【因果一角】 ユニコーン   作:可能性の獣

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続いた。



第三話 それは〈ユニコーン〉と呼ばれた

□皇都郊外〈フィックの整備店〉【整備士】バナージ・リンクス

 

バナージが【整備士(メカニック)】として働き始めてから7日目の朝がやってきた。

クエスト開始時点で結んだ最低限度の雇用契約は本日で終了だ。

期間延長を打診しなければ【整備士(メカニック)】ギルドですぐにクエストクリアの判を押してもらえるだろう。

 

バナージはまだここに残るか次の仕事を探してみるか決めあぐねていたが、ひとまず最後の勤めを果たしてから考えることにした。

 

開始四日目でバナージは〈マジンギア〉の動作確認用に【操縦士(ドライバー)】を取得している。

オーバーホールしてから試運転の一つもなしに顧客へ返すのは整備屋として落第もいいところだろう。

 

そこからは使い捨てのジョブクリスタルで適宜【整備士(メカニック)】と【操縦士(ドライバー)】をスイッチしつつ、双方の偏りを埋めるように経験を積んだ。

その甲斐あってか【操縦士(ドライバー)】を途中で始めたにも関わらず、どちらも同じレベルで最終日を迎えられた。

携わっていた時間こそ長いもののジョブ一つを集中して鍛えたわけではないためカンストはまだまだ先のお話だ。

 

「いやー、本日で長かった刑期も満了だねバナージさん」

「馬鹿言わないでくださいよ縁起でもない。俺は指名手配なんてされてません。冗談ばかり言って、本当にお尋ね者になっても知りませんからね?」

「あー、うーん……」

 

ジェーンは快活な性格に似合わない不自然な間を挟んで「それはちょっと、嫌だなぁ」と呟いた。

怪訝に思ったバナージが尋ねるが「何でもないんだ」と追求は拒絶される。彼も根掘り聞きたいわけでもなく「すみません」と口を閉じた。

 

「いや、なんかごめんね!じゃ、今日もお仕事頑張っていこうか!」

 

声を張ってジェーンは仕切り直した。陰鬱な雰囲気から仕事に取り掛かりたくないのだろう。

バナージは彼女の後を追って今日の〈マジンギア〉整備に精を出したのだった。

 

「そういえばバナージさん。まだコレなのね」

 

珍しく会話の少なかった午前が過ぎ去り昼休憩になった。

二人は付近の売店で購入したホットドッグを頬張りながら最近動きが活発になったグゥの食事を眺めていた。

コレとはバナージの左手に宿る〈エンブリオ〉のことである。

 

「確かに、俺の〈エンブリオ〉は他のマスターと比べて遅咲きみたいです」

 

ずっと仕事にかかりきりだったから思いを馳せる暇もなかったのだろうか。

彼の〈エンブリオ〉はゲーム内時間で一週間が経過した今でも第0形態のまま、孵化の兆しすら見せなかった。

 

「そういえば寝る前に光ってたような、いや夢だったような……」

「もうすぐって主張してるみたいだね、それ」

「そうだといいんですけど」

 

チェシャ猫はバナージに〈エンブリオ〉の孵化にはある程度の精神活動──ロマンのある言い方をするなら「これだけは譲れない」的な強い思いが必要になると語った。

ちなみに普通のプレイヤーがチュートリアルで管理AIから〈エンブリオ〉の孵化条件について教えられることはない。「いいもの(脳内)見せて貰ったお礼だよー」とは管理AI13号の談である。

 

バナージには譲れない、絶対に譲れないと誓える思い(願い)はもちろんある。

しかし現状は第0形態のまま、僅かな反応だけを示して音沙汰のないままだ。

 

(それだけじゃ、ユニコーンだけじゃ孵化には足りないって言うのか?)

 

〈エンブリオ〉は答えない。身動ぎ一つしない。

しかし、バナージは不思議と嵐の前の静けさに似た感覚を掴んでいた。

その沈黙はあたかも己と主が殻を破る瞬間を心待ちにしているようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□目覚め

 

しんと静まり返った夜半、フィックの整備店ガレージから光が漏れ出している。そこでオーナーのフィックが夜を徹して〈マジンギア〉──【マーシャル】の最後の仕上げを行っていた。

 

午後十二時。バナージもジェーンも既に業務を終えて就寝している。

バナージの最低勤務期間は終了したが、オーナーのフィック・シュミットは彼が泊まることを許した。

 

フィックの眼から見ても久しぶりに腕の良い新人だった。

彼はティアンではなくマスターだ。ティアンと比べれば素養はあるのかもしれないが、それを加味しても磨けば輝く宝石になれるだろう。そんな予感じみた確信があった。

 

「グゥ、研磨手伝ってくれ」

 

フィックはグゥに声をかけるが一向にやってこない。常日頃であればその便利なスライムは四、五秒で駆けつけてくるはずだった。

面倒だなと不満をこぼして重い腰を上げ、彼はグゥの定位置に足を運ぶ。

 

「グゥ?おい、グゥ?」

 

〈マジンギア〉の廃材や工業薬品、今朝出した不燃物と可燃物がグゥの住処となった場所に転がっている。基本この時間帯には全て消えているはずの廃棄物だった。

もうすっかり鼻が忘れていた諸々が渾然一体となった刺激臭に顔を顰め、フィックは深淵のように暗い夜闇の中へ懐中電灯を向ける。

 

『-・ ・・ ---』

 

それは、鈍色を中心に濁りきった表層を晒している。皇都の空と工業化の陰、肥え太った科学の末路を表すような色彩だ。

不気味に脈打ち敷地を隔てる外壁を溶かす様はさながらスライムのようだが、スライムにしては動きに規則性があり、何より言葉を発している。金属を擦り合わせて発声されるそれを、フィックは意味のあるものとして認識することはできなかったが。

 

フィックは【星蝕機蝗 ドゥームズグレイ】と規定されたそれが『グゥ』の成れ果てであることを即座に理解し、そして──

 

「バナージ!ジェーン!今すぐ逃げろッ!!」

 

彼らが逃走するだろう最短経路──正面玄関から逆方向へ走り出す。

オーナーは命を賭して二人を救う選択をした。

 

 

 

 

バナージ、ジェーンは響き渡ったオーナーの怒声にせっつかれるように飛び起きる。

背を燃やす焦燥感に急かされ寝間着のまま廊下に飛び出した二人は揃って自分たちの頭をぶつけ合う。

 

「いっ、痛ぅ……」

「っとと、大丈夫──じゃない!ジェーンさん、オーナーはどうしたんです!?」

「私も分かんないけど逃げろって行ってたから逃げるよ!」

 

痛覚があるにも関わらずバナージのふらつきよりも早く持ち直したジェーンはそろそろ初心者を卒業できる手を握って走り出した。

 

(【左肩脱臼】……なんだ?HPバーも一割くらい削れて ──)

 

掴まれた左腕に力が入らないと思って開いたメニューの簡易ステータスには【左肩脱臼】と表示されていた。

ついでとばかりにHPバーも十分の一がお釈迦になっていた。

 

明らかに正面衝突してからの一連の流れで傷ついたものだろうがそれを問いただす暇もなくバナージは先輩に腕を引かれて出入口へとひた走る。

 

逃避行の途中、ガレージが端に見える窓ガラスの前で思わず二人は立ち止まった。

 

「この前修理終わった〈マジンギア〉だ……」

「ドゥームズ、グレイ……?」

 

ガレージから離れた試運転用の敷地で泥と黒が塗りたくられた極彩色のモンスターと整備を終えたばかりだった【マーシャル】が鎬を削っていた。

 

呆気にとられるバナージとジェーン。

先に現実へ引き戻されたのはやはりジェーンだった。

 

「逃げようバナージさん。アレは無理だ」

「逃げようたって──」

 

姿が見えずとも分かる。装甲が溶けつつある【マーシャル】を駆り、〈UBM〉と激しく戦っているのはここのオーナー、フィック・シュミットであると。

 

「勝てるんですか、フィックさんは」

「オーナーは【高位整備士(ハイ・メカニック)】で【高位操縦士(ハイ・ドライバー)】だけど……」

 

──〈UBM〉には勝てないだろう。

ジェーンの声は言外にそう語っていた。

 

「…………離してください、ジェーンさん」

「馬鹿な真似はやめて」

 

彼が何をしようとしているか、俯いた頭を見れば手に取るように分かる。

その蛮勇を、無謀な決意を、彼女は許さない。

 

「バナージさん、オーナーは私と貴方を逃がすために殿を買って出たの。何もできない貴方が助太刀しても絶対にいい顔はしない。犠牲者が一人増えるだけ」

「──でも」

「もう待てないよ。オーナーの思い、無駄にしないで」

 

バナージが自分の言葉に否定を重ねる前に外へ連れ出そうとジェーンはその手を引こうとして──止まった、止まらざるを得なかった。

 

「──それでも」

 

いつの間にかジェーンに向いた彼の目からは一筋、二筋と熱い涙が零れていた。

荒い呼吸のまま、バナージは吐き出すように言った。

 

「俺は貴方やフィックさんと長く過ごしたわけじゃない」

 

そう、たったの七日間だ。バナージが彼らと紡いだ思い出はただそれだけ。

されどその短くも濃い経験の中で、彼にとっては愛おしく、失いたくないものになった。

 

「でもこんなの……こんなのってないですよ。誰も、こんなところで突然わけもわからず死んでいいはずないんだ!」

 

()()()()()()()()()を名乗る者として、彼がこんな惨状を容認できるはずもなかった。

力の抜けた手をすり抜け、バナージは死地へと引き返す。

先達の腕は宙に泳いだまま、背を追っていた者の手を掴むことはなかった。

 

 

 

 

息も絶え絶えにガレージへ転がり込んだバナージの眼に最終工程を残した【マーシャル】が映る。戦いの直前までフィックが手をつけていたものだった。

操縦者を待つように鎮座する白い機械式甲冑。バナージは一切の躊躇なくそれを装着した。

 

視界の狭い甲冑の中でバナージは呼びかける。未だ左手に眠る己の半身へ。

 

目を覚ませ、もう十分時間は経っただろうと。

俺たちの殻を破る時、それは今この瞬間をおいて他にないんだと。

 

ユニコーン!俺に力を貸せ!」

 

彼は理解していた。

自分から生じる〈エンブリオ〉、その下地となる伝説は、必ずそれになるはずと。

 

そうして、マスターの左手に紋章が刻まれた。

不死鳥と黒獅子、それに()()()が三巴を象ったエンブレム。

 

 

──ボクが必要、みたいだね──

 

 

蒼き可能性は結実し、白馬を彷彿とさせる少女が現れる。

白く長い髪の奥、黒と金のインナーカラーが揺らめく。

角張った赤の紋様が目立つ純白のワンピースを翻し、洗練された動作で主に一礼した。

 

 

おお これは(うつつ)に在らざる獣。

人々は知らず、ただ異邦の同胞だけが──その姿、その理念、その願いを、それが成し得た奇跡を愛していたのだ。

 

たしかに存在はしなかった。しかし同胞は命絶たれてもなおをこれを愛し、それに焦がれた。

彼はいつも余白を残した。心に描かれた空間で獣は軽やかに駆け、しかしいつかの残光でしかなかった。

 

彼にそれを養うすべはなく、いつもただ存在の可能性だけを願っていた。

そして今、その願いがこの獣へ大いに力を与えた。

 

彼女には一本の角がある。

装身具(カチューシャ)に誂られた、ひとふりの角が。

 

彼女()はひとりの青年に寄り添った──

そして〈無限の可能性(Infinite Dendrogram)〉のなかに、願い焦がれた青年(マスター)のうちに、まことの存在を得たのだ。

 

 

「ユニコーン、<エンブリオ>のユニコーン。TYPEはメイデンwithアームズ」

 

 

煌めく翡翠の瞳が静かにバナージを見据えた。

 

「マスター、指示を。貴方の希望は、ボクが紡ごう」

 




くぅ疲。
もう終わってもいいかな……(燃え尽き)


【因果一角 ‌ユニコーン】
〈マスター〉︰バナージ・リンクス
TYPE︰メイデン with アームズ
到達形態︰Ⅰ
紋章︰三巴を象る不死鳥、黒獅子、一角獣
能力特性︰『六』感強化/接続
モチーフ︰作者不詳の六連作タペストリー『貴婦人と一角獣』

余談①:
能力特性が感覚を強化・接続するものになったのはバナージにニュータイプへの憧れがあったのももちろんですが、『世界』が違う異邦人として、無意識に誰かと分かり合いたい・繋がりたいという願いがあったから、かもしれません。

余談②:
カチューシャの角はモンハンのキリン装備みたいなイメージ。
髪色とワンピースはユニコーンの白、インナーカラーの黒と金はバンシィとフェネクス。
服のガラはサイコフレームレッドですが、最終的には結晶になっているかもしれません。

余談③:
名前候補は【心象伝播 ‌アラヤシキ】、【思念集積⠀ユング】、【人機一体⠀アニマ・アニムス】。
アラヤシキとユニコーンで直前まで迷っていましたが、どうしても悪魔がチラついてしまうので前者は取り止め。
鉄血機体モチーフはゲーティアとかゴエティアとかの方がらしくなるような、ならないような。
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