事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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七十八話 “家族”

12月8日。

 

「おはよう、ラファエラ」

 

目を覚ますと、父がベッド脇に座っていた。

まだ寝ぼけ眼をシパシパと瞬かせる娘の頭を、父はそっと撫でる。

やがてぼうっと上を見上げていた娘は、ぎゅっと目を瞑って、伸びをして、がばりと起き上がった。

 

「……何の用」

「少し、手が空いてね。怪我の調子はどうなんだ」

「スピードは遅いけど、治ってきてる」

「そうか。良かった……お前まで失ったら、私は……」

 

父は、娘の手を震えながら握り締めた。

ラフィが血まみれでここへ運び込まれた時、真っ先に駆け寄ったのはクロワールだったという。

母のことを思い出した今、その忘れ形見を失いたくはないのだろう。

 

「ラファエラ、もう少しの辛抱だ。もう少しで、内戦を終わらせるからね」

 

そうして、父はにこりと笑う。

 

「そうすれば、お前とアリエルを救えるのだから」

 

───あぁ、わからない。この男の心が。

国全土を巻き込む戦を引き起こしておいて、どうして娘一人をここまで心配する心が残っているのだ。

同じ心で、何故戦乱に怯える民を心配できないのだ。

わからない。わからない。わからない。

 

「救われたいなんて言ってない」

「ああ。これは私のエゴだ」

「……わかってるなら、やるなよ」

 

沸々と怒りが湧いてくる。

だが、ここで暴れても眠らされるだけ。起きたばかりなのにまた睡眠だなんてごめんだ。

だから……この怒りは、静かに、言葉だけで父へとぶつける。

 

「アンタは領主だ。民を守る者だ。それが、こんなお粗末な内戦を引き起こしやがって」

「……」

「挙句に果てにあたしと母さんの為だって? 何がどうなってあたしたちの為になるっていうんだよ。ふざけるのも大概にしろ……!!」

 

ようやく理解できて来たはずの父がなんだか遠くに思えた。

父は怒る娘をじっと見つめ、頭に手を乗せ、そっと動かす。

 

「私は、ある方に仕えていてね。ああ、皇帝陛下ではないよ」

 

あくまでも穏やかに話すクロワール。

頭を撫で続ける手を振り払うこともできず、ラフィはじっと父を見つめた。

 

「内戦を勃発させれば、あの方は力を取り戻し、お前たちの使命も役割を終える」

 

あの方。

誰だ。結社の誰か? 違う、知らないだけかもしれないが彼らに内戦で力を取り戻すような連中はいない。

まだ己の知らない野心家が居るのだろう。悪魔か、それとも。

 

「あの方はね、約束してくださったんだ。力を取り戻した暁には、」

 

父は、心底嬉しそうに笑った。

 

「アリエルを()()()()と」

 

 

 

 

 

 

 

死人の生き返し。

そんな力を持つものなど、女神の七至宝(セプト=テリオン)以外にあり得ない。

父は、至宝を手にしたというのか。

少し見ただけでもとんでもない力を持つとわかる、アレを。

 

父の去った貴賓区画の階段に座り、考え込む。

なお、今日の脱走は失敗。先ほど甲板で待ち構えていたとある大男につかまって帰ってきたところである。

 

「さっきから何悩んでんだ? お嬢さんは」

 

よって、大男────ヴァルカンは隣にいるものとする。

 

「いやー、ちょっとシスター見習いとしてどうしたモンかなって」

「そういやアンタ、七耀教会の縁者だったか。すっかり忘れてたぜ」

「もしかして結構な頻度でお前の同志と教会談義してるのお聞きになっていない?」

 

そう尋ねると、ヴァルカンは片眉を上げて肩をすくめた。

それと同時に狭い階段から大男の尻がずり落ちそうになる。確かにここは彼には狭かったか、とラフィは部屋の反対側に3セットほど置かれた机を指差して、移動の意思を伝えた。

 

「それにしてもよ。天使頼りかと思っていたが、案外生身でもやるじゃねぇか」

「そりゃ、今年に入るまでは生身だったし。空中都市帰りを舐めるんじゃねェよ」

「飛ぶ剣によるブラフ、荒々しい剣筋。おまけに足癖も悪いと来た。一体誰に習ったんだ? こんな闇鍋戦術」

 

()()()()()()()()()()()に、普段の剣術とワジと手合わせをして覚えたなんちゃって格闘術を駆使する、ラフィの天使封じを喰らった時の戦術は案外ヴァルカンに気に入ってもらえたらしい。

戦術導力器のクォーツ0の状態であそこまで食い下がれたと考えれば、かなりの上出来だろう。

テーブルにつけば、案の定いつもの彼女がラフィにココアを、ヴァルカンにコーヒーを差し出した。

 

「アンタは……元猟兵だっけ」

「おう。《C》から聞いた様子じゃあんまりこっち()側に偏見はねぇみたいだな?」

「まぁね。今一緒に住んでる家族なんて皆殺し屋だし」

「随分と物騒な家族だな。四大名門のお嬢様の家族とは思えん」

「ふふ……あたしもそう思う。見ている世界が一緒じゃないことも知ってるし」

 

ダウナー気味なヨルダに、逆にアッパー気質なイクス。それと変態なメルキオル。

全員、殺しに躊躇が無い、あっち()側の人間ではあるが。

 

「でもね。三人とも、どこにも行かないって約束してくれたから」

 

それでも、ラフィにとっては皆大切な家族だ。

 

「……なんつーか、盛大な惚気を聞かされた気分だぜ」

「気分じゃなくて聞かせてんの」

「自覚アリかよ」

「だって、もう2ヶ月も会えて無いし。はァ……すっかり充電切れだよ」

 

そろそろ双子の「姉ちゃん」「お姉ちゃん」を聞きたい。抱きしめて頬ずりして、かわいい年相応の笑い声を聞きたい。

今は一体何をしているのだろうか。この艦に皇太子殿下が乗っていないから、イクスは帝都から逃げきれたのだろうけれど。

バリアハートへ出張していたヨルダとメルキオルは無事だろうか。ひどい目には合っていないだろうか。

 

「……なァ、やっぱ脱走しちゃダメ?」

「ダメよ」

「ダメらしいぜ」

「ぬるっと出てきたなセンパイ」

 

テーブルにべたりと伏せたラフィの頭をぽんぽんと撫でるのは、ラフィがセンパイと呼ぶスカーレットだ。

彼女は流れるように空いている椅子へと座り、長い脚を組む。正面には紅茶が置かれた。

 

「見習いちゃんったら、しょっちゅう脱走するのだもの。私と《神速》ちゃんがどれほど気を揉んでいるか知らないでしょう」

「しょっちゅうって、そんな頻繁にはしてないだろ。つか早く家族に会いたいし」

「いるじゃない、お父様が」

「もうヒゲ面は十分」

 

ひらひらと手を振れば、スカーレットはクスクスと笑う。

あんな娘に心配かけてばかりの頭がおかしくなった父親なんて、もう知らない。勝手に何か企んで、勝手に破滅すればいいんだ。

 

「なぁ、お嬢さんよ。もしかしてお前、自分が寝てる時の事覚えてねぇのか」

「え? 当たり前だろ。ここに来てから夢なんざ見てねェし」

「ちょっと、《V》」

 

咎めるようなスカーレットの声に、ヴァルカンはガシガシと後頭部を搔きながら、目の前の少女に向かって一つの事実を告げた。

 

「お前さん、朝から晩まで夢遊病みてぇに歩き回ってるんだぜ。家族やら師匠やらに会いたいって、ずっと泣きながら」

「……ええ……?」

 

いや確かに、何故か毎回起きたら枕に濡れたタオルが巻かれているけれど。あれは己の涙で湿ったということなのか。目尻もなんだかカユいし。

まさかの症状に、ラフィも自分にドン引きする。まさか天使のやつが操ってるんじゃないだろうな、と勘繰ると、体の内側から『失礼ね!!』と抗議が飛んできた。どうやら違うらしい。

 

「そんなに愛される家族が羨ましいぜ、まったく」

「いやその、家族が大好きだってことは否定しねェけど、泣きながらってどういうことだよ!?」

「あなたのプライドのためにも聞かないことをお勧めするわ」

「逆に言えばプライドが傷つくようなことしてるんだな????」

 

まさか幼い子供みたいに泣きじゃくってセリス(師匠)リオン(先生)に助けを求めているとは言えまい。

視線を逸らしたスカーレットを問い詰めようと立ち上がったラフィも、その顔を見てス、と着席した。どうやら聞かないことにしたらしい。

 

「コホン、ところでセンパイ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「露骨な話題転換ね。何かしら?」

「クソ親父、七至宝(セプト=テリオン)の一個ゲットしてたりしない?」

 

スカーレット、盛大に飲んでいた紅茶で咽た。

どうやら所謂"横に入った"状態らしく、しばらくケホケホと咳をして、あまりの不憫さにヴァルカンがその背を摩った。

 

「どっ、どうしてそうなるのよ!? 大体七至宝はもう失われて────」

「わり、あたし空の至宝(輝く環)この目で見てんだワ」

「そ、う……だったわね。ああもう、本当にいきなり突飛なこと言ってくれるわ……」

 

紛れもない教会談義である。

七の至宝(セプト=テリオン)は教会の教義の中でも案外マイナーな話だ。ラフィだって、リベールに行くまでは「へーなんか聞いたことはあるな」程度だった。

だが、至宝本体にそれを守護する成獣……その実在を目の当たりにしては、そうも言っていられなかった。

 

「だってさ、死者の蘇生なんて七の至宝(セプト=テリオン)クラスじゃないとできないだろ」

「死者の蘇生ですって? カイエン公がそう言ったの?」

「あァ。……母さんを、蘇らせるって」

 

握ったココアが揺れる。

その水面に、薄く己の顔が映った。

スカーレットはラフィのその姿をじっと見つめて、ふぅと息を吐く。

 

「……どうやらまだ私たちも知らないことがあるようね」

「つまり、センパイ達はなんも知らねェと」

「ま、公爵閣下にとっちゃあ、よく言えば内戦を始めるための撃鉄。悪く言えば捨てゴマだからな、俺たちは」

 

リーダーの《C》含め、カイエン公に教えてもらっていないことは山ほどある。

大男はそう言って、こくりとコーヒーを飲んだ。

 

「……悪い」

「家出娘が謝るんじゃねぇよ」

 

暗にお前は無関係だろうと言われるが、それでも心の内側の罪悪感は晴れない。

そもそも、ラフィが家出をしなければ父も思いとどまってくれていたかもしれないのに。

ああ、だが、それでは────あの三人(家族)に、出会えなかった。

 

「……帰りたいなァ」

「ダメよ」

「きびし~。つかなんでダメなの?」

「公爵様は娘を危険に晒したくないそうよ」

 

それが真実ならば、呆れた親バカだ(どうせ噓だろう)

昔から、父はラフィに母を重ねるところがあった。 実際、己と母は生き写しのようなものだから無理もないだろう。

だが、それでも。家を出る前……記憶をなくす前は、確かにラフィ自身を見てくれていた。

それがどうだ、今じゃ父は()()()()()()()()

口では娘を案じるようなことを言っていても、その目は妻に向いている。

 

「……やっぱり、止めないと」

 

そう呟いて、女はじっとココアの水面を見つめた。

 

 

 

 

 

 

ちょうど同じ時刻。

じいっとココアを見つめる少女が一人いた。

 

視界の端に映る姉とそろいの髪飾りをじっと見つめ、ぐい、とココアを口の中へ流し込む。

姉の作る暗黒とは違う、適度な甘さが少女の脳を癒した。

しばらくすると、背後の扉がドンと開かれる。そこからひょこりと覗いたのは、少女の片割れのトレードマークたる水色の髪だった。

それに続けて、金色と青灰色が覗き、ひどく疲れた様子で入ってきた。

 

「戻りました……」

「タダイマ~……っと、ココアじゃん。ボクも飲みたい」

「自分で入れなよ」

「ヤダ。婆ちゃんのがいい。頼んでくる!」

「あ、ちょっとイクス!報告はどうするのさ! 」

 

片割れと連れの少年たちは奥にあるキッチンへと飛んでいく。

それを見送って、少女はまた一口、ココアを飲み込んだ。

 

「はー、ただいま……」

 

片割れが閉め損ねた扉から、もう一人男が出てくる。

ベリーショートの下の、イカれた赤い目。間違いなく少女の保護者である青年だ。

 

「どうだったの?」

「ビンゴ。やっぱりユミルに居るみたいだよ」

「……そっか。じゃあさっさと合流しなきゃ」

 

キッチンから聞こえる賑やかな声を聞きながら、少女は立ち上がった。

コップの中のココアはもう無い。底の淵にこびり付いた溶け残りをスプーンでこそげながら、少女もキッチンへと向かった。

 

「お婆ちゃん」

「あら、飲み終わったの?」

「うん。美味しかった」

「それは良かった」

 

キッチンに立っていたのは、古き良きメイド服をキッチリと着込んだ老年の女性だ。彼女は細く、骨ばった手をそっと少女の頭に乗せて撫でた。

それを享受しながらも、少女は女性から貰った紅茶を手の中に収める、金髪の少年へと視線を向けた

 

「セドリック。行くの?」

「……うん。また、アルフィンと兄上に会うためにもね」

 

決意を固めた少年は、片手を握りしめて、しっかりと少女へ告げた。

そこへどん、と少女の片割れが肩を組む。

 

「待ってたぜ、その言葉!」

「ああ。いよいよか」

 

そして、少年の側付きたるヴァンダールの後継者も頷いた。

運命から逃げ延びた皇太子は、得られるはずもなかった仲間達に囲まれ、行く先を切り開き、軌跡を描く。

 

「ラマール州縦断……それも僕たちだけで、だ。いくら足があるとはいえ、辛い旅路になるだろう」

 

少年は拳を突き出した。

それに呼応するように、3つの拳がトン、とぶつけられる。

 

 

「行こう。僕らの大切な兄姉(きょうだい)に会うために!!」

 

「「「応!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月8日。

 

脱出失敗。

ヴァルカンに捕まった。 あの図体は反則だろ。

 

内戦が始まってから、父さんの様子がおかしい。

私の記憶ではあんなに執念深い人ではなかったはずなのに。 話す内容は本気で理解できないし、 嫌な気配もするし、 今の父さんにはあまり近づきたく無い。

 

家族に会いたい。

早くここから出て、 あの暖かい家に帰りたい。

そのためには、やっぱり早く逃げ出さないと。

 

 

 

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