────エリオットの姉が、双竜橋に捕えらえている。
そう聞いたのは、リィンがオリヴァルトからの依頼を完遂する少し前のことだった。
エリオットが勉強を続けるラフィとユーシスの元へ飛び込んできて、どうしよう、と縋りついてきたのだ。
眼下に広がる双竜橋。今は貴族連合、それもクロイツェン領邦軍が占拠しているらしい。
冬、それも上空の寒い空気にふぅ、と息を吐く。白く濁った吐息はそのまま風に流れて霧散した。
『クロイツェンの兵達よ、恥を知りなさい!』
『敵将の家族を人質に取って、戦いに利用するなどという愚行……』
『『アルノールの名において、断じて許すわけにはいけません!!』』
二人の皇族の声が重なる。
第四機甲師団と相対する機甲兵は動揺したのか、少しだけ後退の兆しを見せる。
ヴァリマール越しにリィンと視線を合わせ、いつも通りに翼を出して、その肩に飛び乗った。
「行くか、親友」
『ああ。頼りにしてるぞ、親友!』
その声を合図に、リィンはカレイジャスの上から地上へと飛び降りた。
冷たい風が肌を叩く。ばさばさと黒いパーカーが風に撃たれて音を立てた。
がしゃん、と重苦しい音を立ててヴァリマールが着地する。
彼が体勢を立て直す前に、ラフィはその肩を蹴って空へと舞い上がった。
足元に光るのは戦術リンク。
────機甲兵の相手をできるのは二人だけなの。申し訳ないけど、最初の露払いをお願いできるかな?
戦術を組み立てたトワの申し訳なさそうな顔を思い出して、女はフッと笑った。
友人の頼みだ。無碍にするわけには行かない。
砦の中から出てきた機甲兵3機を睨みつけ、鞘から剣を抜いた。
「ドラッケン、シュピーゲル、ヘクトル……大盤振る舞いだな」
『俺一人なら厳しかっただろうな。ラフィが帰ってきてくれて良かったよ』
「ハッ、大船に乗ったつもりでドーゾ!」
それを皮切りに、先手必勝とばかりに二人は機甲兵へと斬りかかった。
パワーのあるヴァリマールはヘクトルに、スピードのあるラフィはドラッケンに。
ぱちんと指を鳴らして、"力"の弾丸を四肢に向かって直接放てば、あっさりと関節の線が焼き切れる。
ドラッケンの腕はだらんと脱力し、慌てたクロイツェン兵の声がコックピットの中から聞こえた。
『こ、こいつ、帝都の四肢狩り……!!』
「うわなんか絶妙にダサい名前つけられてる」
『四肢ばっかり狙うからだろ』
うるさいな、とリィンに返事をして、ヘクトルも綺麗にコックピットを避けて破壊されているのを確認する。
お前も大概じゃないか。
呆れながら、女は弾丸を一発シュピーゲルの頭部カメラにぶち当てた。
体勢を崩してよろけた所にヴァリマールの一撃が重く、鋭く入れられる。
機甲兵が全て膝をついたところで、ラフィは振り返ってサラに視線を投げた。
「行け!!」
「ええ! 引き続き陽動はよろしく!!」
リンクを繋げたままのリィンがヴァリマールごと砦の中に突入していくのにⅦ組の面々が追従する。
その場に残ったのはラフィとイクスにヨルダ、メルキオル────事件屋 ウィステルの4人だ。
既に影を展開させたヨルダが、砦のある一室を指差した。
「イクス、あそこ」
「オーケーヨルダ!」
子供の身には大きすぎる長銃が構えられ、ヨルダの指示した一室に向かって向けられる。
それからさほど時間もかけずにドン、と一発放たれた銃弾はピッタリ例の窓を撃ち抜き。
数秒後、警報音と共に無数の人形兵器が表に傾れ込んできた。
「っしゃ、ナイスヒット!」
「フフ、あとは暴れるだけだね」
異形のダガーをくるくると弄びながら、メルキオルが楽しそうに笑う。
リィン達がエリオットの姉を助け出すまでの陽動。それが事件屋達の役目だ。
────が。ただの陽動で終わるつもりはない。
「ここで少しでも貴族連合の戦力を潰す!! クロイツェンに貸し与えられた人形兵器全部ブッ壊すつもりで行くぞ!!」
「うん……!」「リョーカイ!」「Ça marche !」
三者三様の返事を聞いて、女は剣を高く飛ばした。
陽動開始の際、イクスが撃ち抜いた窓は総司令部に最も近い窓だ。
クロイツェン軍の上層部は身分に物を言わせただけのボンボンばかり。そこに銃弾を一発でも撃ち込めば、ムキになってこちらに戦力を傾けるだろう。そう考えたのだ。
本来窓もない総司令部に銃弾を打ち込むなど不可能に近いのだが────そこはイクスの異能でカバー。
「いやー、あっけなかったねぇ」
隣で一切疲れを見せずに笑うメルキオルに、そうだなと返す。
目の前には無数の人形兵器の残骸と、あれから2機ほど来た機甲兵が跪いていた。
「あーあ、つまんねーの。こんな簡単に壊れちゃってさ」
「同感、やっぱり機械はダメ」
影の手で壊れた人形兵器をつんつんと突くヨルダ。
これ以上人形兵器が出てこないところを見るに、どうやらこの砦にあるものは全て破壊できたらしい。
すでにパイロットが逃げ出して無人の機甲兵にもたれかかりながら、ラフィは薄い戦術リンクで向こうの状況を確認するべく集中した。
────ちょうど良かった。
リンクの向こうでリィンがそう言って、目の前の大型魔獣に向かって指をさした。
「……ったく、無茶振りするなァ」
剣を操り、まっすぐ先ほどイクスが弾丸を打ち込んだ部屋に向ける。
この程度、枷を外すまでもない。
「イクス、手伝え」
「えー? しかたねーなー」
手のひらに"力"の弾丸……それも普段よりずっと本物に寄せた形のものを作り上げると、それが一人でに動き出す。
イクスの異能だ。
「さっきと同じルート?」
「あァ。細かい動きは言うからとりあえず入れてくれ」
了解、と告げたイクスの操作で、弾丸は勢いよく窓の中へ飛んでいく。
それからいくつも廊下を曲がった先。リンク越しに見える魔獣の目玉に向かって、無事着弾。
怯んだ魔獣は大きな隙を晒し────珍しく、横からエリオットがとどめを刺した。
(ふぅん、あいつもやるじゃん)
流石に姉を人質に取られて黙っていられなかったのだろう。
「おつかれさん」と労いの言葉をかけながら、女は弟の頭を撫でた。
「ラファエラ、さま……」
ふと、壊した機甲兵のコックピットから、クロイツェンの兵士が這い出して、女の名を呼んだ。
白夜の瞳が冷たく兵を見下ろす。兵はそれに慄きながらも、女へと手を伸ばした。
「カイエン公の嫡女ともあろう貴女様が、なぜ、せいきぐんの……みかたを……」
何故。何故だって?
「ダチの姉貴が攫われてちゃ黙ってらんねェだろ」
逆に、正規軍に友人の身内が捕えられていたら、たとえリィン達の反対があろうと正規軍を攻撃した。
ただそれだけだ。
兵はその言葉を聞くと、もう限界だったのかばたりと地面に倒れ込んだ。
ラフィは剣を背の鞘に飛ばして戻し、ふぅ、とため息をつく。
これで双竜橋は攻略完了。あとは正規軍がこの場を占拠するのを見届けるだけだ。
それから、貴族連合はケルディックすら放棄。
トリスタ方面、バリアハート方面双方に兵を展開し、静観。まぁ、敗走兵の動きとしては妥当だろう。
ケルディックは周囲が開けすぎて防衛には向かないからだ。
次の日、カレイジャスに乗った面々は解放されたケルディックで思う存分羽を伸ばしていた。
大市は大して荒らされておらず、ケルディックの地元住民は貴族連合から解放された途端、競うように店を広げている。
リィン達と出会った地。懐かしさを感じながら、ラフィは平時に比べれば人の少ない大市をぐるりと巡っていた。
「あら、お嬢さん! 久しぶりですね」
そんな中、声をかけてくる女性がひとりいた。
あの日、姉弟に髪飾りを売ってくれた、ハンドメイド作家の女性だった。
「店主さん。お久しぶりッス」
「ふふ、わたしの髪飾り、ずっとつけてくれているんですね」
「はい。なんか、すっかりトレードマークみたいになっちまって」
今日もラフィの髪の先には、大きくまるいビーズの髪飾りが輝いている。
幾重もの先頭を経て細かい傷も多くなってきたものの、紐のないタイプだったからか、今まで壊れずにいてくれた。
「もしかして、お嬢さんが貴族連合を?」
「あたしというより、ダチッスね。あたしは手伝っただけなんで」
「まぁ! それでもありがとうございます。おかげで大市も商売を再開できました」
大市は活気にあふれている。
ずっと押さえつけられていた反動だろう。例の陳情だって、結局最後まで取り合ってもらえなかったそうだから。
「そうだわ、何かお礼をさせてください」
「いや、悪いッスよ。あたしの髪飾りだって、サービスしてもらったようなモンじゃないですか」
「いいのいいの。それはほほえましい姉弟へのプレゼントで、これは感謝の気持ち」
店主は例のビーズの髪飾りをずいと差し出した。
「実はこれ、セピス塊を加工して作ったものなんです。妹さんのは水属性と空属性が混ざったもの、弟さんのは火属性と時属性が混ざったものだったんですよ」
「へぇ……セピス塊にそんな使い道が」
「お嬢さんのそれは、水属性と幻属性ですね。ふふ、我ながらいい出来だと思います」
よければ、またこの中からひとつ、選んでください。
籠の中には色とりどりの髪飾りが並んでいて、陽を浴びてキラキラと輝いている。
その中で、ひときわ目を引いたのは、血のような赤色のそれ。
恋人の瞳にそっくりな髪飾りを、女は思わず手に取っていた。
「それにされますか?」
「……あ、えっと」
……まぁ、家族の中で髪飾りを持ってないのは、あいつだけだし。
彼に結ぶ髪の長さがないのは重々承知だが、それでも、どこかにつけてはくれるだろう。
そう考えて、ラフィは店主に頷いた。
「本当に頂いちまっていいんですか?」
「ええ、もちろん。ハンドメイドの商売は副業ですから」
「へぇ、本業は何を?」
「帝都でOLをやっていまして。帰省中に内戦が始まったものですから、どうしようかと悩んでいたところだったんです」
帝都には貴族連合の兵士が見張っていて帰ることができないから、とケルディックでひっそり、残った材料で趣味を続けながら待っていたそうだ。
そういった意味ではまぁ、充実した日々だったそうだが……いつ戦火に包まれるかわからないから、戦々恐々としていたらしい。
内戦中なのだから、正規軍の庇護下に入ってもそれは同じことだが。
不安そうにする店主に、ラフィはぎゅっと髪飾りを握りしめて、安心させるように店主に告げた。
「……大丈夫。来年までには終わらせます」
「え……」
「私も決意を固めましたから」
髪飾りの礼を述べて、ぽかんとする彼女に手を振りながら、その場を後にする。
大市のすぐ外、駅前広場で退屈そうにしていたメルキオルに、女はずい、と髪飾りをおしつけた。
「もらったから、やる」
「へ?」
「この太さならストールにでもつけれるだろ」
呆けるメルキオルにため息をついて、ラフィは赤いストールをぐい、と引っ張る。
透け感のあるそれに髪飾りを通し、根っこで結び目を作る。
もともとそういう飾りのように輝くそれに満足して、女はメルキオルの隣に腰を下ろし、こてんともたれかかる。
シャツの襟の下で、ロケットがころりと転がる感触がした。
「もう、君の贈り物はいつも唐突だなぁ」
「いいじゃん、似合ってるんだし」
「……ふふ、ありがとう、ラフィ」
あごの下で自分の青い髪飾りが輝き、メルキオルの肩の下で赤い飾りが輝く。
なんだか対になっている気がして、自然と口角が上がるのを感じた。
これで、みんなお揃い。
かつては何かをしてもらうことに対価を尋ねたメルキオルも、贈り物の意味を理解して、何も言わない。
見上げた冬空の雲は、高く、遠かった。