幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
「どうして、こんなに…避けやすいんだろう?」
それもまた、あっさりと回避される。
「何故(なぜ)だ!
何故こうも外(ハズ)れる!
お前如(ごと)きが、何故…!」
その理由こそ、最後の理由。
二つで一つの『欠落』にあった。
その一つは、まさにこの言動に現れている。
いくら『横綱相撲』が重要とはいえ、ここまで怒り狂った姿を露(あら)わにするのは、あまりに印象管理(ブランド・スタイル・コントロール)が出来ていない。
女教師は、完全に自己を見失って…つまり、感情に流されている。
今の彼女には、サイバーカラテの根幹要素である『感情制御』が効いていないのだ。
しかも、それに加え、
「それに他の分身はどこへ行った!
さっき攻撃の瞬間後ろからこちらの膝を押して体勢を崩したのは分かっているのだぞ…!」
その業(ワザ)には、どうしようもなく隙が多過ぎた。
もし、これが“本来のサイバーカラテ”なら、そんなことは有り得なかったろう。
固定的な業など存在せず、常に更新と研鑽(けんさん)を繰り返すことこそ、サイバーカラテの真骨頂である。
その体系において、同じ弱点や限界がそのまま放置されることはない。
確かに、現在、ラクルラールが振るっているのも、間違いなくサイバーカラテの型ではある。
だがそれは、彼女が間違った運用をすることで、明らかに破綻(はたん)していた。
女教師が、『横綱相撲』にこだわり、感情に踊らされているため、まともに機能していなかったのだ。
…それでもあるいは、全力の…本来の彼女であれば、問題は無かったのかもしれない。
ラクルラールは、人形師。
戦いを心を持った人形に任せ、自分の『名声』と戦闘を可能なかぎり切り離していれば、前述の『欠落』は、ほぼ解決することが出来たはずだ。
だが、彼女自身が戦場に出てきてしまった以上、それはもはや、不可能な選択肢でしかない。
そう、ラクルラールには『欠けて』いた。
二つのもの、すなわち自分の戦いと『名声』を代行してくれる誰かと、自分の感情を制御してくれる何かが…彼女には、どうしようもなく『不足』していたのだ。
冬の魔女がいなければ、冷静さを保つことは出来ず、代理で選択を実行するシナモリアキラがいなければ、合理的な戦法を取ることも出来ない。
一言で言うと、巨人の動きは『心・技・体』のうち前の二つが欠けた“不完全なサイバーカラテ”だったのだ。
そのため、その動きは奇怪なまでに対処しやすい定型(パターン)でしかなかった。
この不出来さ、まさか、人形師だけに、いつの間にか即席の粗雑な人形と入れ替わっているのか…?
と、あまりの敵の不可解さに、地下アイドルは辺(あた)りを警戒してもみたが…一向に、そうした気配も無い。
これは一体、どうしたことか。
ラリスキャニアの脳裏に“こうなったら後はもう作業ですねー”と、ゲーム実況動画で語っていた冬の魔女の声がよぎる。
いや、これはボクが師匠との『技能』を競い合う決戦だと言うのに、そんな馬鹿な。
ともかく、戦いは…いや、もはや一方的な演舞へと移り変わりつつある攻防は、佳境へと至ろうとしていた。
最適効率として他者の存在(まなざし)を運用出来る者と、そうでない者。
その両者の動きの差は、もはや純然たる『格差』となっていたのだ。
しかも、そこへ更にダメ押しで、その差を更に広げる要因も加わり始めている。
ラリスキャニアには、最後の『欠落』の真逆、ラクルラールには決して持たないものがあるのだ。
それこそ観客、正確には信奉者(ファン)の存在である。
これまでラクルラールについて、多くの敗因を述べてきた。
だが、いくらこれだけの敗北要因が揃(そろ)ったところで、ことは実戦である。
巨人相手の戦いで、地下アイドルが不覚を取ることは十分に考えられた。
けれど何故か、今はそうなってはいない。
その理由こそが、互いの信奉者の差なのである。
例(たと)えば、まさにこの瞬間、巨人の無理矢理な攻撃がラリスキャニアに迫ったとして……
「そこだ!」
その時、地下アイドルの周囲に無数の動画窓が開く!
そしてその窓からは、
「「「オーオォォ!ウオォォ!」」」
「くっ、また外れた!
なんだこの騒音は!」
こんなふうに、攻撃のたびに動画窓から奇妙な声が放たれ、女教師の邪魔をするのだ。
これは、単なる妨害ではない。
それは強化支援(バフ)も兼ねていた。
観客からの声援が、瞬時に地下アイドルの攻撃リズムと性質を変化させているのだ。
そのため、今や精密さに欠ける女教師の攻撃は、あっさりと外れてしまう。
しかも、これらの声援には、『応答性』があった。
動画窓から放たれる子豚(ファン)たちの声が響くたび、ラリスキャニアの動きが変化しているのだ。
それは、単なる強化だけではない。
リズミカルに放たれる雄叫びが、地下アイドルの動きを調律する基底音となり、また彼女の演技(アピール)に対する観客の反応が、漏(も)れ出す賞賛の声となって、その動きに微妙な変化をつけているのだ。