12月12日。
ゾロ目であることをマスターさんカレンダーが告げた。今日も美人でいらっしゃる。
昨日、エリゼがパンタグリュエルを降ろされた。どうやら捕まった皇帝夫妻の世話係に抜擢されたらしく、アルフィンに悔しそうに別れを告げながら、貴族連合の兵に連れられて行ったそうだ。
また何もできなかった。そんな無力感がラフィを襲う。
父があえてラフィが何もできない時間帯を選んだのだろう。まんまと眠っている間に彼女は連れていかれてしまった。
イラつきながらも、今日の時間を無駄にしないために、パーカーを羽織って剣を片手に扉を蹴破った。
「きゃっ」
「なっ……」
聞き覚えのあるシチュエーションに、ラフィはぎょっとして扉の外を見た。
またスカートを気にせずハイキックをかましたラフィの正面には、見覚えのある黒髪。その後ろで、皇女殿下が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
そっと足を下ろしてその正体を見ると、先方もライノ色の瞳をまるくしてラフィのことをじっと見ていた。
「ラフィ、なのか」
「……おう。久しぶり、だな」
こんなところで会いたくはなかったが。
希望を託したはずの親友の姿に、ずっと張りつめていた気が緩んでいくのを感じた。
そのせいか、ふっと口端がゆるんだラフィを見て、リィンはその目元に涙を貯め、我慢が利かなくなったのか、ガバリとラフィを抱きしめた。
「まぁ♡」
「おわっ、ちょ、リィン!?」
「よかった……無事で、本当に良かった……!!」
「わかったから泣き止めって! ああもう、仕方ないな!!」
無理やりリィンを引きはがし、パーカーの袖で涙を拭う。
リィンも我慢しようとしているのか、眉間にしわを寄せて、口をきゅっと閉じ、まるで幼子のような顔をしている。
ヘンな顔、と笑ってやれば、リィンはうるんだ瞳できり、と睨んだ。あんまり怖くない。
「みんなから、クロウの足止めにラフィが一人で残ったって聞いて……ずっと、心配してたんだぞ」
「バーカ、このあたしが簡単に死ぬもんかよ」
「うぅ……それでも友達なんだから、心配くらいするだろ」
……友達。友達か。
(それは、ちょっと、いや、かなり嬉しいな)
とりあえず、と部屋の中に招き入れ、話を聞くことにした。
見慣れた制服姿ではないリィンはキョロキョロと周囲を見渡し、ソファに座る。
「なんというか、ほかの部屋と雰囲気が違うな。ベッドも大きいし」
「まァ、あたし今一日のほとんどを寝て過ごしてるからさ。今も寝起きだし」
「……さすがに軟禁されているとはいえどうかと思うぞ、それは」
「好きで寝てるわけじゃねェんだわ」
忌々しい魔女の結界さえなければ、こんなところ眠らずに一瞬で逃げ出している。
早く家族に会いたい。早く迎えに行きたいのに。
「今起きられたということは、あと3時間ですわね」
「そうッスね。リィンが来たなら今がチャンスでしょう」
「制限時間があるのか?」
「そ。あと3時間であたしはもっかい眠らされる。あんまり長話してる暇はない」
アルフィンの言葉に頷き、ラフィは部屋の隅にある机からひとつノートを取り出した。
それは、この数週間の脱走で調べ上げた、甲板へのルートが無数に書き込まれたノートだ。
一見日記に偽装しておいたからメイドたちにもバレていない。
「そこのダクトがこの先の廊下に繋がってる」
「廊下に……もしかして、通れって言ってるのか」
「出口のほうはずっと兵が見張っててダルいんだよ」
いちいち兵を相手にしていたらあっというまにタイムオーバーだ。
リィンの対策を練られる前に、一発で突破する。そのためには、リィンとラフィが別々で動く必要がある。
「殿下はリィンについていってください。あたしは陽動に回るから」
「わかりましたわ」
「……ラフィ、やっぱり一緒に」
「ダメだ。頼んだだろ」
リィンには無事甲板へたどり着き、"灰"に乗ってもらわなければならない。
ここ数日でようやく突き止めたが、魔女の結界の核は"蒼"と一緒に甲板で保管されている。一人とはいえ、核さえ壊せば此方のものだ。
力を開放できれば、一人で飛んでいくことだってできる。皇女殿下は"灰"の中に入れてもらえばいいだろう。
「ああもう、強情だな。じゃあこれだけ言わせてくれ」
「何?」
ノートから顔を上げれば、リィンはラフィの鎖骨の間────ロケットを指さした。
「三人とも、ユミルで待っている」
「……!!」
それは、どんな言葉よりも、希望を意味する言葉だった。
「っしゃオラ!! 脱走だァ!!」
いつもより元気よく飛び出した脱走令嬢に、その場にいたデュバリィとクロウがガタリと反応した。
「貴女またですの!?」
「ただでさえ忙しいんだから勘弁してくれよ!!」
「うるせ~!! いい加減に弟妹成分摂取させろクソボケ~~ッッ!!」
二人の攻撃を交わしつつ、貴賓区画を倉庫方面へ突破する。
良いタイミングで警報が鳴り、結局クロウとデュバリィ、それから《S》に《V》がこちらに釣れた。マクバーンと西風を釣れなかったのが痛いが、
斬撃と法剣、機関銃の銃撃をうまいこと躱しつつ、ラフィ自身も甲板を目指す。
多少時間を稼いでから行けば問題ない。さすがに銃撃がうざったくなってきたので、剣を飛ばしてヴァルカンの機関銃の照準を横にずらした。
「うおっ!?」
「ちょっと貴方、危ないですわ!!」
「悪ぃな結社の嬢ちゃん!!」
「《V》の機関銃、少しあの子と相性が悪すぎないかしら」
お気づきになられましたか、とニヤリと笑う。
銃弾の雨の中でも金属製の剣は問題なくまっすぐ飛んでいける。操れる分、飛び道具として銃よりも優秀。勝ちたいなら異能を持つイクスを連れてくるしかないというわけだ。
リィンの到達予測時間は10分後。時間を稼ぐならこの一手だ、とラフィは腰に移動したペンダントに手を触れた。
「空の女神の名において聖別されし七耀、ここにあり! 」
「ッ、来るわ、法術よ!!」
「風の翠燿、時の黒燿、識の銀燿、以下省略!! くらえ、なんちゃってエアロストーム!!」
無理やり法術を混ぜて、疑似的にアーツを引き起こす。
詠唱時間を引き換えに攻撃能力こそほぼないものの、目くらまし力をかなり引き上げた代物だ。
案の定立ち止まってくれたスカーレットとヴァルカン、デュバリィ。だが、一人だけクロウが嵐の中を突破して肉薄してくる。
とっさに剣を間に滑り込ませ、双刃剣の切っ先を防ぐ。
「やたら時間稼ぎやがって。ラフィ、お前陽動だろ」
「やっべバレた。あと一個訂正するとついでにあたしもちゃんと逃げる」
「逃がすかよ────!!」
振りかぶられたダブルセイバーを力一杯振り上げた長剣で弾き、飛び退いて再び走り出す。
いつもならそろそろ諦めて捕まってやるところだが、あいにく今日は本気だ。
「っおおおおおおおおおおおお!!!!」
一気に体が軽くなると同時に、グッと足を踏み込んで翼を羽撃かせた。
「天使の力!?」
「チッ、無茶しやがって……!!」
瞬間、ひどい眠気に襲われる。
「寝て────たまるかァアアアア!!!!」
ふらりと意識が飛びかけるも、なんとか保ち────己の剣で腕を切りつけた。
痛みで無理やり脳が覚醒する。これならまだしばらく力を保てるだろう。
「ッ、何をやっているのです!! 自分で自分を傷つけるだなんて!!」
「こうでもしないと……かえれないから……!!」
「……大馬鹿者ですわ、貴女はっ!!」
ボタボタと腕から垂れる血にデュバリィは顔を顰める。
敵の身を案じるだなんて、随分と優しいことだ。どうりで執行者にはなれない筈である。
ここ数日関わった感想としても、彼女は闇に生きるには純粋すぎる。
だが……だからこそ、闇に身を置いた彼女は、ある意味で
さて、もう終点は近い。
甲板へ向かう扉を蹴破ったとたん、足元にうっすらと見えていた戦術リンクがハッキリと輝き、互いの思考が明確にリンクする。
対岸にいるリィンと視線を合わせ、甲板を駆けて入れ替わり、ラフィはマクバーンを、リィンはクロウを相手取った。
「今日は随分と元気じゃねぇか、事件屋ァ!!」
「おかげさまでなッ!!」
うまくいっても力尽きてしまっていた場所に、今立っている。その事実が女の気力を奮い立たせた。
結界の核であるオーブはやはり"蒼"に守られるように存在していた。
アレさえ壊せばこのダルい眠気ともおさらばだ。が……この男相手に剣を手放すのは少し怖すぎる。
飛んでくる炎を切り裂きつつ、一気に接近してハイキックを仕掛ける。当然、容易く防がれるが、それも計算のうち。
「────弧影斬!!」
「なぁっ……!?」
向こうから跳んできたリィンの斬撃が、モロにマクバーンへ刺さる。
それと引き換えに、ラフィは力の弾丸をクロウの足元にばら撒き、飛び退かせる。
そして二人そろってマクバーンの、否、アルフィン皇女の方面へ、道を作るように斬撃を飛ばした。
「ラフィさんっ! 今治療を!!」
「アザッス、殿下」
駆け寄ってきた少女は、すぐにアーツを駆動し、ティアラをラフィの腕へとかける。
ぱっくり割れていた傷はすっかり治って、ジクジクとした痛みは消えていた。
「もう限界か?」
「……悪い。もうだいぶ、キツい」
「いいさ。此処まで来れただけで上等だ」
背中合わせのリィンに問いかければ、かなりキツそうに心臓を抑えている。
もってあと数分。リィンが引き離した西風やアルティナ達はすでに追いついてきているし、デュバリィや《S》、《V》もこちらにそれぞれの武器を向けている。
リィンの鬼化を封じ込めた後、女は降参するように両手を上げ、笑った。
「ホント、タイミング良すぎだろ」
────はるか上空から聞こえる、希望の駆動音を確かに耳にしながら。
空を駆ける、赤き翼。
上空をごう、と通ったとたん、ラフィの髪も一気に乱れる。
それも気にしていられないほど、"それ"は一気にラフィとリィンに追い風を届けた。
上空から降り立ったのは4人の人影。
「トビー先輩、クレアさん!」
「サラ教官にシャロンさんも……!!」
「待たせたわね、リィンにラフィ!」
「結構ナイスタイミングだったんじゃねぇか?」
「ユミル襲撃では後れを取りましたが……」
「ふふ、今度はこちらから出向かせていただきました♡」
あまりに頼もしすぎる4人の登場に、一気に体の力が抜ける。
思わずへたり込みそうになったが────それを、後ろからそっと支えられた。
「……え」
「やっと会えたね、ラフィ」
赤いストールがひらりと舞う。
何かをしゃべる前に、口が柔らかいもので塞がれた。
枷が、外れる。
視界が真っ青に染まり、背の皮膚を翼が突き破ろうと、ぐるぐると蠢いた。
ふらりとふらついて、肩を持つ暖かくて、大きな手に、自分の手を重ねる。
「……うん。あたしも、ずっと会いたかった」
ぴしり、ぴしりと、忌々しかった結界が音を立てて歪んでいく。
まるで卵の殻を突き破るひな鳥のように、翼は背の皮膚を押して、押して、押し破る。
まるでガラスが割れるような音とともに、結界が飛散する。
「────天より顕れ、闇を祓い給へ」
スラリと天に伸ばされた手に呼応するように、上空へ無数の剣が現れる。
バサリと広げた翼は、今までのような虚像ではなく、確かな実体を持っていた。