事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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八十話 ある男の追憶

「そこの人────ッ!!どいて────ッ!!」

 

彼女は、突然私の目の前に現れた。

藤色の翼を羽ばたかせ、突然開けていた窓から飛び込んできたのだ。

窓のすぐ下で勉強をしていた私は、その影が人だと気づいた瞬間、慌てて両手を広げていた。

 

「んぎゃっ」

「んぶっ」

 

これほど我が自室が広くてよかったと考えた日はない。

派手に彼女の下敷きになった私に、彼女は慌てて起き上がり、恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「ごめんなさい、飛ぶ練習してたら止まらなくなっちゃって」

「だ、だからって人の家に飛び込むやつがあるか!! というか、いい加減降りたまえ!」

 

あら、と朝焼け色を瞬かせた彼女は立ち上がり、私に手を差し出した。それを取って、立ち上がる。

ようやく彼女の全体を見たが、シンプルなワンピースにミルクティー色のストレートロングヘア……いたって普通の町娘だった。否、いたって普通の町娘は翼を生やして窓から飛び込んでこないのだが。

 

「まったく……君、ここがどこかわかっているのか」

「わかんないわ!」

「ぐっ……カイエン公爵家次男の私室だ!! この私の赦しなくよくも入れたものだな!?」

「まぁ、そうだったの? たしかに、貴族様の部屋って感じだわ」

 

ダメだ、頭が痛くなってきた。なんなのだこの能天気娘は。何も知らないじゃないか。

釣り気味の眼のイメージとは真逆にずっとニコニコと笑う彼女は、今度は私の手を取った。

 

「確かに、わたしは何も知らないけれど……あなたが優しいことは知ってる。避けてって言ったのに、受け止めてくれたもの」

 

まるで心を読んだかのようにそう言った彼女に、どくんと心が揺れる。

あ、とか、う、とか、言葉にならない声を出す私を知ってか知らずか、彼女は首をかしげて問いかけた。

 

「ねぇ、あなた名前は?」

「……クロワール・ド・カイエン」

「いい名前ね。気に入った!」

 

別に君に気に入られなくともいいのだが。

彼女は私から手を放し、お世辞にも大きいとは言えない胸に手を添え、自慢げに言い放った。

 

 

「アリエルよ。アリエル・ウィステル。ワケあって()使()やってるわ!!」

 

 

それが、私と妻の出会いだった。

 

 


 

 

「クロワール!」

 

うるさい。

 

「クロワール、ねぇってば~」

 

やかましい。

 

「ク~ロ~ワ~~~ル~」

「ああもう、なんだ!!」

「あ、やっとこっち見た」

 

に、と彼女が笑う。それに呼応してどくん、と心臓がはねた。

ここまで屈託のない笑顔など彼女以外に向けられたことはない。大抵は公爵子息に取り入るくっつき虫か、利用しようと企む大人としか接したことがなかったから。

 

あの出会いから数か月。アリエルは毎日のように私の私室へやってきた。

小さな窓を狙うからか、彼女の飛行術もなかなかのものになり、さすがに初日のように私を押し倒すこともなくなった。

 

「勉強ばかりじゃつまらないわ。遊びに行きましょ?」

「君がつまらなくとも私には必要な勉強なのだよ」

「必要? なんのために?」

 

そりゃあ────将来、帝国をひっくり返すためだ。

先祖が受けた不当な扱いに、幼いながらに腹を立てた。

ドライケルスは妾腹の子。本来偽帝と罵られるべきはあちらのはず。

のうのうとこのエレボニアのトップに君臨する、偽物の皇帝に報いを受けさせる。それが私の夢だった。

 

「なにそれ、つまんないわね」

「なぁっ!?」

 

そんな私の思想を、彼女はバッサリと切り捨てた。

 

「200年も前のコトを今を生きるわたし達がねちねち言ってても仕方ないじゃない」

「ね、ねちねち……」

「それなら将来領主になるから~って言われたほうがまだ納得できたわ」

 

私のベッドに寝転んで、アリエルは脱力する。白い足がぱたぱたと揺れた。

父上にも、母上にも、兄上にも言ったことがなかった、私の不満。それを否定した彼女は、相も変わらず綺麗な朝焼けを私に向ける。

 

「クロワール、やっぱり町に行くべきよ。今すぐ行きましょう」

「……町なんか、」

「ほら立って! 行くわよ!」

「ちょ、アリエル!? うわあっ!!」

 

そう言って、彼女は私をオルディスの町へ連れ出した。

突然のことだったから部屋着で、靴だって部屋用で。ばさりと翼をはやした彼女に、言ってしまえば誘拐されたのだ。

それでも、私はアリエルに手を引かれ、町の子供たちと混ざって……遊んだ。

初めてだった。いつも外へ出るときは、父上が一緒だったから。

 

楽しかった。

キラキラ輝く海の光を受けて、同じように輝く街並みを、子供の足で駆け抜ける。

走って、走って、じゃれて、走って。

子供たちに交じって、アリエルが楽しそうに笑って。

道行く大人たちが、私たちをほほえましそうに見守り。

 

ああ、これが。

父上が守る街なのだと、圧倒された。

 

「ね、クロワール」

 

私を部屋まで送った彼女は、窓のふちに腰かけて、まるで腕のように藤色の翼をぐぐ、と伸ばした。

振り返り、ミルクティー色の隙間から美しい朝焼けが覗く。

 

「美しい街────わたし達のオルディス。先祖のちっぽけな野望より、ずっと素敵なものでしょう?」

 

ああ、そうだね。

君と父上がこの町を愛するなら。

 

私も、愛そう。

 

 


 

 

私とアリエルは結婚した。

特に反対はされなかった。兄が既にイーグレット伯の一人娘と結婚していたからだ。

公爵家の未来は兄の子が継いでくれるだろう。私は何の心配もなく、彼女と結婚することができた。

 

「クロワール~~!! 貴方また徹夜したわね!!」

 

兄の執務の手伝いをする私の額の皮をぐりぐりと捩じる妻に、私は思わず破顔した。

美しく成長した彼女は、相も変わらず軽やかなワンピースに身を包んでいる。どれだけドレスを着ろとアデリナが言っても「重いのはイヤ!」と言って聞かないのだ。自身をも上回る頑固さに侍女長もあきらめてしまった。

実際、重苦しいドレスよりもずっと似合っている。今にもその翼で飛んで行ってしまいそうで、私は気が気ではないけども。

 

「ちょっと、聞いてるの? おーい、愛する私の旦那様~?」

「フフ、聞いているよ。今日は一緒に寝るから安心しておくれ」

「本当でしょうね。嘘だったら無理やりベッドに引きずり込むわよ」

 

それはむしろ、ご褒美のような。

かわいい妻のかわいい罰を甘んじて受けながら、私は即座に手元の書類の処理を終わらせた。

手元が止まったことに気づいたアリエルは、とすんと隣に置いていた椅子に座り、私にもたれかかった。

そして、ゆっくりと腹を撫でる。

 

「ねぇ、名前どうする?」

「私にネーミングセンスが無いといったのはどこの誰だったかな」

「ふふ、わたしね。うーん、どうしようかしら……」

 

アリエルの腹には、一つの命が宿っていた。

先に結婚していた兄より早く宿らせてしまったせいで、アデリナや父上に呆れられてしまったが、それでも私は嬉しかった。

きっと彼女に似て愛らしく、明るい子に育つだろう。

私に似ても良いことなどないから、なるべく彼女の生き写しであってほしいのだ。

 

「そういえば、君の名はどういう意味なんだい?」

「わたし? 一族に伝わる天使様から頂いたの。そういう仕来りでね」

 

……ウィステル家の。

 

「なら、その仕来りに従おう」

「……いいの?」

「勿論。ほら、どんな天使様がいらっしゃるのか、教えてくれないか」

 

そうして、結局夜寝るまで話し合って……

男の子ならラファエル、女の子ならラファエラ、と決めた。最後の一字が違うだけだが、結構大事なのだと妻は力説する。

 

それから、数か月後。

生まれた我が子は、娘だった。

 

ラファエラ。ラファエラ・ド・カイエン。

生えた産毛はミルクティー色なのに癖毛で、くるくるぱやぱやと跳ねて。

うっすら開いた瞳は、白夜のような美しい色をしていて。

ふにゃりと笑った顔は、まだ幼いながらアリエルにそっくりだった。

 

 


 

 

「あでいあ」

 

娘が最初に呼んだのはアデリナだった。

夫婦そろって落ち込めば、娘はきゃっきゃと残酷にはしゃいだ。アデリナは勝ち誇った顔で娘を抱き上げていた。

 

 

「ほらラファエラ、おヒゲが似合わないパパでちゅよ~♡」

「ばば」

「それは婆ばだね……ところでこれ、そんなに似合っていないかい……?」

「ええ、ちっとも」

 

そろそろ私も威厳を、と思って伸ばし始めたヒゲはアリエルに似合わぬと断言され、娘にはひっぱり玩具にされた。

まだ伸ばし始めたばかりだから似合わないだけだ、と自分に言い聞かせ、結局私はヒゲを伸ばし続けた。

 

 

「見て、クロワール! ラファエラが歩いたわ!」

「ら、ラファエラ……!! パパのところまで来れるかい!?」

「んぶっ」

「「ラファエラ────ッ!?!?」」

 

顔から倒れたラファエラを慌てて抱き上げ、怪我をしていないか顔を確かめる。

私によく似た垂れ目の隙間から、面倒くさそうに白夜が覗いた。

ひとまず無事なようで、ふう、と二人で息を吐けば、ラファエラはぺちりと私の頬に手をぶつけたあと、ヒゲを引っ張った。

思えば、この頃から反抗期の片鱗は見えていたかもしれない。

 

 

「パパ! ミュゼがあたしのことよんだ!」

「はは、そうかそうか! よかったなぁ、ラファエラ」

「えへへ……ミュゼ、おねーちゃんだよっ」

「う! ねーね!」

 

ラファエラはあっというまに兄の娘────ミルディーヌにメロメロになった。

かわいいがかわいいを抱いてかわいいことをしている。そう形容する妻は、義姉上と一緒に導力カメラを構え、パシャパシャとすさまじい枚数の写真を撮っていた。

……後から現像すると余裕で百枚を超えていて、さすがに兄上と一緒に戦慄することになった。

 

 


 

 

「あのね、ママ」

「なぁに? わたしのかわいいラファエラちゃん」

「さいきんね、声がきこえるの。サイゴのイトシゴ?って、あたしをよんでるの」

 

アリエルの様子がおかしくなったのは、ラファエラがそう言いだしてからだ。

宙に────彼女に憑く天使に向かって語り掛けることが増えて、どことなく焦りを覚えていて。

時折、ラファエラを抱きしめて「ごめんね」と謝ることもあった。

 

そして、ラファエラが7歳になって、しばらく経った頃。

彼女は部屋の窓枠に立って、夜風に吹かれながら私を見下ろしていた。

 

「……ごめんなさい、クロワール」

「っ、謝るならなぜ去ろうとする!! 私は、まだお前と……!!」

「忘れていたの。私は天使で……その血は、ラファエラにも受け継がれている」

 

もう、一緒にはいられない。

そう呟いた彼女の前で、私はへたりと座り込んだ。

 

「天使の使命をラファエラに受け継がせるわけにはいかない」

 

決意を固めた朝焼け色は、静かに微笑んだ。

 

「教団にいるクロスベルの錬金術師を頼ろうと思うの。大丈夫、きっと無事に帰ってくるわ」

「……本当、だろうね」

「本当よ」

 

私は彼女を信じた。

信じてしまった。

 

 

「愛しているわ、クロワール。ラファエラを……よろしくね」

 

 

それきり、彼女は私の前に現れなかった。

 

 


 

 

ウィステルの天使は世界に一柱のみ。

血筋に宿り、前の宿主が死んだ時点で次の宿主へと移る。

 

そうやって調べ上げたからこそ。

 

「父さん?」

 

うっすらと、愛する娘の背に輝く、半透明の青い翼を見て。

 

彼女が死んだことを、悟ったのだ。

 

 


 

 

エルロイに記憶を封じてもらった。

そうでもしないと、オルディスを蔑ろになどできなかった。

あの方がささやいた、生き返しの秘術さえあれば、私と、彼女と、娘で。

 

それを成功させるために、私は、私は、私は。

 

 

「アンタは領主だ。民を守る者だ。それが、こんなお粗末な内戦を引き起こしやがって」

 

 

私、は。

 

 

「挙句に果てにあたしと母さんの為だって? 何がどうなってあたしたちの為になるっていうんだよ。ふざけるのも大概にしろ……!!」

 

 

なんのために────────

 

 

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