ある日幻覚が見えるようになった   作:アカシヤ

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落ち着こう

 意外な事に、変化以来大した問題もなく一ヶ月が過ぎようとしていた。

 基本的にインドアな自分は決まった場所にしか行かない為、通行上の危険なポイントやその他諸々の問題を以前の経験から推測して補えるというのが大きいのだろう。

 

 勉強も、黒板が時折見えない事があるが、それは友人にノートを見せてもらったり、教えてもらったりすれば良い事だ。つくづく良い友達を持ったと思う。

 

 そして重要な解決に関する考察。これも細かい修正点があれどあまり進んでいなかった。

 あると思われる幻覚認知域が一日で動く幅が小さい以上、どうしても長い目で見て変化を記録していく必要があるのだ。

 直線の様に何処までも変化してゆくのか、それとも円の様に何処かで繋がって元に戻るのか・・・前者の場合は大変だ。少なくとも、後者でも一ヶ月以上の間隔がある事は間違いない。

 

 

 さて、このまま悠長に観察だけしているという選択肢もあるのだが、一ヶ月も経てば段々と痺れてくる。もう直ぐ堪えきれなくなるのは目に見える結果であるので、とにかく何かしらの行動を起こした方が良いだろう。成果が出ないってとても不安な事なのだ。

 

 

 そこで、怖くてあの日以降行っていなかったが、例の挙動不審の人に会いに行く事を決心した。あの、赤髪で奇妙な店にいる人だ。

 何をされてもおかしくない様子であったので、直ぐに110番に掛けられる様に、かつ厚手の服に着替えてから出発する。

 

 

ーーーーー

 

 この前は学校から行ったため、視点が違ってなかなか見覚えのある道が見つけられない。今日はなかなか暖かい日であったので、厚手の服に汗が染み込んでいく。

 

 そう、暖かいと言えば・・・何だったか、暖かい、『暖かさ』・・・そう思えば、何か特別な事があった気がするのだが・・・あー、思い出せない。最近アレだとかソレだとか増えてきているし、お爺ちゃんみたいで嫌なものだ。メモして後の自分に託そう。

 

「道調べるくらいしとけばなぁ」

 後悔こそするがきっと次もしないだろう。確信を持って言える、自分はズボラな人間だ。しかし、母も父もそうであるし、なるべくしてなったのだ。俺に責はない。

 

 

「あーそうだそうだ、このマンションの近くだったわ」

 

 5階建てのマンション付近をウロウロと歩いていれば、あの特徴的な建物が目に入る。二度目でも全く慣れないそこにそーっと近づき、建て付けの悪そうな扉の前に立つ。

 

 前回は逃げたし、今考えてもあの判断は間違っていなかったと確信できる程にあの人は怪しかったが、噂話で聞こえて来ないぐらいには目立った悪評は流れていないのだ。

 事件になる様な事は恐らくしていないだろう。そうであって欲しい。

 

 

 やっぱり心の準備が終わらなくて暫くその場で立ち止まっていたが、やはり主導権がこちらに無くてはならない以上、前回の様に話しかけられる前に此方から接触しなければならない。

 右手のスマホに11まで打ち込んでおいてから、勇気を出して扉を少し開ける。

 

 

「すみませーん・・・」

 

 

 6月の午後5時頃、まだ明るい時間帯であったのだが、その店の中は視覚・雰囲気共に薄暗かった。

 電気は付いているから暗いとまではいかないものの、日光程明るくも無い。日没近くくらいだと想像すれば当てはまるだろうか?

 

 赤髪の彼(神島さんだったか)は向かいにも椅子のある小さい机に手を置いて座っており、手の側にはまだ具材のあるカレーライスが乾き気味に残されていた。

 尋常な様では無く、俺の声は聞こえていないのだろう。

 

 ただ、そんな事達よりよっぽど俺にとって重要な事があった。

 

 前回会った時と見える幻覚の幅が変わったからなのか、あるいは近いうちにそうなったのか、彼もまた幻覚を纏った姿であったのだ。

 しかし学校の生徒達と明確に違い、彼の体は全てが幻覚に覆われている訳ではなかった。まるで炎の様に揺らめき、他のどの幻覚に比べても不安定。

 大半の幻覚を液体とすれば、これは気体と表すのが良いだろう。

 

 

 彼が何の反応も示さない事を良いことに観察を続けていると、いつもの様に野良の幻覚が壁の中からひょっこり出てきて、偶然彼の近く(そう言っても一メートルはある)を通ったらしい。

 らしいと言うのは、俺がもう集中していれば無視出来るほどに慣れ、実際にそうしていたからだ。彼の異変が起きてようやくその幻覚に意識が向いたくらいであった。

 

 炎の揺らめきがボッと大きくなり、それが幻覚との距離と比例する。

 

 幻覚部分同様、肉体部分の変化もまた衝撃的であった。

 

「♩ ♩♫♩ ♪*%\々8」

 

 これは偶然だろうか? 突然不規則な声を発し始めたのだ。体も一瞬動き、椅子の倒れる音が声を掻き消した。

 

 

 「ハ・・・」

 

 俺の吐息も掻き消されただろう、あの日よりもゆっくりと、手で衝動を散らす様にしてその場を離れた。

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