クロイツェン領邦軍か」
貴族派の白い制服を惜しみなく曝け出した下手人を見下ろし、セドリックは顔から血の気が引いていくのを感じた。
「……貴族の、謀反」
か細い声で捻り出した言葉に、イクスとクルトは振り返る。
ベルトに取り付けた鞘へ剣を仕舞い、少年は恐怖と少しの興奮に震える手を押さえ、二人をまっすぐ見つめた。
「父上に母上とアルフィン、兄上を探しに行こう。手伝ってくれるかい、二人とも」
「そう来なくっちゃ!」
「ああ。貴方ならばそう言うと思っていた」
二人がいなければ踏み込みもしなかった道に、皇太子は踏み込んだ。
日常が、崩れていく。
「街道まで走って!! とにかく正規軍の後ろに行け!!」
逃げ惑う市民に向かって声を張り上げ、翼を羽撃かせ、大きく剣を振りかぶった巨大な人型兵器を剣で切り刻む。なるべくコックピットのあるらしい胸部は狙わずに、四肢と頭をもぐ形で。
『なっ、お嬢様!?』
「動きが甘いッ!!」
『ええい、いくらラファエラ様でも邪魔は……』
「いいから────そこをどきなさいッ!!」
スピーカーから聞こえてくる兵士たちの声をものともせずに、天使は次々と騎士人形を切り刻んでいく。
肩で息をする女は必死に体を蝕む痛みを堪え、その青い瞳で上空に浮かぶ母艦を睨む。
「天使に続け───────ッ!!」
後ろからは正規軍の戦車がガラガラとついてきている。広報では破壊した騎士人形から降りた領邦軍兵と正規軍兵が歩兵戦を繰り広げている。
あちらは任せておけばいいだろう。きっと今、最も人型兵器を破壊できる人間は自分だけだ。
“力”を込めた剣で次々と騎士人形の四肢を切り落としていく。
己の本名を呼ぶ兵士の割合からして、半分ほどはラマール兵と見て間違い無いだろう。この手で命は取らないが、この後の歩兵戦でも生き残ることを祈って騎士人形の左手を肩口から切り落とした。
「ラフィちゃん!」
「クレアさん!状況は!?」
「バルフレイム宮が危険です、今から奪還に向かいます!!」
「了解、道を開くからちょっと下がってろ!!」
地上から己を呼ぶクレアに返事をして、全身に“力”を巡らせる。今は後の痛みなど考えている余裕はない。
青い翼が一際強く輝き、あたり一体を照らす。
「祈るのはガラじゃねェんだけどな」
長剣を天へ掲げ、“力”を込める。
わずかな雲すらも吹き飛ばし、突き抜けるような蒼天が上空へと現れる。
光を浴びて輝きと長さを増した長剣を顔の横で浮かせ、蒼い両目を見開き、目の前の敵の群れへと照準を合わせた。
「天より顕れ、闇を祓い給へ」
やがて雲の隙間に見える蒼天から、無数の剣の切先が顕れる。
「あたし相手なのが運の尽きだったな」
天使は不敵に笑い、指を弾く。
「───消し飛べ!ネメシス=ブリンガー!!」
光の雨と共に無数の剣が降り注ぎ、器用に騎士人形の四肢を切り落としていく。
直線上の障害物は全て取り払われた。身体中を這い回る痛みに耐えつつクレアにアイコンタクトを取れば、彼女は軍に指示を出して綺麗になったヴァンクール大通りを進軍し始めた。
「四肢を狙え!!特に膝関節が脆い!!」
「わかりました! 鉄道憲兵隊、前進!!」
アイ・マム! と周囲の戦車から男達の返事が上がった。
「ラフィちゃん、先にバルフレイム宮へ。皇族の方々の保護を最優先に」
「ったく、人遣いが荒いなァ……了解ッ!!」
クレアの指示を受け、天使は再び飛び立つ。
自由自在に飛び回る青い光に翻弄され転げたりよたつく騎士人形を、正規軍の戦車が滅多打ちにする。
ドライメルス広場にはまだまだ騎士人形が配備されている。どこからその金出したんだよ、と父のいるらしい母艦を再び睨み上げた。
父のへそくりの賜物をどんどん壊して回るラフィの目の前に、2騎の騎士人形が立ちはだかる。
僅かに様子が違ったが────関係ない。他のと同じように四肢をもいで、おまけに頭部カメラも切り落としてやった。
『バケモンやろ姫さん!?』
何か聞こえたが、何も聞こえなかった。誰がバケモンだ、誰が。
バルフレイム宮まで後少し。イクスの無事も気になる。速度を上げようと翼をはためかせた、次の瞬間。
────トリスタ方面から、気配を感じ取った。
蒼と、灰。体の中の天使が、それだけ呟いた。
それだけで、体が勝手にトリスタへ飛び去っていく。
まだ騎士人形は残っている。それでも、本能が残ることを許さない。
上空から眺めた様子じゃ、一般人は見当たらない。駅あたりに避難できたらしい。
それと────走り去る3人の子供も確認できた。
弟が、家族が無事ならそれで良い。
あとはクレアに任せるとしよう。
そう考えて、勝手に飛び去る翼に身を任せた。
「……争いは起こすなって、言ったよな」
リィンを逃した、その直後。
目の前の騎士人形とおなじ、蒼い色をした衝撃が正面に落ちた。
「……ぁ……ラフィ……?」
「よ、お前ら。悪いが話は後だ」
ばさりと翼が広がる。
それと同時に、何もない宙からいつもとは比較にならない量の力の弾丸が、騎士人形に向かって射出された。
軽々と避ける騎士人形にイラついたのか、弾丸の射出速度と密度はどんどん上がっていく。
『チッ、本気かよ……!!』
「お前がソレを降りれば済む話だ」
『今更降りる? 笑わせんな!!』
ついに防御に入り、騎士人形は動きを止めた。
そこを狙い撃ちにするように、力の弾丸は騎士人形へと襲いかかった。
「なァ、なんで乗った? なんでリィンに戦闘を仕掛けた? 殺すしかないって、あたし言ったよな」
『……』
「撃った時点でお前の復讐は終わったんじゃないのかよ」
『……パトロンの、要請だ』
「ッ……!! 馬鹿野郎、本当にお前は馬鹿野郎だ!!」
殺意が膨れ上がる。
どうしようもなく、本能が戦えと叫んでいる。今すぐあの美麗な人形の核を貫けと。
嫌だと拒絶しても、天使は優しく囁きかける。
────アレを、殺せと。
「しょうもないクソ親父の要請でテメェが死んでたら意味がねェだろ!!!!」
『……はは、違いねぇ』
「なら今すぐ逃げるか降りるかしろよ!! なァ!!」
生かす理由はない。
最後まで生かすと気まぐれに告げられたリィンと違って、クロウは天使に気に入られていないから。
「ラフィさん、そんなに力を使っては体が!!」
「エマ!! 他の奴ら連れて転移で逃げろ!!」
「ですがっ!!」
「良いから、行け!!!!」
力の雨で騎士人形を封じたまま、ラフィは叫ぶ。
言葉がつまり、吃ったエマは、一秒ほど迷った後に仲間たちに向かって「集まってください!」と叫んだ。
……それで良い。
そっと振り返れば、マキアスとラウラが加勢しようと踠き、仲間たちに抑えられている。
二人にふっと微笑み、女は弾丸だけに頼らず、剣を引き抜いた。
そうして、背後の転移陣が起動し、消えた後。
女は弾丸の雨を止め、翼を羽撃かせて宙に浮き上がった。
まだ体は耐えられる。相性は有利。
だが、持って後10分、と言ったところだろう。
……教官や生徒を逃すための時間なら、十分に稼げる。
遠くに見える、灰の痕跡を見つめる。
「お前なら何か変えてくれるって、信じてる」
だから頼んだよ────
────The story is still continuing...