「お、ロイド! やっと帰ってきたな……ってオイ、なンだそのガキンチョ!?」
キーアが彼女に初めて会ったとき。
彼女は
ラフィ・
一人だけ妹がいるからか、キーアの扱いも手馴れていて、日曜学校の宿題でわからないところがあったときは、大抵いつもラフィに聞いていた。
「そういえば、今月の実習はいつからなんだ?」
「ン、28日から31日まで。27日には出てトリスタに一泊」
「あら、31日まで? 通商会議と被っちゃったわね」
「ウン。クロスベルの平和は任せた」
ラフィは帝国の士官学院にも通っていた。
いや、通っていたというか、実習だけ出ていたというか。特務支援課としての活動もやめたくないというラフィの頼みによって、学院の理事をやっているオリビエが特例措置として許可を出したそうだ。
こういうとき、大抵ラフィの弟妹であるイクスとヨルダが代わりに支援課へやってくる。
キーアにとって二人は大変良い友人で、二人がやってくる日はいつもお泊り会のようにワクワクとしていたものだ。
キーアは知っていた。
彼女の中に蠢くモノを。
天使と呼ばれていると教えてくれたのは、マリアベルだった。
彼女はいつも眠っていて、たまに起きて、ラフィがバカをやっているところを見て、クスクス笑っている。
そして、キーアがラフィの因果を覗き見ようとすると、いつも邪魔をされるのだ。彼女も因果をほんの少し見る力を持っているから。
それから、ロイド達が、
枷を嵌めたまま無理やり力を使って、満身創痍ながらも生き残ったラフィを、必死に引き入れて。
お前はあたしを使えば良い。あたしの人脈も、あたしの力も、全部利用しろ。
たとえあたしが此処での記憶を覚えていなかったとしても……あたしなら、絶対にお前に協力するはずだ。
彼女は、受け入れてくれた。
だからキーアは、全部、全部、零から紡ぎなおした。
ラフィはクロスベルに来なかった。
帝都で、一人気ままに暮らしている。
そこにイクスとヨルダが転がり込んで。
枷を外すための鍵である彼の因果も繋いで。
ロイドではなく……灰色の彼と、深い絆を結ぶことになる。
キーアとラフィは、出会わなかったことになった。
これでいい。これでいいんだ。
だって、ラフィの因果をロイド達に深く繋ぐと、
あるときは天変地異。あるときは世界を巻き込む大戦争。あるときは至宝の暴走。
本当に、理由もなく取ってつけられたような滅亡。大抵は、彼女の父が引き起こした災厄だった。
特務支援課のラフィ・オルテシアは間違いだと、世界に否定され続けた。
あんなに大好きだったのに、あんなに幸せだったのに。
あれは、間違いだった。
「……」
オルキスタワーのてっぺんから、帝国を見渡す。
ガレリア要塞から出た、青い光を眺めて、キーアはふ、とほほ笑んだ。
「みてるよ、ラフィ」
ずっと、ずっと、みてるから。
「……それで、今は仲間を集めてるとこなんだよね」
エレボニア-クロスベル間国境、ガレリア要塞跡地。
見事に抉れたクレーターの中で、メルカバから飛び降りてきたワジは目の前の悪友に情報共有をした。
話を聞いたラフィは胸元のドレープタイを弄りながら、大きく深呼吸をする。
「なんつーか、10月から色々起こりすぎじゃねェか」
帝国では内戦、クロスベルでは独立騒動。
本来年末で忙しい時期だというのに、今は別の意味で忙しい。
頭を抱えた女に、ワジと同じくメルカバから降りてきたロイドが頬を掻いて眉尻を下げた。
「あぁ。本当に、お互い難儀なものに巻き込まれているというか」
「巻き込まれてるっていうか、頭突っ込んでるの間違いだよね。お姉ちゃんも、支援課のおにーさんも」
妹の指摘に、女はそれはそうだ、と納得した。
別にラフィだって今からアルテリアにでも行けば対岸の火事としてこの大波乱を眺めていられるだろう。それはロイドにも言えることだ。ワジに逃げることを打診されていないわけがない。
それでもこの地に残っているのは、見過ごせないものがあるからだろう。
狂った父を止めるため。大切な女の子を取り戻すため。
ここにはいないが、リィンだって馬鹿な悪友を一発ぶん殴るという目標がある。
それぞれが目的のために、動乱に首を突っ込む。たとえそれがどれほど危険な行動であるとしても。
「……この前のお詫び、使わせてもらおうと思ったんだが」
ふとロイドが、そんなことを言った。
お詫びと言っちゃあなんだけど、なんか困ったことがあったらなんでも一つ、タダで依頼として受けさせてもらうよ────たしかに、あの日病室でラフィが放った一言だ。
「君もやるべきことがあるんだな」
「あァ。悪ィな」
「いや、いいよ。まだ取っておくことにするさ」
……なんだかこの男、最悪のタイミングでカードを切ってきそうな気がする。なんとなく、春くらいに。
そんな悪寒を背筋に走らせながら、ラフィは鳥肌の立った腕を摩った。
「ともかく、情報共有はこれくらいだね」
「ン。シクんなよ、ワジ」
「ラフィこそ。内戦、きっちり終わらせてきなよ」
あまり長居するのも良くないと、ワジはロイドを連れて足早にメルカバへと戻り、去っていった。
その透明になった機体を見送り、曇り空を見上げる。
クロスベル独立国は、彼らが崩壊させるだろう。
巨大な機甲兵────神機や、クロスベル市を囲う結界は、先ほどまでここにいたマリアベルの手によって彼らの大切な女の子を動力源として動かされているそうだ。
今はかろうじて超常現象が共和国軍を押し退けているようだが、動力源が無くなれば当然それらも動かなくなる。
彼らは今年中に決着をつけると言っていた。
もし、こちらの内戦も今年中に決着がつけば……間違いなく、クロスベルは戦場になるだろう。
まだ眠るトリシャの居る、クロスベルが。
マキアスが悲しむ。するとイクスも悲しむ。連鎖して、ヨルダが、フィーが、ラウラが、エマが、ユーシスが、ミリアムが、リィンが、アリサが、エリオットが、ガイウスが……どんどん悲しみの連鎖は広がっていく。
下手をすれば、クロスベルだけでなく国内にまで炎は広がるかもしれない。
だからといって、内戦を引き延ばすわけにはいかない。
父の言う"あの方"がいつ、どれくらいで力を取り戻すか判らない以上、余計に。
(……色々終わった後のこと、ちゃんと考えておかないとな)
白い息を吐いて、遠くに聳えるオルキスタワーを見つめる。
なんだか、あの不思議な少女と目が合った気がした。
「違う。そこは貸方だ」
「あァ? ……これ逆仕訳か」
「ラフィさん、ここは引かないと」
「全部足して後で引きゃ一緒だろ」
「全く違うに決まっているだろう阿呆が」
カレイジャスの貴賓室に、ノートや参考書や資料、文房具が転がっていた。
そのうちペンを一本手に取った女────ラフィの目の前には、帳簿を付けるための用紙と数々の練習問題が広がっている。所謂、領地経営のための知識、というやつだ。
それを隣からのぞき込むのは、ユーシスとセドリック。この艦に乗った人間の中で領地経営について最も詳しい二人だ。
幼いころに家庭教師に叩き込まれた知識を掘り起こし、何とか問題を解き進めるラフィ。
その様子をじいっと見て、ユーシスはひとつ疑問を投げかけた。
「そもそも、何故突然領地経営を教えろなどと言い出したのだ」
「将来的には必要だろ」
「事件屋には必要ない」
「……それは」
問題を解き続けていた女の手が止まる。
静まり返った部屋に、ユーシスのわざとらしいため息が響いた。
「大方見当はつくがな。漸く腹を括ったのだろう」
「……やっぱお前に隠し事はできないか」
不思議そうにラフィを見つめる
そして落ち着いた心臓の鼓動を感じるように、左胸へと手を当てる。
「内戦が終わったら、カイエンは私が────ラファエラ・ド・カイエンが継ぎます」
ずっと、ずっと、あの街から逃げ出した罪悪感から名乗ってこなかった貴族としての一文字を、漸く自分につける勇気ができた。
父は
それでなくとも、国家反逆罪で投獄待ったなしだ。
「……ラフィさん、今の暮らしはどうするつもりなんですか」
「事件屋稼業は無期限休業かな。双子はメルに任せる」
メルキオルもイクスも、対してショックは受けないだろう。
心配なのはヨルダだ。
普通を知って、普通を望むあの子にとって、姉がいなくなるという事実は耐えられないかもしれない。
だから、内戦が終わるまでにたくさん、たくさん話して、妥協点を探る。
それが姉として出来る、せめてもの行動だった。
「お前はいつも勝手で、いつも唐突だ」
ユーシスが呟く。
「父親に嫌気が差したからと家出をして、5年も帰ってこなかったと思えば、今度は行きなり放っていた家を継ぐだなんて言い出す」
自分勝手で、その癖困っている人を見捨てられないお人好しで、周りを振り回して。
アルバレア家に引き取られてから数ヶ月間のユーシスの苦労、その大半はこの女の仕業と言って良いだろう。
怒られるのは辛かったし、怖かった。
だが、それでも。
「本当に、もう、逃げないんだな」
彼女と、皆と笑い合ったあの日々は、ユーシス・アルバレアにとっての、一番大切な思い出だ。
「うん。逃げない。向き合う。だからこうして教えてって言ってんの」
コンコン、と問題用紙をペンで叩き、女は不敵な笑みを浮かべた。
「良いだろう、ラファエラ・ド・カイエン。時間が許す限り、俺の知る領地経営の一から十までミッチリ仕込んでやる」
「さ、すがに、手加減はしてほしいなァ、なんて……」
「手始めに今手をつけている問題をこれから3分以内で解いてみろ」
「3分!? 待って計算機、計算機くれ!!」
兄の手伝いをする中で身につけた知識を、そのまま幼馴染に叩き込む。
そう決めたユーシスはARCUSの時計を眺め、キッチリ3分計り始めた。
慌てて計算機を手繰り寄せて問題を解き始めたラフィの隣で、セドリックはクスクスと笑った。
「僕も頑張らないと。将来的にはお二人の上司になるんですから」
「フ、その意気です。此奴は知識の引き出しは遅いが吸収だけは早い。ボヤボヤしていると抜かされますよ」
「知識の引き出しも早いですけどォ!?」
「無駄口を叩く前に問題を解け」
「鬼! 悪魔!」
悲鳴を上げながらペンを走らせ、計算機のボタンを叩く女を眺め、少年も彼女が解く問題を脳内で解き始める。
(……大丈夫だよ、ラフィさん。二人には僕とアルフィンがついてる)
同じ双子で、天と地ほど違う育ち。
そんな自分たちを引き合わせてくれたお人よしに、少年は手元で間違いを指摘した。
亰ザナ、たいへんおもしろかった………