幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
ラリスキャニアは、それでも必死に言い返した。
「違います!そんなことありません!」
けれど、その発言は、いかにも苦し紛(まぎ)れに聞こえた。
だが、退くわけにはいかない。
ここでラリスキャニアが退いたら、彼女を今も支えているファンたちの献身が、それこそただの使い捨ての消費財に、貶(おとし)められてしまうのだから……
そうして、地下アイドルは踊りながらも、なんとか舌戦を繰り広げていた。
それでも、ラクルラール巨人からの回避が安定してきたこともあり、なんとか凌(しの)ぎきれる…はずだと、当人はそのように思っていたことであろう。
だが、そうは問屋(とんや)が卸(おろ)さない。
「こ、これは…!」
「気付いたか。
そうだ。
貴様には、もったいない処刑台(ステージ)をくれてやろう」
そう、ラリスキャニアは、その時ようやく気付いたのだ。
巨大な拳を掻(か)い潜(くぐ)る最中も、視界の端をよぎる、拭(ぬぐ)えない違和感。
ふと見上げれば、空が、ひび割れていた。
天井の破壊!?
まさか、崩落罠か!?
ここは夢世界なのに!?
いや、違う。
間隙(かんげき)なく襲いくる魔手を逃れながらも、深呼吸して観察すれば、しっかりと分かった。
これは、芸術だ。
全天を覆うは、数多(あまた)の模様。
菱形(ひしがた)、放射線、平行四辺形。
空を走るは、無数の線。
幾何学模様の連なりは、様々な形を描き出し、それはときに、錯視によって、色さえも幻として浮き上がらせている。
その表現、まさに千変万化。
描かれた”糸の絵"は、花や山岳などの自然から、ここにて戦う二人を戯画化(カリカチュア)した漫画まで実に多種多様。
その“業”(ワザ)は、遂(つい)には、四つの月を完全に再演し、四方に飾りたてるまでに至っていた。
そう、それは“業”(ワザ)
人域ならぬ魔域の技量。
神業ならぬ、魔業(マギ)なれば、いかなることも思いのまま。
ステンドグラス、インテリア、絵画、壁画、念写写真、彫刻、現代アート。
絨毯(じゅうたん)、照明、タペストリー。
どれにも似ていて、どれとも違う。
誓って初見の業なれど、この作風(タッチ)なら、一目瞭然(いちもくりょうぜん)
すなわちこれぞ、現在相対している敵手、女教師ラクルラールの仕掛けに他ならない。
この演目の“興業主”は、否応なく気付かされた。
縦横無尽(じゅうおうむじん)に逃げ切ってきたはずが、とんだ隘路(デッドエンド)に追い込まれていたことに。
つまるところ…ラリスキャニアは、とっくのとうに、閉じ込められていた。
青い糸が、天地を覆う。
それは、たった一匹の虫を捕らえるために用意された、巨大なる虫籠。
其(そ)が描き出すは、全世界。
その網籠(あみかご)は、究極の結界であり封印だった。
そもそも、糸紡ぎは、古来より女性と関連づけられる高度な専門技術である。
糸は、古代における最先端の工業製品であり、それを製作する“業”は、真の専門家(プロフェッショナル)だけに許されたもの。
それは、母から子へ、祖母から孫へと代々受け継がれてきた。
もちろん、そうしたときに教えられるのは、それだけに留(とど)まらない。
糸紡ぎのときに歌う『紡ぎ歌』、それに込められた教訓、文化、伝統、昔話や神話、そして神秘。
そう、呪術は女たちの間で、糸紡ぎと共に伝えられてきたのである。
ゆえに、糸と編み物は、古来より伝わる呪いなのだ。
世界で最も糸の呪術に長けた半神が、それを自在に操ることに、何の不思議があろうか。
古代より生き続ける不死の魔女、キュトスの姉妹の中で、最も神に近い九柱。
これが、その『守護の九姉』たる確かな所以(ゆえん)であった。
籠(カゴ)の中、ラクルラールは、巨人の肩の上で糸を繰(く)る。
手の中で橋のように渡されたその青い線は、果たしていかなる異界の業か。
天知れ地知れ人よ知れ、至高の魔女はこれにあり。
その掌中(しょうちゅう)で千変万化し、多様に、そして瞬(またた)く間に形を変えるその糸の群れはそのまま世界であり、『社会の厳しさ』を弟子に叩き込む彼女ならではの『愛の鞭』
体罰否定論など、なんのその。
女教師は、巨大な編を次々と変形させて、地下アイドルめがけて攻撃を繰り出していく。
そこから繰り出されるのは、嵐のように激しく、傘をくぐる雨のように逃(のが)れがたい連撃だった。
もちろん、ラリスキャニアは、それでも避ける。
避けて、跳(と)んで、逃れ続ける。
けれど、そこへ追加の攻撃が加えられた。
殺傷力は皆無だが、ある意味致命的なまでに強力な一撃。
言ってみればそれは…ただの動画でしかなかったけれど。
要するに女教師は、一枚の動画窓を乗っ取り、彼女の生徒に叩きつけたのだ。