ある日幻覚が見えるようになった   作:アカシヤ

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先人の末路

 もう日が沈み始めて薄暗い部屋の中、その男は何をするでも無くただ立っていた。

 

 その手に握る筆と散乱した画材から絵を仕事とする人間だと分かるが、目は虚ろで何も映しておらず、目の前にあるキャンバスはもう長い事白いままであった。

 

「€2〒々8〆|>○」

 

「+*6々576|24☆1%」

 

「・・・〆+×554」

 

 突然口を動かしたかと思うと、世界の何処を探しても合致する事の無い言語を話し始める。止まる事なく滑らかに喋る様から、ただ適当に音の羅列を発している訳では無さそうだ。もちろん、その場に2人も居ない。

 

 そのまま男の「お喋り」は数十分にも及び、いよいよ日も沈み切るかという頃、男にとって聞き慣れた声と共に扉が開いた。

 

「ただいまー、お昼はちゃんと食べたー?」

 

 髪も服装もぐちゃぐちゃなその男とは対照的に、落ち着いた色の服を着こなした優男がまるで母親かの様な台詞で質問する。

 

「8×2*々<8¥2×$」

 

「おーい、聞いてるー?」

 

 無視、と言うよりも単純に気づいていないだけだろう。今は話しを聞く側にまわっているようで、頷く動作を繰り返している。

 しかし、悪意が有ろうと無かろうとやられた側は良い顔はしない。優男の頬が怖い程に釣り上がっていき、穏やかな印象は既に崩れかけている。先程の爽やかさは根本からではなく、本性は相当短気であるようだ。

 

「#latp27々5963¥$3°ッ〒」

 

「聞けやゴラァ!」

 

 猫はそう持たずに剥がれた。男の肩を掴んでガタガタと揺らすが、それでもやられた側は抵抗もせずに未だお喋りに興じている。

 その後もあの手この手を尽くして意識を向けようとしたが、頬に保冷剤を当てたのを最後に諦めた。

 

「ったく、神島よぉ、俺はお前の親じゃねぇんだぞ?仕事だって・・・なぁ・・いや、今度はちゃんと食えよ」

 

 手付かずのままだった野菜炒めを食べ終わると、彼は友人のために料理をまた作る。それでも神島はまだお喋りに夢中になっているが、今度は彼も怒る様子はない。

 返事が無いことなんて知っていた、最初からだ。

 

「妖怪だか幽霊だか知らねえがよぉ、早く神島を返してくれよ、もう、限界なんだ・・・」

 

 彼は、およそ3年近くこうして神島の介護の様な事をしていた。妙にリアルな異形を描き、その存在に熱く語り始めたかと思えば、急にデクの棒になってしまったあの時から。

 

 親友のためならと心を燃やした頃が懐かしい、今では友情も薄れて、いっそ忌々しいと迄に思ってしまっているのだから。

 自分だっていつまでも付きっきりという訳にはいかない。しかしその時、神島はどうすれば良いのだろうか。精神病院に行かせようかとも思ったが、ある事情によってそれも叶わなかった。

 彼は、心身ともに疲れ切っていた。

 

「はぁ・・・また来るよ」

 

 彼が扉を閉め終わるその瞬間になっても、神島が意識を向ける事は無かった。

 

 立ち去る足取りは重い。

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