リィンたちがゼムリアストーンを集めてきた。
随分と大きな結晶が4つ。流石のラフィでもここまで大きな結晶は見たことがない。
それを今から太刀に変えるという。
スケールが大きすぎるな、とラフィが呆れていると、船倉の入り口の扉が開いた。
「────船の中の設備としては及第点だ。工科大学の設備には劣るが、仕方あるまい」
颯爽と白衣を靡かせてまっすぐジョルジュに近づいた老人がしわがれた声で言う。
眉間に深いシワを刻んだ老人────ゲルハルト・シュミット博士。三高弟の一人だ。
記憶の中にあるもう一人の三高弟とは正反対の雰囲気を纏った彼は、一通り材料を眺めてジョルジュとあれこれ言い合っている。
噂通りのヘンクツだとか、ジョルジュと息があっているとか。渋いのは好みだけど険が強すぎるとか。好き勝手言うⅦ組の中で、その鋭い眼光が一人を貫いた。
「……」
「エッなんか見られてる」
「まさか過去に何かやらかしたんじゃないだろうな……」
「マキアスの中のあたしどうなってんの」
冷や汗をかくマキアスにじとりと睨まれ、何もしていないと弁明する。
強いて言えば、ラッセル博士とその孫娘であるティータとはかなり仲良くしていたくらいだ。それ以外の接点などない。
「────ラフィ・ウィステル」
「うおッ!? ハイ!!」
「
そう言ってシュミット博士が指さしたのは、ラフィの腰で輝く星杯のペンダントだった。
えっ、と全員の視線がラフィに向く。
白夜色がキョロキョロと周囲を見渡す。それからパッとペンダントを手に取って、
「さ、さすがにこれは見逃してほしいんですけど!?」
と叫んだ。
シュミット博士はふぅ、と息を吐いて、首を振る。
「その程度足しにもならん。それに合金から取り出せはせん」
シュミット博士の答えを聞いて、ラフィはふぅ、と息を吐いた。
老博士は視線をそらして呟く。
「ラッセルが作ったものだろう、と言いたかっただけだ」
「……えっと……まァ、概ねそうです」
ラフィの星杯の証。
空中都市で拾ったゼムリアストーンで武具を作ったときの、ほんの少しの余りを練りこんだ合金で、せっかくだからとラッセル博士とその孫娘であるティータが作ってくれたものだ。
ラフィの剣は古代遺物だから、そもそも武具の更新ができない。それを気の毒に思ったらしいティータの発案だった。
「フン……相変わらず新しいモノばかり作りおる」
そう呟いたきり、太刀の制作に取り掛かるのか黙り込んでしまった。
ジョルジュもニコニコとしながらゼムリアストーンの加工に取り掛かり、Ⅶ組の間でも誰もしゃべらない。
そんな中で(そういえばこういう時に天使が通った、なんて言う言葉があったな)なんてどうでもいいことをふと思い出した。
「ラファエラ、ここに居たか」
船倉の扉から出てきたのはユーシスだった。
そういえば先ほど寄ったバリアハートで公爵邸に呼び出されていたな、と思い出し、ラフィは沈黙から逃げる口実にもなるとスススと幼馴染へ近寄った。
「何、どうしたの」
「いや……これが武器庫から見つかってな。少し見てもらおうと思ったのだが」
そう言って差し出されたのは、白い布に巻かれた、長い物体だ。
長さ的に剣だろうか。それを受け取ると、ずしりとした重さが腕にのしかかる。
「開けていい?」
「あぁ」
そっと白い布を外す。
そして、女は息を吞んだ。
美しい翡翠色の地金を持つ長剣だった。
古臭い装飾がなされたソレの、持ち手の部分。べったりと黒い物体が張り付いている。
古い血だろう。少し触れると、パリパリと音を立てて船倉の床へ落ちた。
その下には、やはり綺麗な翡翠色が広がっている。傷んだ様子もない。
背中の長剣が、ほんの少し輝いた。
呼応するように翡翠の長剣も輝く。
白い布を全部取って、鞘から抜いて並べてみれば、刃の部分までそっくりだ。
まるで双子剣のようなソレの違いは、色と鍔だけだった。
「……あたしのと同じ、古代遺物」
「やはりそうか」
「後で師匠にも見てもらうけど、まず間違いないと思う」
今はこっそりメルカバでトマス副長と会議をしているから、邪魔はできない。
だが────これは間違いなく、古代遺物だろう。天使は何も言ってくれないが、カンがそう言っている。
「お前の剣も武器庫にあったそうだな」
「うん。同じような白い布が被さってた」
「……一度ログナー家やハイアームズ家も確認してみるべきだろうか」
「ログナーはアンゼリカに聞きゃ一発だろ。結構武器庫で遊んでたらしいし」
二人は頷きあって、そっと船倉を抜け出す。
素早くブリッジまで上がって、舵を握るアンゼリカに剣を見せた。
「武器庫に? それと似たような白い布に包まれた剣? いやぁ、無かったと思うよ」
「本当にか」
「本当さ。ラファエラも一緒に入って遊んだだろう」
「5年前なんか覚えてるわけないじゃん」
────ログナー家にはない。
あったのは、カイエン家とアルバレア家。
「なるほどね。"公"の家にはある、と」
「決めつけんのは早くない?」
「いや、あのフェルナンさんが家に古代遺物があって黙っているとは思えない」
公明正大が服を着て歩いていると言われるような人だ。古代遺物など見つかればすぐに教会へ報告するだろう。
確かに、と二人は納得する。
「で、だ。結局この剣達がなんなのか、ということだが」
「星杯騎士の知識でなんとかならないのか」
「回収・
5年間使い続けていても浮いて動くくらいしかわかっていない。
古代遺物は大体二種類に分けられる。
導力を使う導力器めいた古代遺物と、そうでは無い古代遺物だ。
ルーアン市長の封じの宝杖や響きの貝殻が前者、ワジが取り込んだ石盤や愚者のロケットが後者に当たる。
「導力器っぽいのは使い方がわかりやすいんだよ。ボタンとかついてるし」
「一方、そうで無い古代遺物は使い方が分かりづらい、ということか」
「そして、ラファエラの剣は後者、と」
幼馴染達の理解が大変早くて助かる。
故に、ラフィの剣は飛んで動く以外に何もわかっていない。ボタンもないし、モニターもないから。
「あ、お二人とも!」
「もう、何勝手に行ってるのよ」
三人でブリッジで悩んでいると、エマとセリーヌが、うたた寝するトワの隣から見下ろしていた。
小走りで降りてきたエマは、こちらに近寄ってくると、腕の中の剣を見て少しだけ目を見開いた。
「……それは?」
「アルバレア邸から見っかった」
「コイツの剣と似ていたから、少々気になってな」
魔女のエマなら何かわかるかもしれない。
そう三人は同じように考えたのか、一斉にエマの方を見る。
一気に注目されたエマはたじろぎながらも、じっと剣を見つめた。
それから数秒かけて、はっとして、翡翠色の剣に触れる。
「……ラフィさんの剣からは天使の気配が強くて感じ取れませんでしたが」
「だってよ」
真剣なエマの横からラフィがニヤニヤして茶々を入れる。ガタガタと蒼い方の剣が暴れた。
翡翠色の方に傷を入れられてはたまらない。すっと抜き取って、背中の鞘に戻した。
クスクス笑うエマは、ふぅ、と一旦息を吐いて、続きを話し出す。
「騎神に似た気配を感じます」
「騎神に?」
えぇ、とエマは頷く。
補足するように、セリーヌが尻尾で翡翠色の剣に触れた。
「騎神そのものではないわ。まるでフタをして封じているような、そんな気配ね」
「これなら……天使の器として、確かに最適かもしれません」
騎神を封じるモノ。騎神を殺すモノ。
なるほど、似た者同士。
────仮の器としてこれ以上ない物だったわ。皇族の分家だからこそ収められていたあの剣を持って出てきたあたり、アナタも持つもの持ってるわよね。
「……そういえばヒント出してくれてたな」
オルディスの特別実習で暴走した、あの時。
かすかに聞こえていた彼女の説明に、そんな言葉があったことを思い出した。
なんの話だ、と言ったユーシス含め、この場にいる人間にあの時の彼女の言葉を説明する。
「皇族の分家。やはり"公"の家にのみ存在するようだね」
「分家に管理を任せるもの、か……」
「とりあえずユーシスが持っとけよ。おまえんちから出てきたし」
翡翠色を鞘に戻して、ユーシスに押し付ける。
とっさに受け取ったユーシスは、綺麗に古い血が剥がれ落ちた剣を見て、眉間にシワを寄せる。
「確かに出てきたのは我が家からだが────」
「姉ちゃ~ん! いる~!?」
その時、ブリッジの扉が開き、勢いよくイクスが駆け込んでくる。
さらに後ろから、ぽわぽわと笑うセドリックとクルトも現れた。
「ニコラスさんからクッキーを頂いたんです」
「本当においしいので、良ければラフィさんも一緒に……」
どうですか。
そうセドリックが問いかけようとしたと同時に、白い布から鞘ごと翡翠の剣が飛び出す。
「「え」」「何ッ」「おや」
年上組がそれぞれ間抜けな声を出す。
クッキーに浮かれてふにゃふにゃ顔をしたセドリックに向かって、剣はまっすぐ飛んでいき────
「ふべっ」
「せ、セドリック────ッ!!!!」
ごちん、と。
セドリックの額に柄の先を勢いよく打ち付けたのだった。
「つまり、これは皇族の分家に下賜されたもので、騎神に関係するモノかもしれない、と」
ティアをかけられたセドリックは額をこすりながら、結局離れようとしない剣を膝にのせて、事情を一通り聞いていた。
エマは頷いて、話の続きを始める。
「やはり、大切なのは皇族の血筋なのでしょうか」
「古代遺物にゃよくあることだけどなァ」
カルバードの王族に伝わる、失われた聖魔剣なんかもカルバード王族の血筋にしか扱えなかったと聞く。ワジの石盤だって、御子しか読めなかったそうだ。
「殿下、なんかこう……選ばれた!ってカンジありません?」
「そりゃあ、こうも懐かれていますし……無機物に懐かれるって何……?」
「ンじゃあこの感覚は天使の方か」
ラフィは当時、こう、選ばれた! という感覚が強かった。
握った瞬間に力が沸いて、それがなんなのかは当時判らなかったが、それでもなんとなくに持っていこうと思うくらいには。
それが無いとなると……
机から離れて、セドリックをちょいちょい、と手招く。
イクスにクルト、ユーシスとエマ、セリーヌ(アンゼリカは舵から手が離せない)に見守られながら、ラフィは背のホルダーから鞘を取り外した。
それから、セドリックの前に突き出す。
「マネしてください」
「は、はいっ」
セドリックも、翡翠の剣を鞘に入れたまま突き出した。
「導力器を起動するときと同じように、手に感覚を集中させて」
要するに、導力を流す。
カタリ、とラフィの剣が動いた。
同じように、セドリックの握った剣も動く。
「そのまま、剣が抜けて体の横に来るように念じる」
「なんですかそれ」
「気合ッス」
「気合で動くかなぁ……」
ラフィの方はするりと抜けて、自然と隣で浮遊する。
不安そうにして、念じたセドリック。
すると、意外とすんなり剣は抜けて、隣で浮き始めた。
「嘘ぉ」
「選ばれたのは確定かァ」
「でも僕こんな長い剣扱えませんよ」
「いや別に無理に使わなくていいけど」
同じように念じて、剣を鞘に納める。
促してみれば、セドリックもすぐに剣を戻した。
「今、何か感じませんでした?」
「……何かって……」
「漠然と、この剣を"何"だと思ったか」
ラフィの問いかけに、セドリックはしばらく悩む。
それから、ひねり出すように答えた。
「鍵、ですかね。それもスペアの。なんの、かは判りませんけど」
「スペアキー、か」
封じるもの。鍵。
たしかに、エマの感覚とも矛盾は無い。
肝心の何の鍵なのかは、定かではないけれども。
「おやぁ?随分と珍しいメンバーですねぇ」
陽気な声に、ラフィの肩がビクゥッと跳ねる。
恐る恐る振り返れば、ビン底眼鏡に微笑んで細い目────トマス・ライサンダーが、エレベーターの前に立っていた。
「ゲェッ!!副ち────」
「フフ、ラフィくん。なにがゲェ、なんですか~?」
スゥ、と橙色の瞳が開く。
危うく正体を口走りかけたラフィは咄嗟に自分の口を塞ぎ、一呼吸おいてから解放した。
気持ちゲンナリとした状態の幼馴染を置いて、ユーシスは「実は」と事情を話し始めた。
「ふむ、古代遺物に騎神関係。それに鍵、ですか」
「たしか、トマス教官は黒の史書を集めていらっしゃいましたよね。何か記述はありませんでしたか?」
エマの問いかけに答えようとして、トマスは自分の記憶の中を探る。
そしてしばらくトントンと米神をたたき続けた後、キラリとメガネを光らせて笑った。
「────紅蓮の魔剣 ヘイムダリア。太古より存在し、暗黒龍の呪いを受けた紅の騎神を封じたとされる魔剣です。そしてその写しとして、群青の魔剣 オルディア、翡翠の魔剣 バルディアが存在します」
ちょうど今朝リィンくんが持ってきてくれた史書にありました、とトマスが語る。
子供たちは顔を見合わせ。もう一度二人の魔剣を見る。
群青と、翡翠。
「それだな」「それですね」「すぐにわかって良かったわ」
「間違いないでしょう」「魔剣バルディア、かぁ……」
「正体わかんの早くね?」「答えすぐ言わんでくださいよ」
「そこ、事件屋姉弟。文句を言わない」
ぶーぶーとブーイングをかますよく似た姉弟を、トマスはぴしゃりと叱った。
セドリックは魔剣というカッコイイ文字列に目をキラキラとさせているし、エマとユーシスは剣の正体がわかったからか、ぐで、と背凭れにもたれ、息を吐いた。
しかしエマがトマスの答えをかみ砕けたのか、ガバリと起き上がる。
「────待ってください。"紅の騎神を封じた"?」
「えぇ、そう記述がありましたが」
きょとんとするトマスをよそに、エマは考え込む。
「……スペアキーである群青はカイエン邸に、翡翠はアルバレア邸にあった……でも、群青は5年前にラフィさんが持ち出していて……なら、紅蓮は? 紅の都、その主の住まいといえば……!!」
「エマ……?」
心配そうに主の顔を覗き込んだセリーヌを撫でながら、エマはハッと顔を上げた。
「恐らくカイエン公の目的は、皇居に保管されているであろう魔剣を使った、呪われた紅の騎神の解放ではないでしょうか」
────その日、一人の少女が真実へとたどり着いた。