幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
深い闇の中。
ただ一本のロウソクの火が、洞窟の岩壁を照らし出していた。
暗く、寒く、他に特筆すべきものも何もない。
そこは、まるで牢獄のようであった。
だが、そこは決して牢獄などではなかったのだ。
そこはかつて、数多の闘士たちが栄光を求めてしのぎを削りあった闘技場であり、華やかな美姫たちが舞う舞台でもあった。
そしてそこは、日の下に出ることが出来ない者たちが、共にローカルな階級社会(ヒエラルキー)の頂点を目指すことによって、互いに切磋琢磨し、絆を深め合う裏の共同体(コミュニティ)でもあったのだ。
そう、ここはアイドル迷宮。
陰謀渦巻く第五階層に出来た、新たなる観光名所である。
「うう…うう…」
そんな迷宮の奥地で、うごめく影があった。
彼女の名は、ラリスキャニア。
色々と込み入った事情によって、アイドル迷宮から出られなくなった地下アイドルの一人である。
「どうすれば…どうすれば良い…」
彼女は、追い詰められていた。
転生によって記憶を喪失したとは言え、彼女は立派な指名手配犯である。
現在のところ、追手はかかっていないが、その名前と姿は文字通り全世界に(地獄にまで!)放送されている。
実質的に彼女には、この迷宮以外に居場所は無かった。
あるいは、異世界であれば”転生したことで犯罪歴がロンダリングされる”などという夢のような仕組みがあるのかもしれないが、ここは幻想の世界ゼオーティアである
転生者および自称転生者は溢れかえっており、それを利用して高い地位に就いたり、今の人生での人間関係や生き方を決めるものも少なくない
そんな世界において”過去に重犯罪を犯した”というラリスキャニアの経歴は、ひたすらに不利であった。
人びとの記憶という”生き証人”に罪悪が保証されている以上、履歴書の空白よりタチが悪いと言える。
しかも、彼女の"不運"はそれだけではなかったのだ。
転生したラリスキャニアは、地下アイドルとしてこの迷宮で活躍し、その勢力は上位に食い込むほどであった。
その勢いは、あのアキラ姫こと【シナモリアキラ】に宿敵とみなされるほどであり、もう少しでアキラ姫を倒し、迷宮の頂点に君臨するのは間違いない…とラリスキャニア本人はそう思っていた。
だが、それは今となっては”そんな時代もありました”で片付けられてしまうような、地底に消えた淡い夢でしかなかった。
地下アイドル迷宮は、唐突に巨大な変動に襲われたのだ。
逆襲に次ぐ逆襲、突如として現れた新星アイドルによる無双、姉妹の対立と団結するアイドルグループ、ついでに怪獣襲撃。
圧倒的なまでに派手な急展開、豪華絢爛な役者たちが繰り広げた、めくるめく神話劇。
そうした派手な展開の中では、ラリスキャニアとアキラ姫との宿敵関係など、いつの間にか忘れ去られてしまって仕方ない些事に過ぎなかったのだ。
栄光に手が届くかと思われた日々も、今は昔。
綺羅、星のごとく次々と現れた有力アイドルたちの人気に追いやられたラリスキャニアは、いまや、ランキング下位に甘んじていた。
上位との実力差は大きく、知名度と人気の差は更に大きい。
だが、そんな中、ただ一人逆襲を諦めない者が存在したのだ。
言うまでもなく、ラリスキャニア当人である。
激しい嫉妬と憤怒から、マイルームに敷き詰めた丸太の上をごろごろしていた彼女は、苦いレバーを舐めながら逆襲の手立てを考え出そうとしていた。
「うー、うー…」
ただの唸り声に聞こえるこの叫びも、あえて己を苦境に追い込むことで逆境の活力を得ようという、特訓の一つのあらわれである。
だが、ここまで追い詰められたラリスキャニアに、一体どんな逆襲の余地が残されているというのだろうか?
それは技術か?
――――否。
ラリスキャニアは、確かにこの群雄割拠するアイドル迷宮でも、比較的芸達者な方である。
歌やダンスからトークやスタイリング、セルフプロデュース能力に至るまで、アイドル活動に関して彼女の苦手とするものは無い。
総合的な能力の平均値で言えば、あるいは迷宮一位を狙えるかもしれない。
そして、その能力と技術は、常にあらゆる者、あらゆる芸を参照し、磨き上げ続けている。
けれど、それではダメだ。まだ足りないのだ。
先日も、ラリスキャニアは、異世界である【猫の国】から”カブキスタイル”と”タカラヅカスタイル”という異性装文化を、自分のショウに取り入れて戦った。
それは、異性装や異世界参照を得意とする上位アイドルたちの模倣でありながら、より深い参照と独自のアレンジにより、彼女たちを上回らんとする試みであった。
その試みは功を奏した…途中までは。
ラリスキャニアは、得意の疑似餌化触手分身と二つのスタイルを併用。
さらに、多数の触手で分身たちをデコレーションすることによって、異性装の美男美女が触手と戯れる闇の森を作り出した。
そこは、鬱蒼と茂る北方の暗き森のようでありながら、同時に、南国の密林のごとき陰の生命力に溢れていた。
男性分身たちは、女性のように細くしなやかな体つきで華麗なキモノドレスを着こなし、そのふるまいは、動揺し逃げ惑う姿さえ、女性以上に女性らしかった。
対して、女性分身たちは”男性”たちより明らかに小柄でありながら、その動作や軍服の着こなし方は、やはり、男性以上の男性性を感じさせた。
さらに、彼ら彼女らに絡みつく触手の群れは、植物の静謐な存在感を持ちながらも、野獣のような活力と獰猛さに満ち溢れ、絡んだ男女の異なる魅力をより高め、より引き出していたのだ。
ふんだんに振りまかれた異界ミームと異性装の二段重ねが演出する、二種二重の”聖なる結婚”
それは同時に森と男女、植物と人間のコラボレーションであり、異質な存在同士をその異質さを活かしながら調和させた”生きた彫像群”でもあった。
これこそ、あちらこちらから材料を拝借してきたラリスキャニアの技術(アート)の結晶であり、彼女が至った一つの頂であった。
そしてその頂は、確かに一瞬だけでも、あの女装王子をひるませることが出来たのだ。
いかに多芸、いかに芸達者であろうとも、王子はしょせん一人のパフォーマーに過ぎない。
ラリスキャニアは、勝負を一対一の決闘から、一対多数、群舞(コール・ド・バレエ)VS独舞(ソロプレイ)に急に切り替えてみせたのだ。
いかな天才といえど、そんな急展開に確実に対応出来るわけがないし、事前にヤマを張って全力で罠を仕掛けてきた相手に対抗できるわけがない。
ラリスキャニアはそう思っていたし、事実、事態は彼女のそうした予想通りに進む姿を見せたのだ。
……その次の瞬間までは。
勝負が決まりかけたその瞬間、舞台に設置されたスクリーンに念写映像のメッセージが流れ始めたのだ。
それは”ライバルからの激励”という形を取った王子への声援だった。
あの不器用そうな王子に、こんな仕込みが出来るわけがない。
十中十四の確率で、これはあの赤毛ロボット魔女の仕業であろう。
それなら、このスムーズかつ機を得た工作の成立にも納得がいく。
あの魔女は、なんだかんだでこの階層の支配者であるし、その使い魔はある意味このアイドル迷宮そのものでもある。
あの悪辣ロボットは、スマルト関連でのこちらの工作を執念深く根に持っていたのだ。
メッセージはそれなりに長かったが、急ごしらえのためか、その内容はどれもシンプルだった。
それぞれ個性的な励ましを伝える空組の三人、あまり関わりがないがその技術を認める他のアイドルたちからの応援、そこまではまあ良かったのだ。
問題なのは、一人だけやけに力が入った演出で映像が加工されていた『動物想』(ファウナ)の激励と、最後の念写映像だった。
『動物想』からの激励を受けた瞬間、王子の動きは明らかに精彩を取り戻し、その見えざる眼すら輝いて見えた。
だが、最終的に王子の反撃を確たるものとしたのは、その次、最後のメッセージにあった。
シナモリアキラが経済的効果とか、わたしにーさまがどうのと戯言を述べたその直後、”彼”の左手に美しい唇が現れたのだ。
だが、そのスクリーンの中でその唇が口を開くことはなかった。
なぜなら…その瞬間、スクリーンは突如とした現れた乱入者にド真ん中からブチ破られたからだ。
舞台の裏側から、ドロップキックで、ただの一撃での破壊であった。
もちろん、それほどの破壊を成し遂げた者が、ただの凡人やチンピラなわけがない。
画面に降り立ち、ブチ破られたスクリーンの前で優雅にカーテシーを決める球体人形の少女人形。
メイド服がよく似合う砂茶色(オーカー)のアイドルこそ、このぶちこわしの明らかな犯人であった。
そこからは、もう崩落への直滑降であった。
メイド少女の登場により、それまでラリスキャニアが丹念に作り上げてきた舞台のムードは台無しになってしまったのだ。
「どうしてこんなことをした!理由を言え!」
「理由なんか無いわ。たまたまマザコンがママの映像を見ながら一人でリビドーしてたから、ちょっと蹴り飛ばしてやりたくなっただけよ」
「なんだと!」
「なによ」
その後はもう、完全に二人だけの舞台であった。
性的に奔放な王を女性として解釈することで、ミヒトネッセが女性だけを貶める性道徳を笑い者にすれば、対するクレイは、王の側近を保守的だが心優しい父親として解釈して、舞台を害のない喜劇へと切り替えていった。
メガネの貴公子が、男装して男社会に参入するも無残に敗北してその醜さを蔑む美女とされれば、その隣には”彼”から自由の意味を教わって民衆を立ち上がらせる奴隷少女が現れ、性別にこだわる社会との齟齬に苦しむ影の王には、そうした概念に囚われず王を遊びに引き入れる一人の女の子がいた。
そうした激しい舞台の解釈と再解釈が続くなか、ラリスキャニアが、何日も研究して混ぜ合わせた”海の香り”の香水は吹き散らされ、ざわめく触手たちが作り上げるリラックスBGMもかき消されてしまった。
そうして、いつの間にか舞台の変動についていけなくなった彼女は、舞台の端へ、脇役へと追いやられてしまったのだ。