事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

87 / 87
八十七話 危機

────聞いてしまった。

魔獣の少ない街道を必死に走る。

谷に吹き抜ける風の音が夜明け直前の空に響いて、普段なら心地よいはずの音が、どうにも青年を急がせた。

 

「おい! 居たか!」

 

知らない男の声に、青年はびくりと肩を震わせ、近くの大岩に隠れた。

声の主は、正規軍。今現在、領邦軍と争いあっている、革新派の連中だ。

ばくばくと大きな音を立てる心臓を抑えながら、青年は軍人が去るのをじっと待つ。

 

「いや、こっちには居なかった」

「チッ……とっとと()()()しないと大目玉だぞ」

「わかってるよ。あーあ、谷底に勝手に落ちてくれねぇかなぁ」

「落ちたら確認のほうが大変だろうが」

 

足音が去っていき、ふぅ、と息を吐く。

見つかったら殺される。そんな緊張感が青年をずっと襲っていた。

大岩の陰から出て、ラングドック峡谷道をさらに走る。

 

ラクウェルはもう駄目だ。正規軍に占領されている。

目指すは故郷────オルディス。

あそこまで行けば、領邦軍が保護してくれるはず。

もつれそうになる足を必死に動かしながら、青年はようやく西ラマール街道へ逃げ出した。

 

「────うぁっ」

 

しばらく走ったところで、体が限界を迎え、倒れる。

ズボン越しに膝が擦り剝けて、ひりひりと痛んだ。

手に力を入れようとして、手のひらも擦り剝いた。

撃たれた横腹は、血をだらだらと流して、土を赤く染め上げた。

 

「……ちく、しょう」

 

ここで終わるのか。

帰ることもできずに。伝えることもできずに。

そんなの、そんなの、あの人に誇ることができない。

 

「ひめ、さま……」

 

朝焼けに手を伸ばす。

幼いころ、毎日のように街に降りてきていた、ミルクティー色のお姫様。

平民のガキ大将だった青年と身分関係なく遊んでくれた、あの人を思い浮かべて。

 

ふと、朝焼けが遮られる。

 

「大丈夫かい、君。しっかりしたまえ」

 

擦り剝いた手を取られ、青年は最後の力を振り絞って顔を上げる。

くすんだ金髪の男だった。

白いコートを着て、背にはリュートを背負っている。

旅の吟遊詩人だろうか。

いや、それでもいい。今はただ、この事実を伝えなくてはならない。

 

「あんた……オルディスに、伝えてくれ……」

 

────明日。否、今日。今から数時間後、正規軍がオルディスを全兵力をもって襲撃する。

民間人を殺すことも厭わないと、あの軍人は言っていた。

 

それを聞いた男は紫色の目を見開き「なんだって」と驚く。

 

「たのんだ……姫様が愛した街を……」

 

伝えられた、と満足して。

青年は気を失った。

 

 


 

 

そんな情報を聞いて、大人しく出来たら家出なんかしていない。

夜明けの時刻。といっても、冬なのでかなり遅い時間だが。

ラフィの枕元でけたたましく呼び出し音を鳴らしたARCUSを半分寝ながら開き、飛び込んできたのはオリビエの大声だった。

 

『ラフィくん!! 今すぐオルディスへ来れるかい!?』

 

東部から最西部へ行けとは、この人も無茶ぶりをするものだ。

寝ぼけた頭でぼんやりそう考えたラフィの目を覚ましたのは、次の一言だ。

 

『正規軍が暴走している。オルディスに焼き討ちをかける計画を立てたらしい』

「────ア゛?」

 

まず懐で愛らしく眠っている妹を申し訳なく思いながら起こして。

それから男子部屋に殴り込んでメルキオルを叩き起こし、イクスも起こして。

騒音に気づいてのそりと起きたリィンのベッドの隣にしゃがみ込んで、まだ眠るエリオット達を起こさぬよう、小さな声で現状を告げた。

 

「悪ィ、今からオルディスに行かなきゃならなくなった」

「なら俺も、」

「お前は東部に残ってろ。ヴァリマールとカレイジャスっつー抑止力がここにゃ必要だ」

 

ログナー侯が抑えられた今、アルバレア公が暴走する可能性は高い。

一方西部は、おそらく乗り気ではないであろうハイアームズ侯と、帝都にかかりきりのカイエン公。それに────相手は正規軍だ。

貴族連合の機甲兵を圧倒できる戦力は、今のところヴァリマールとラフィのみ。どちらか片方が爆発する可能性のある東部に残っていたほうがいいだろう。

 

「待ってくれ、そもそもどうやって行くつもりなんだ。ヨルダの転移にも限界があるんじゃないのか」

「オリビエさんがなんとかしてくれたらしい。とにかく、行ってくる」

 

すぐに帰ってくるから、とリィンに無理やり布団をひっかぶせて、眠そうなメルキオルとイクスを引きずって、廊下で待っていたヨルダと合流。

甲板へ出て…………

 

「まぁヨルダ。ラフィさんも。私たちに何も言わずに行くとは、なんて薄情なんでしょう」

「そうだよ。イクスとメルキオルさんも、僕たちを起こすくらいしてくれたらいいのに」

 

皇室の至宝たる双子が、同じ顔で頬を膨らませて仁王立ちしていた。後ろにクルトを控えさせて。

はぁ、もう、この人たちは。まったく。

ラフィは顔を覆って、ため息をついた。

 

「クルト、止めろよ」

「すみません、僕も両殿下と同意見でして」

「ッカ~、行動力モリモリロイヤルガキンチョどもが!」

「君もロイヤルガキンチョの一角だけどね」

「メルうるさい!」

 

ガリガリと何も考えずに後頭部を掻いて、結び目が若干解ける。

うっとおしいから、と一度解いてもう一度キツく結びなおした。

 

「ラフィさんだって、後ろ盾は必要でしょう?」

「あっちにはオリビエさんいるけど」

「合流するまでの、ですよ」

「面白そうだからついていきたいって顔に書いてるぜ」

 

イクスの指摘に、セドリックは少し恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

しかし、二人ともついてくるつもりならば、このカレイジャスの大義名分がいなくなるも同義。

そこまで考えたところで、アルフィンが胸を張った。

 

「カレイジャスには私が残りますわ。ちょっぴり残念ですが、ご安心を」

「……はァ。わかってますか? 正規軍の焼き討ちを防ぎに行くんスよ、あたしら」

 

端的に言えば、領邦軍の手助けをするわけだ。

皇族を狙う、貴族連合の。

そんな場所にセドリックを連れて行ってしまったら……

 

「そうならないために、僕や兄上(ヴァンダール)がいます」

 

ふと、クルトがそう声を上げた。

じっと彼を見つめて。

その兄の面影を感じて。

心の中で、何度も問答して────

 

「いいじゃねぇか。連れてってやれよ」

「……え」

 

上空から、白い飛空艇がルーレ空港の空きにゆっくりと降りてくる。

流線形のそれに刻まれた数字は、"04"。

聞き覚えのある声に思わず顔を上げたラフィの視線の先。4、5人程度しか乗れなさそうな、小さな甲板。

確かに、これからラマールへ1時間以内に向かうには最適な代物だ。

 

「なんとかしたって、そういうことかよ……」

「ンだ、不満そうだな」

「いや、その……不満ではないけど。なんで帝国にいるんだよ、師匠ッ!!」

 

赫灼の髪が風になびく。

にぃ、と笑った、ラフィにとっての導きの炎が、そこに立っていた。

 

 


 

 

「いや~久しぶりだなぁ、お嬢!!」

「大きくなりましたね。もうオルテシア卿を越したんじゃないですか?」

「まだギリギリ越してないけど一応毎月伸びてるからそのうち越す」

「オイコラ聞こえてんぞバカ弟子!!」「やべっ」

「お嬢に会うって聞いて好きだったロールケーキ買ってきたぞぅ。ラウンジの冷蔵庫に入ってるから食べちゃってねぇ」

「え、本当!? ありがと先輩!」

 

飛空艇────メルカバに乗った瞬間、ラフィはセリスの従騎士たちに囲まれた。

普段は姉風吹かせている彼女も、七耀教会の関係者に会う時ばかりは末っ子ムーブをかます。

 

「おらテメェら、席に戻れ! 一時間以内にオルディスだぞ!!」

「っとと、そうでした」

「まさか皇太子殿下を乗せることになるとは」

「できる限り速度を上げるから、どこかしらに座っておいてねぇ」

 

号令で一斉に散った従騎士たちにため息をついて、セリスは一行に向き合った。

 

「っつーわけだ。ラウンジで大人しくロールケーキ食ってろ」

 

メルカバが浮かぶ。

つい二年前までは毎日のように感じていた浮遊感。久々に味わったそれを、女はぐ、と嚙み締めた。

心配そうな双子と皇太子主従と、何か言いたげな恋人をみんなラウンジへ追いやってから、ひとりの弟子は、かつての様にそっと師匠の袖を引いた。

 

「ん? どうした、ラフィ」

 

もう殆ど同じになった目線は、ずいぶんと優しい。

相変わらず彼女は自分を弟子として扱ってくれる。

あの日────リベル=アークを堕とした日に、一人で生きて行けと言ったのに。

 

「師匠はさ。あたしに独り立ちしてほしいのか、してほしくないのか、どっちなの」

「そりゃあ独り立ちしてほしいに決まってる」

「……じゃあなんで、こんなに優しいの。これじゃあ、立てなくなっちゃう」

 

きょとん、と碧色の瞳が見開かれる。

それからじーっと見つめられて、ラフィの頬がだんだん赤くなっていって。

ぷるぷると震え始めたところで、セリスはふっと笑って、わしわしと弟子の頭を乱雑に撫でた。

 

「可愛い一番弟子を突き放すわけねぇだろ?」

 

────ひとりで生きて行けと言われた。

自分の将来を星杯騎士団に縛り付けないためだったのはわかっている。昔から、将来についてはよく考えろと口酸っぱく言う人だったから。

……拾ったときは自分も未成年だったくせに。

 

リベル=アークが堕ちた後。さっさとアルテリアに帰ってしまったセリスにぶつぶつ文句を言いながら、帝国に行くと言うエステルとヨシュアに同行して、帝都まで来て。

それから、ミルディーヌにあの部屋を借りて。

バイトが決まって。オリビエと再会して。

いろいろ安定してから、ようやっと恐る恐る連絡して。

 

────よう、ラフィ。いい家住んでるじゃねぇか。

 

この人はすぐさま飛んできた。

任務が近くであったからとか、いろいろごちゃごちゃ言い訳してたけれど。

 

困っていないかとか、危ないことに首を突っ込んでいないかとか、生活リズムは安定しているかとか、いろいろ心配していた。下手をすれば、実父よりよほど保護者らしく。

一緒に来ていたリオンはそれはもう笑い転げて死にかけていた。

 

「弟子バカ」

「言ってろ」

 

まったく、こういう時に飛んでくるこの人もこの人だ。

いろいろ任務だってあっただろうに。きっとオリビエから話を聞いたとたんにすべてを放り出して飛んできたのだろう。

実際、従騎士はガン無視しているが、先ほどから通信がひっきりなりに鳴り響いている。この音は五号機からのだろう。

 

「ケビン先輩キレてない?」

「あの程度ならアイツ一人で出来るだろ。ほっとけ」

 

まぁ、彼なら一人でなんでもこなせるだろうけども。

ステルスをかけながら飛ぶメルカバは、帝都上空を通過する。

 

オルディスにたどり着いたのは、ちょうどそれから30分後のことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件(作者:ギルバート)(原作:英雄伝説)

 物理的にも、精神的にもブラック極まりない悪の組織の構成員に転生してしまったオリ主が、クソの役にも立たない原作知識片手に、上司共に呪われたり、粛清されないよう必死に生き抜いていく話。▼過去改変?より良き未来に?無茶言うな


総合評価:5930/評価:8.77/連載:31話/更新日時:2026年08月10日(月) 00:00 小説情報

転生少女の受難(作者:フッ軽布教女サッチ)(原作:英雄伝説)

トールズ士官学院、旧校舎。▼10人の少年少女に特化クラスⅦ組への参加意思を問う問答の中。▼ひとり、大きなメイスを抱えた少女が震える声で意思を主張した。▼「辞退、します」▼────これは、計算外の蝶の羽ばたきに苦悩する一人の転生者の物語。▼【挿絵表示】▼


総合評価:1276/評価:8.86/短編:2話/更新日時:2026年07月13日(月) 12:56 小説情報

槍の聖女の軌跡を超えて(作者:アマシロ)(原作:英雄伝説)

鋼の聖女、アリアンロード。彼女が探していた相手を見つけた時、運命が動き出す。槍の聖女の子として生まれ変わった転生者は、どん詰まりの世界で生き抜く術を見つけるための『足掻き』として。あるいは己の求める欲望のため、トールズ士官学院に入学する。なお本人は両親に気づいていない模様。


総合評価:3776/評価:8.96/連載:27話/更新日時:2026年09月23日(水) 19:03 小説情報

はぐはぐオズぼんとの軌跡(作者:鳩と飲むコーラ)(原作:英雄伝説)

思いつきの一発ネタ。▼鬼の力と一緒に左腕に憑いた父を名乗る不審者とリィン・シュバルツァー君のお話。▼*続きました。▼閃の軌跡Ⅰ編完結、閃の軌跡Ⅱ編連載はじめました。


総合評価:6737/評価:9.04/連載:200話/更新日時:2020年12月28日(月) 22:39 小説情報

TS不幸少女のゼムリア大陸災難記(作者:黒岩)(原作:英雄伝説)

厄ネタだらけでどこにいても外道や悪人や地雷に当たるゼムリア大陸で褐色少女が不幸な目に遭いまくりつつも生まれ持った丈夫な身体と精神で乗り越えていくかもしれない話


総合評価:15468/評価:9.13/連載:139話/更新日時:2026年05月26日(火) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>