パンタグリュエル、ブリッジ上部消滅。
帝国時報の記者がカレイジャスに乗っていれば書いていたであろう記事の見出しだ。
ラフィの枷無しのSクラフト────ネメシス・ブリンガーⅡは、文字通りパンタグリュエルのブリッジ上部を吹き飛ばした。そう、リィンが乗船してすぐにカイエン公と話していたあそこだ。
「あだだだだだっ!? ら、ラウラッ、もうちょっと優しく!!」
「うるさい。無茶をしたそなたが悪い」
「でも背中って生傷でェ……痛い痛い痛い!!!!」
「ほら、腕に湿布貼るぞ」
「あ、あんがとマキアス……って冷たァッ!?」
当然、枷を外したラフィは体中を傷め、背中から出血し、今はカレイジャスの医務室でラウラに包帯を変えられ、マキアスに湿布を貼られている。
なにやらつんつんとした彼女に巻かれる包帯は引っ張られすぎてギチギチと音を立てている。そのうち腕力で破られそうなそれが巻かれた本人は、圧迫されすぎて血が止まりそうな感覚にぺしぺしと布団を叩いた。
「これ絶対直前まで冷蔵庫入ってたよな!?」
「何のことかな」
「いや慣れてきたら気持ちいいけどさ……ちょっ、テープきついって!!」
マキアスはマキアスでじっとりとラフィを睨んでいる。久方ぶりの再会だというのに、なんという仕打ちだろうか。
やがて手当という名のお仕置きが終わった頃。女は精神的疲労でぐったりとベッドに横たわっていた。
「どうしたんだよお前ら……らしくねェことして……」
キチキチに巻かれた包帯に触れながらラフィが問いかけると、ラウラは少しむきになって眉を顰めた。
「そなたがトリスタであの場に残った事実。私はまだ許していない」
「全員生きてたんだから別にいいだろ」
「ヴァリマールが敵わず、我らも一方的にやられるだけだった相手に、大切な友を一人残して行く気持ちが、そなたにわかるか!!」
「……それは」
馬鹿者、と呟いて、ラウラは涙を耐えるように拳を握りしめた。
目をそらした先にいたマキアスは、ラウラに同意するように頷く。
「本当に、怖かったんだ。君が帰ってこなかったらどうしよう、って。それくらいクロウとあの蒼の騎神は強かった」
「……」
「だから……パンタグリュエルの上にいる君を見たとき、本当に心底安心した」
貼った湿布の先の手を取って、マキアスは震える手を止めるように、しっかりと握る。
ラフィは二人を交互に見て、はぁとため息をつき、諦めて笑う。
「お前ら、あたしのこと好きすぎだろ」
「そりゃあ"友達"だからな、僕らは」
「うむ。まだクロスベルの独立記念祭に行く約束も果たしていない」
あ、それ、覚えてたんだ。そんなどうでもいいことを考える。
正直、このままじゃ来年の独立記念祭があるかどうかもわからないが……まぁ、いつかは行けるだろう。
手当も終わり、あとは駄弁るだけ。三人は思い思いの姿勢で、この数週間の出来事を互いに共有する。
そんな盛り上がる医務室の外で、イクスが腕を組んで中の声を聞いていた。
内戦直後から行方不明になっていた姉が見つかり、カレイジャスへ来た直後はヨルダと一緒に思う存分甘え倒した。
が、それと同時に、この
これが終われば、またあの日常に戻るのだろうか。
すこし楽しくなってきたのに、もう終わってしまうのだろうか。
きっと日常を望む妹はさっさとこんな内戦終わってほしいと願っていることだろう。管理人は、わからないが……姉が嫌がるなら早く終われとでも思っていそうだ。
そんなことをぐるぐる考えて、やはり自分は
「……あれ、イクス?」
そんな中、ふと聞きなれた声がイクスの鼓膜を揺らした。
声の方向へ顔を向ければ、金色のふわふわ癖っ毛────セドリックがそこにいた。
「セドリック……」
イクスが小さな声で名を呼べば、何かに気付いたのか、セドリックはハっとして、目を伏せ、イクスの隣で壁にとんと凭れた。
彼は手に持っていた缶入りのミルクコーヒーを飲み、ちらりと友人を見下ろす。
「何か悩んでるだろう」
「……ウン」
「あれ、いつになく素直じゃないか」
「うるさい」
どん、と肘で横腹をつつけば、セドリックはごめんと、半笑いで謝る。
そのまま、弟を見るようにやさしい目で見られるから、イクスはつい、ぽろりと心の声をこぼした。
「ボクさ、やっぱり普通じゃないんだ」
非日常が終わることが惜しいこと。
妹も、姉も、家族はみんな非日常が終わることを望んでいること。
家族を裏切るような自分が嫌になること。
ぽろぽろと、全部こぼした。
「……なるほどね」
後になって、なんてことをなんて人に言ってしまったのだと気づいた。
セドリックは皇族、それも次期皇帝。そんな彼が内戦を望むはずがない。
お前が将来治める国が一生荒れていればいい、と。そうも取れる言葉を吐いてしまった。
慌てて少年は
「なら、僕も普通じゃないね。この非日常が終わるのは惜しい」
「……え。」
「なんだい、その顔。僕たちはそういう人間だって、教えてくれたのはイクスじゃないか」
セドリックは、すこし茶目っ気のある、兄そっくりの顔でイクスを見下ろしていた。
「きっと帝都でカイエン公に捕まっていたらこんなこと思わなかっただろうなぁ」
「まぁ、良くて旗印、悪くて人質だもんな」
「そうそう。幼い皇族の利用価値なんてそれくらいだよ」
追ってきた貴族連合の兵は、みんな導力銃ではなく、刃を丸めた剣を使っていた。何があっても殺すなと言われていたのだろう。
それをクルトが気絶させて。たまにセドリックも、数人撃退して。
二人でどうしようもならない相手は、イクスが容赦なく、殺し屋らしく殺していた。
あの時、きっとイクスがいなければ、クルトもセドリックも捕まっていただろう。
「だからね、イクス。僕は君に感謝しているんだ」
同じ価値観を持つ、身分も、年齢も離れた友人。
物語の中に出てくるような、小さな体で大きな銃を扱う少年に出会って、セドリックはようやく息ができた気がした。
「もうすぐ内戦は終わってしまうけど……終わったなら、次を考えればいい」
「次?」
「そう、次。兄上にもアルフィンにも、君の姉妹にも言えない、退屈な日常を非日常に変える何かをね」
次。次か。
そんなの、考えたことなかった。
イクスはセドリックの提案に、ぱぁ、と顔を輝かせる。
「そーだな! 次、考えればいっか!」
停滞の光を浴びながら、なおもそれに抗う。激動の時代を楽しみ尽くす、退屈を嫌う二人の少年。
そんな二人に引っ張りまわされるクルトの胃が心配ではあるが────
「イクス。楽しかったね、本当に」
「ウン。楽しかったな、セドリック」
二人の弟は、冷たい鉄の壁に背を預ける。
そして、顔を見合わせて、悪ガキ顔で笑った。
「「次はなにしよっか!!」」
『……そうか、そんなことが』
カレイジャスのブリッジ。
壁際に置かれた導力端末に向かって、クルトはキッチリ座って頷いた。
「その、兄上。やっぱり、出過ぎた真似だったでしょうか」
『いや、俺も同じ立場なら同じ判断をした。お前は間違っていない』
短い黒髪に、紫の軍服。キリッとした眉に、厳しい青色の瞳。
己よりもずっと男らしい兄────ミュラーの通信機越しの声と表情に、クルトは安堵から胸を撫で下ろした。
『もっとも、このお調子者は俺が拒否をしても一人で勝手に行くような人間だがな』
『やぁん、そんなに褒めないでぇん♡』
『褒・め・と・ら・ん』
相変わらずのオリヴァルトの声が向こうから聞こえてきて、思わず少年は笑った。
まったく、相変わらず羨ましいくらいに仲のいい二人だ。己とセドリックは何がどう間違っても同じような関係には成れないだろう。
内戦が始まった直後、クルトは偶々遊びに来ていたイクスと共に、全力でセドリックを帝都の外へ逃がそうと走り出していた。
きっとイクスが居なければ、二人は捕まっていただろう。それくらい、襲ってきた貴族連合兵の練度は高かった。
それから、街道に出て。そこに、抜け出してきたミルディーヌがいた。
元々知り合いだったイクスの紹介で、彼女も逃亡生活に加わることになる。
ミルディーヌの頭脳はラフィのお墨付き。何か手はないか、と聞いたところ、ラマール南部に逃亡することを提案される。
ラマール南部────オルビア低地。貴族連合首魁たるカイエン公の統治地ではあるものの、南部は比較的その影響が薄い。なおかつ、ラフィの婆や……アデリナの生家であるモントローズ家ならば匿ってくれるはずだ、と。
灯台下暗しを狙う。それがミルディーヌの意見であり、それは正しかった。
この戦乱の中、ヴァンダールの者としてセドリックを守る。
その判断は間違っていなかったのだと、兄のお墨付きが欲しかった。
だから、クルトはこうして通信越しに兄と話している。
『そういえば、当のミルディーヌ嬢はどうした』
「オルビアに残りました。なんでも、仕込みがある? とかで離れられないと」
『ふむ、そうか。弟が世話になった礼をしたかったのだが』
『内戦が終わってから会いに行ったらいいじゃないか』
『ハァ……簡単に言ってくれる』
頭を抱えるいつも通りの兄の姿は、どことなく楽しそうに見える。
近頃ずっとオリヴァルトと別行動をしていたからだろうか。時折顔を合わせる兄は、いつもさみしそうにしていたから。
「兄上」
『どうした。まだ相談があるなら聞くぞ』
「いえ……また生きて会いましょうね」
『……フ、当然だ』
それから、クルトは通信を切った。
トワがカレイジャスのあちこちに指示を出す声が響くブリッジで、少年は鋼の天井を仰いだ。
(……僕よりイクスの方が、ずっと強い……僕は……本当に、セドリックを守れるのか……?)
未熟な己を呪いながら。