幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
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ーー少し前の時点、『夢』世界にて。
そこでは,、風が吹き始めていた。
五回転、六回転、七回転!
それは、巨人と小人の戦い。
いやいっそ、象と蟻(アリ)の戦いと言っても良さそうなほど、圧倒的な体格差の戦闘(バトル)だった。
そう、夢のラリスキャニアは、巨人の周囲をぐるぐると回り、ひたすらに攻撃を回避しながら己の演技(アピール)を叩き込んでいたのだ。
それは、現実と夢で分たれた二人の地下アイドルの、卒業と自由のための決闘(ダンス)
だが一見したところ、それはとても陽気な舞踏のよう。
まるで、浮かれながら手足を動かす酔っぱらい。
手足を闇雲に動かし、鼠(ネズミ)か羽虫のように(相対的に)小さな存在を追うその姿は、どう見ても滑稽(こっけい)な踊りを踊っているようにしか、見えなかったのだ。
もちろん、それは本来あっさりと終わるはずの場面だった。
なにしろ、見ての通り両者の力量には大きな…莫大(ばくだい)なまでの格差が存在する。
巨人が小人を叩き潰し、害虫を排除するだけのことに、一体どれだけの労力が必要だと言うのか。
けれど、それでも地下アイドルは、ただの小人や害虫には無いものを、数多く所有していた。
たとえばそれは、『業/技』(ワザ)
彼女の奇々怪界な動きは、容易には捉え難(がた)かった。
その、独楽(コマ)のような目まぐるしい動きは、捉(とら)えどころがまるでなかったのだ。
更に、跳ねる、滑る溶ける、瞬間的に足場を作って二段ジャンプすると…その振る舞い(アクション)は、どうにも事前の予測がつけづらい。
それは『夜の民』ならではの、『杖』の理(ことわり)に喧嘩(ケンカ)を売った自由自在の大活躍!
たとえこの場に、伝説の『純正二次元人』がいたとこしても、おそらくこんな動きは出来ないだろう。
いや、と言うより"しようとも思わないだろう”と形容するのが正しいか。
なにしろ、このラリスキャニアの移動は、まさに無軌道そのものだ。
この世界にも、歩法や移動法はそれこそ星の数ほど存在するが、これはその、どれとも異なる異様な『業』。
もしこれが、単なる攻撃のための歩法であるなら、ラクルラールは、あっさりとそれを捉え、無効化していただろう。
なにしろこの女教師は『ラクルラール・ドールアーツスクール』なるアプリの開発者なのだ。
当のアプリは、既にサイバーカラテ道場に統合されて消滅済みだが、それはそれとして、その知識と技術力は疑いようがない。
だが違う。
ラリスキャニアは、一般的な意味での攻撃など、考えてもいない。
だから、相手の攻撃を誘う隙(すき)には全く乗ってこないし、必殺の一撃に見える動きも、単なる偽装(フェイク)か、あるいは全く別の振る舞い(アクション)のための一過程でしかなかった。
そしてその動きは同じく、単なる逃亡のためでも『美しい』演技を飾るためでも無かった。
それゆえ、ラクルラールが行う、最適効率の挙動を前提にした予測はことごとく外れ。
更には、それらを擬装と仮定した罠すら、残らずすり抜けられた。
それは、おそらく前提の更に前提、大前提たる仮定の違い。
いや、言わば根本的な間違いだった。
まず、ラクルラールは悪意と優越(マウント)を万人に共通する心理として、予想(シミュレート)を行っているが、これは全くの的はずれだった。
今、地下アイドルは、楽しみながら『演技』を現在進行形で模索し続けている。
そんな相手を、悪意の蜘蛛の巣で絡め取れるわけがない。
更に加えて、根本的な『対象』の違いがあった。
なに、それは実に簡単なこと。
ラクルラールは、一般的な演技の方法論(メソッド)として、『一般大衆』を対象とした技術を、相手が用いていると思い込んでいるがーー
ーー実のところ、ラリスキャニアの主な『対象』は世界にただ一人しかいない、独特(ユニーク)な人物である、ということだ。
つまりそれは、彼女の師匠、ラクルラール本人である。
女教師は、自分自身のために演じられた演技を、言わば、彼女のために発された思いやりと気遣いに気づがなかったのだ。
彼女は悪意の専門家、誰よりも優れた悪意心理の収集家。
だからこそ、気づけない。
その予想は、認識はことごとくすれ違う。
それは、悲劇的な喜劇だった。