12月5日。
「良いとこまで行けたのに」
子猫のように首根っこを引っ掴まれ、ラフィはぷらんと垂れ下がりながら貴賓区画へと帰ってきた。
頬には真新しい火傷が目立ち、ヒリヒリと痛む。
「今日はもう脱走すんじゃねぇぞ……くぁ……」
「寝起きで確保されたのマジで腹立つ」
火傷を作った本人────結社執行者 No.1たるマクバーンが大きく欠伸をした。
どうやら先ほどまで昼寝をしていたらしく、今日は甲板へ出ようとしたラフィを、ゴール直前であろうことか寝ぼけ眼で確保した男だ。
「つか火傷痛いんだけど。どーしてくれんだよ」
「ア? 勝手に冷やしとけや」
「アーツかける気がカケラもねェなアンタ」
シャカシャカと手足を動かして暴れると、面倒になったのか男は広間のテーブルへラフィを放り出した。
ふわりとした椅子のクッションに包まれ、真っ赤でド派手な火炎魔人を見送る。一応手を振る気はあるらしく、こちらをかけらも見ずに手の甲をひらひらと動かしていた。
むぅ、と頬を膨らませ、また何もないポケットを漁る。そろそろ飴の安っぽい味が恋しくなってきた。誰かしらに頼んだら買ってきてくれるだろうか。
ともかく、今日の残り活動時間も半分だ。もう一度脱走するには時間が足りないだろう。
確か、今は怪盗紳士とアルティナが出動しているのだったか。一人喧しいのが居ないだけでこの貴賓区画も随分と静かになるものだ。
案外この静寂の中、ゆったりとあえて昼寝をするのも良いかもしれない。
「なんや姫さん、ほっぺに勲章付けて」
前言撤回。不愉快なヤツが来た。
辺境方言の胡散臭いのと、大柄な中東系の男。西風の旅団の二人だ。
「劫炎にやられたようだな」
「アーツくらい使いや。ほっとくと跡残るで?」
「生憎ARCUSも第四世代もクォーツ無いんで」
「……せや。このお嬢さん軟禁中やったな……」
空っぽの第四世代戦術導力器を見せれば、胡散臭い方────ゼノは肩をすくめた。
どうやら毎日1〜2時間はクロウとデュバリィと騒ぎ倒しているからか、ラフィが軟禁されていることを忘れて居たらしい。
流石に気の毒と思ったのか、導力器の駆動音の後、頬の火傷がすっかり消えた。流石に小声で礼を言うと、ゼノは機嫌良さそうに笑う。
「言っとくけど、あたしに優しくしてもフィーのことは教えないから」
誤解されても困るから、そうきちんと宣告すると、ゼノと、もう一人の大柄な方────レオニダスは、その表情を少しだけ曇らせる。
「……やはり、駄目か?」
「駄目に決まってんだろ」
女は足を組んで、ぎろりと二人を睨む。
「たとえどんな理由があろうと、身寄りのない幼い子供を身勝手に放り出したやつらに話すことは無い」
その理由が、フィーのためであったとしても。
育て親という指針を無くした彼女を放り出して、自分の目的を優先した奴らになんか話すものか。
拾ったら最後まで責任を持つべきだ。アウトローだろうがなんだろうが、当時の幼いフィーにとっての世界は、彼らが全てだったのだから。
「……ハハ、耳が痛いわ」
「ああ。だが、同時に安心もした」
「安心?」
気まずそうに視線を逸らすゼノとは対照的に、レオニダスはその強面をほんの少し緩める。
「正式な級友ではないラファエラ嬢がそこまで言うのだ。きっと、フィーはⅦ組でも馴染めているのだろう」
「あァ……ま、それは否定しないかな」
特に、喧嘩を乗り越えてからはラウラとも一心同体と言えるほど仲が良く、戦術リンクの精度も高い。流石に相性最高質のリィンとラフィには敵わないが、二人もかなりのものだ。
まぁそれを教えてやる義理はない。話は終わりだ、とふいと視線を逸らせば、彼らはこれ以上ラフィが話す気はないと悟ったのか、軽く会釈をしてから去っていった。
(……早く帰らなきゃ)
拾ったら最後まで責任を持つ。その言葉は自戒でもあった。
あの大雨の日、拾った双子。闇しか知らない、どん底にいたあの子達を引き上げた責任は、自分が取らなければ。
脱走計画はまだ立てられていない。情報が足りなさすぎる。
今は自分に加えて皇女殿下とエリゼも連れて脱出しなければならない。なら、最初に考えていたルートは使えないだろう。
脳内で経路を考えるために唸っていると、ふと正面に誰かが座った。
「……何か用?」
「別に」
むすっとして、なんだか機嫌が悪そうなクロウだった。なんだよ別にって。
わからないやつだ。裏切ったと思ったら、案外学院祭でかかわった時とあまり変わらない態度で接してくる。
あの時はフェイクだのなんだの言っていたが、このクロウ・アームブラストという名の男の本質は、学院生活で見せていたおちゃらけた方なのだろう。
「またルーファスさんあたりに詰められでもしたか」
「……なんでわかるんだよ」
「お前が機嫌悪い時って大体そうだろ」
会話をする姿勢になったラフィの元に、ひとりのメイド────確か彼女は、アデリナの直属の後輩だったか────がココアの入ったマグカップを置いた。
ありがとう、と礼を告げて飲めば、彼女は一つお辞儀をして去っていく。
少し濃いめの、好みの味付け。幼いころ、実家でよく飲んでいた味にほう、とため息をつく。
「お前さ、結局何がしたいの?」
「……」
「復讐は終わった。別に騎神ごと何処かに、それこそ共和国あたりに飛んでいきゃさすがのバカ親父も追わねェだろ」
俯いたままのクロウの正面に、メイドがコーヒーを置いた。
「死に場所でも探してんのか」
ぴくり、と青年の肩が跳ねる。
その様子を見て、ラフィは呆れを見せた。図星か、と。
「面倒くせェやつ。自殺はイヤ、仲間に殺されるのもイヤ。かといって
「……悪いかよ」
「あァ悪いね。お前、リィンに
起動者として、
だから、リィンのいるユミルに攻め込まない。
「その
事実を突きつける。
親友殺し。一生心に残る、まるで新雪の最初の一歩のように消えない傷。
この男は、それをあのお人好しに刻もうというのだ。
「……マ、やらせはしないけどな。そうなる前にあたしがお前を仕留める」
一瞬青く変化した瞳はすぐに白夜へと戻り、女はひどく疲弊したのかずり、と椅子の背もたれにもたれかかる。
まだ眠るまで30分もあるにもかかわらず、どうやら眠気が襲ってきたらしく、貴族令嬢とは思えないほど大きく口を開けて欠伸をした。
「なぁ、ラフィ」
「何」
「どうして天使はそこまでオレとリィンが戦うのを止めるんだ」
教えてくれ、と迷子のような顔をした青年が、答えを懇願する。
すでに目がシパシパとしているラフィは、いったん立ち上がり、ココアをグイっと飲み干して、目を擦る。
「無知で愚かなヒトの子のために、女神が遣わした封印の守護者だからよ……だそうだ」
じゃ、おやすみ。
右手をひらひらと振りながら、ラフィは自身に与えられた部屋へ帰っていく。
その姿を見送りながら、クロウは目の前に置かれたコーヒーを啜る。
さらされていたプレッシャーから解放されたからか、青年は詰まっていた息を吐いて、目を閉じた。
「……その前に仕留める、か」
優しいお前にできるとは思えねぇけどな。
12月5日
脱出は失敗。 火焔魔人にやられた。 腹立つ。
ヤケドくらい治して行ってくれてもいいだろ。
だが、船内の構造は把握できてきた。 あのダクトを使えば、皇女殿下とエリゼくらいは逃がせるはず。
私は結界さえどうにかなれば力づくで脱出できる。 まずはあの二人が優先だ。
イクス。 ヨルダ。 メルキオル。もう少し、もう少し待っててね。
姉ちゃん、頑張るから。