事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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九話 一日の終わり

あれから、数時間後。

赤服の学生たちは、再び無事に夕陽の輝くケルディックへと帰ってきていた。

両手いっぱいの取り返した盗難品……は無く、自分たちの得物のみであるが、それでも一行はなんだかやり切った顔をしていた。

 

「はぁ……どうなるかと思ったわ、もうっ!」

「街に入っただけでこんなに落ち着くなんて……うぅ、もう二度とあんな目には遭いたくないよ〜……」

「はは……そうだな……」

 

ぷんぷんアリサの隣で項垂れるエリオットを元気付けるように、リィンが背中を優しく叩く。

そんな彼らを見てクスクスと笑う水色の髪の女性に、ラフィは少々つっかかってみる。

 

「青春眩し〜ってか?」

「ふふ、そうですね。あなたと同い年だということを忘れてしまいそうです」

「ンだそれ」

「だって、あなたは少々大人びすぎているから。もう少し彼らのように青くても良いと思いますよ?」

「……オネーサン気取りはやめてくれ、クレアさん」

 

照れ隠しのようにポケットから本日3本目の飴を取り出し、包装を剥いて咥える。今日の分はこれで最後だ。

そんなラフィの様子を見て優しい微笑みを浮かべる女性────クレア・リーヴェルト。

 

ラフィとは依頼先で事件が巻き起こった時に出会う程度の仲ではあるが、その事件がしょっちゅうなもので。ラフィがフリーターでは無く事件屋と呼ばれる理由の一つに、クレアは毎度関わっていた。

 

「……とにかく、来てくれて助かった。どこから嗅ぎつけたのかは聞かないでおく」

「あら。ラフィちゃんのことだから言ってしまうと思っていたのですが」

「それくらいはもう弁えてるよ。いつまでもガキ扱いすんな」

 

珍しく素直に礼を告げるラフィに、クレアは驚いたように口元へ手を添える。

 

あの時……領邦軍に囲まれた後。

どこからともなくクレア率いる鉄道憲兵隊が現れ、犯人の方を取り囲み、そのまま文句を垂れてくる領邦軍の隊長を論破し、一行を助けてくれたのだった。

此方も余りにも間が良すぎたせいでラフィの口角は引き攣ったのだが、その間の良さに助けられたのも事実。

故に、事件屋は目の前の氷の乙女に文句を言えなくなってしまった。

 

「いつも助けられてばかりなので、ちょっとした恩返しです」

「利用した罪滅ぼしの間違いじゃないの?」

「まさか」

 

じと、とクレアを睨めば彼女はにこりと完璧な営業スマイルを決めてくる。大体心にもないことを言う時、大体この顔である。たった3年の付き合いでわかってしまうのだから、存外クレアはわかりやすいのかもしれない。

そんなことを考えながら、自然公園から人見知りを発動して腰にしがみつきっぱなしの双子の髪にそっと手ぐしをかけた。

 

まぁしがみついて顔隠すのはわかる。軍人に顔を見せると仕事に支障があるんだろう。だがいかんせん歩きづらい。もういっそ抱き上げてやったほうがマシまであった。

そんな様子を見て、クレアが口を開く。

 

「“恩返し”の一環として、その子たちについても問い詰めないでおきます」

「そりゃ助かる。ワケありみたいでな」

「みたい、ということは……あなたも把握は……」

 

肯定の意を込めてこくりと頷く。

 

「こいつらが話す気になるまでは聞かない。そう決めてる」

「そうですか……親探しなら手伝いますよ」

「はは、憲兵さんはお忙しいだろうから遠慮しとくよ」

 

嫌味たっぷり風味の言葉をクレアはものともせずにクスクスと笑う。これだからこの人はやり辛いのだ。絶対に此方のことをじゃれついてくる子猫程度にしか思っていない。

 

「おーい、ラフィ!」

「元締めさんがお礼したいってー!」

 

落ちかけの夕陽の向こうから、大きな声で自分を呼ぶ声がする。

ふっと微笑んんで、今行くと叫んだ。

 

そして双子の背を押し、自分自身も小走りで彼らへと近寄ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……帰宅確認とかオカンかよ」

『一応な。夜に女の子を一人で歩かせるわけだし』

「3人だよアホ。寝てるけど」

 

ぐーすか健やかに眠る双子を抱っこにおんぶ。そんな状態でなんとかいつもの我が家に帰宅したラフィは、ARCUS越しのリィンに向かってひとつ愚痴った。

帰ったらⅦ組の誰かしらに連絡すること。帰る間際に合流したサラからそう言いつけられ、破れば後で面倒だと思ったラフィは一番面倒じゃなさそうなリィンへと剣の手入れがてら通信を繋げていた。

 

「んじゃ、次の実習で……っていつなんだ」

『来月。2班に別れてるから、ラフィがついていくのは俺が居ない方の班かもしれないけど』

「ほーん。ま、なんか困ったことあったら呼べ。一回だけなら特別料金で受けてやるよ、お忍び男爵令息殿」

 

帰りの電車で貴族であることを暴露したらしいリィンに向かってそう軽口を叩く。

散々坊ちゃんと3人の目の前で呼び倒していたラフィからすれば隠していたことは意外で、何故そんなことになったのか見当もつかない。少なくともシュバルツァー男爵家といえば善良で優秀な貴族としてそこそこ有名であり、隠すものではないから。

そこを問うてもリィンは「少し厄介なことが」とだけ言って、苦笑いするだけだった。

 

手入れを終えたロングソードをいつも通り玄関口に引っ掛け、キッチンへ向かう。

『揶揄うのはよしてくれ』とリィンの苦笑いする声を聞きつつ、ココアパウダーを棚から取り出した。

 

『別にそれ以外でも来てくれていいんだぞ?』

「アホ。貴族の魔窟にゃ行きたくねェよ。それに、一人クソ厄介なオネーサマが入学してるのは知ってるんでね」

 

どば、と大量のパウダーをマグカップの中に突っ込む。そして取り出した牛乳で少しづつ溶かしてゆき、軽く砂糖を追加でふりかけ、最後に導力レンジでチンすれば激濃ココアの完成だ。

ずず、と啜れば甘ったるい味が口の中に広がり、特別疲れた日に作る自分へのご褒美が五臓六腑に染み渡る。同じ甘党である同業者に「胸焼けする」と言わしめたココアだ、格が違う。

 

『知り合い、居るのか?』

「おう、家出てから会ってねェけど。地元の女の子食い漁ってたからどうせ学院でも女漁りしてると思う」

 

きっと変わっていないだろう。正直いつ刺されてもおかしくないからやめたほうがいいとは思っていたが、女好きじゃないあの人はあの人じゃない。

ふぅ、とため息をついてから、残り半分となったココアをぐいと一気に全て煽る。少しだけ下の方でダマになってしまっていたようだ。粉の塊を噛み砕き、口の中で混ぜてごくりと飲み干す。

 

『何か飲んでるだろ』

「特濃ココア。粉と牛乳1:1、隠し味に砂糖な。仕上げはレンジでチン」

『……糖尿病になっても知らないからな』

「言ってろ」

 

喉に残る後味を堪能しつつ、底に張り付いたココア粉の溶け残りを眺める。

子供の頃は友人たちとこれを飲んで笑っていたものだ。案外一番いじっぱりだったやつが酷くこの男飯(?)を気に入っていたのを思い出す。

 

「……んじゃ、そろそろ寝るわ。お前は明日もフツーに学校だろ、はよ寝ろ」

『そうする。おやすみ、ラフィ』

「おう。おやすみ、リィン」

『あれ、苗字じゃないのか?』

「お前の家名長い」

 

そのやりとりを最後に、例の受話器ボタンをぽちりと押す。通話が終了したことを示す導力音と共に、パタリとARCUSの蓋を閉めた。

ざっとマグカップを洗い、ふと時計を見ると既に短針と長針は真上を向いていた。

先程までちょくちょく聞こえていた、導力車のタイヤが石畳を切り付ける音はすっかりなくなり、周囲は静寂に包まれている。久々に酷く動き回ったせいか身体中で疲弊を訴えているし、今日はもう眠った方がいいだろう。

よりによって今日はタオルケットを敷いただけの雑魚寝なことに軽く絶望感を覚えつつ、そのままキッチンで軽く歯磨きを終え、双子がスヤスヤ眠っているであろう寝室の扉を開いた。

 

「「……あ」」

 

しかしそんなラフィの想像とは裏腹に、出会った時の黒ジャケットを羽織り窓に足をかけた双子の背があった。

欠伸の途中で表情筋を止めていたラフィはしばらく固まった後、盛大にため息をついて双子に近づく。

 

「朝までには帰ってきて風呂に入ること。いいな?」

「……うんっ」「わかった」

 

双子がそう笑った拍子に、月光を受けて揃いの髪飾りがきらりと光る。

その後すぐに2階の高さから飛び降りた双子のために、ラフィは再び風呂場へと戻った。

 

「……血液ってお湯かけちゃダメなんだったっけ……」

 

湯船に湯を張るべきか考えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、リィンも自分が飲んでいた水のコップを仕舞いに、一階のキッチンへと足を進めていた。

ユミルでは入れたことのなかった氷もすっかり溶け、からりと乾きかけたコップを手で弄びつつ階段を降りる。

 

「……あれ、ユーシス」

「シュバルツァーか」

 

一階の談話ゾーンで小説を開き、優雅にマグカップの中の飲み物をスプーンでかき混ぜるユーシスに遭遇した。

手に持っているのは最近ベストセラーを獲得した大衆向けの娯楽小説だ。くい、と綺麗な所作でマグカップの中身を飲んだユーシスは一つリィンへと問いかけた。

 

「こんな夜更けにどうした」

「コップを戻しに。ユーシスは?」

「……飲み物を持って階段を登るのが嫌だった」

 

そう言って眉間に皺を作り、小説に栞を挟んで閉じるユーシス。

周囲には少々甘い香りが漂っており、その源はユーシスの持つ乳白色のマグカップであるとリィンの鼻は断定する。

 

「何を飲んで……って、これは……」

 

覗き込んだ先には、黒が広がっていた。

独特の香りもない故にコーヒーでもない。カップの裏側は綺麗な翡翠色だ。

ならばこの黒はなんなのか。彼の動かすスプーンには同色の固体がこびりつき、液体にさらされている。

 

「何とはなんだ。ただのココアだろう」

 

ココア。これがココアだと言うのか。この冒涜的な液体が。既にそれはココアという飲み物の定義を満たしていない、もはやただのブラックチョコレートだ。

スプーンにこびりついているのは溶け切らなかった分の粉だろうか。この分だと底の方にもかなり残っていそうだ。どう考えても牛乳の量に対して粉の量が飽和している。

 

(……ん? 粉が飽和したココア……?)

 

ふと、リィンは先ほどの会話を思い出す。

電話の先の彼女が飲んでいた“アレ”を。

 

「粉と牛乳1:1、隠し味に砂糖」

「……何故貴様が知っている」

「仕上げはレンジでチン」

「レンジで?……!!」

 

衝撃を受けた顔をしたユーシスの手元でスプーンがぽちゃりと半分ほどになったココアへ落ちる。

なるほど、確かにユーシスのココアは湯気を放っていない。レンジでチンを忘れていたのだろう。故に粉が溶け切らずに残った。

ガタンと立ち上がってユーシスはそそくさと早歩きでキッチンへと向かう。そしてチン、という温め終わった音と共に、目を丸くして出てきた。

 

「……あの味だ。ラファエラの……馬鹿みたいに濃い……」

 

けほ、と軽く咳き込むユーシス。どうやら濃すぎたらしい。しかし彼の口端はほんの少しだけ上がっていて、わずかに目も細まっている。

器用にもそのまま眉間に皺を寄せ、意を決して彼はマグカップを一気に煽る。

ごく、ごくと数回喉仏が動き、次に現れた彼の顔は随分と酷いものだった。

 

「……ぐっ……こんなものを、何故俺は……平気で……」

「だ、大丈夫か?」

「げほっ……」

「ユーシス!?」

 

丁寧に地面へと置かれたマグカップ。その内部はもはや黒が濃すぎて光の反射すら起こっていない。正に闇である。

リィンはごくりと固唾を飲み、軽くユーシスに謝罪のポーズをとり、スプーンに“闇”を載せ、思い切って口に含んだ。

 

存外さらりとした舌触りだ。する、と口の中へと落ち────強烈な甘みを放つ。

口内に広がる香りだけで胸焼けしそうだった。しかし吐き出すことは許されない。何故ならここは公共の場、吐き戻すなどもってのほか。

既に口の中は甘すぎて味覚を失っている。甘さしか感じない。この世に甘み以外の味はあっただろうか。

 

これ以上口内で弄んではいけない。そう危機感を覚えたリィンはごく、と“闇”を飲み込んだ。

 

瞬間。

ムカムカどころの騒ぎじゃない胸焼けがリィンを襲った。

未知の世界だった。基本飲み物は父とコーヒーや紅茶程度しか嗜んだことのないリィンにとって初めての味だったのだ。

こんなものをあの事件屋は平気な声して飲んでいたのか。嘘だろう、と回らなくなってきた頭で考えた。

そして……白目をむき、倒れる。

 

 

 

 

 

翌朝。鍛錬に出ようとしたラウラが目にしたのは、すっかり冷めて粉が浮きまくったココアと、倒れ伏す貴族男子コンビの姿だった。

 





ウィステル家のMMDモデルを作って一人で悶絶してました。BIG LOVE……
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