幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
彼らの立場(やくわり)もその欲望も、結局その全ては、より強大な神々によって定(さだ)められたものに過ぎない。
賭場(カジノ)の掛け金が結局は胴元の下(もと)に転がり込むように、あらゆる産業の収益が、最後には投資家を富ませるように。
彼らは、代理戦争の道具として、使い捨てられているだけに過ぎないのだ。
それは、女教師が即興で再演した“残酷な社会”の劇。
社会の厳しさと、そこで生き抜くための財力、そしてそれを独占している霊性複合体などの上流階級への参入のために、どれだけ自分(ラクルラール)の施(ほどこ)す教育が重要なのかを説くーー要するに、広告(CM)寸劇である。
なぜか執拗(しつよう)に、再生者やその指導者の邪悪さを強調しているその演出には、『地上』特有の価値観に加え、激しい憎悪(ヘイト)まで込められていた。
そこまでなら、よくある凡庸(ゼオータイル)さだ。
だが、その恐るべき点は、これが半神ラクルラールの『マジカル・アピール』である、ということ。
呪術的な影響力を持つ表現(げいじゅつ)である、ということだ。
その効果は、生半可(なまはんか)な『浄界』を軽く超える。
見るが良い、企業が放つ民間軍事会社(PMC)の【爆撃】は元より、再生者抵抗軍の【投石】さえも、残らずラリスキャニアを狙っている。
この世界観は、孤立したものに厳しすぎる。
全てを二元に分ける原始的(アナログ)な世界観の前では、どちらにも参入しないことは許されない。
当然、独立勢力として信奉者(ファン)を集め、独自の経済圏を作ろうとしている地下アイドルなど…目の上のたんこぶどころか、害虫同然の塵芥(がらくた)でしかないのだ。
今や、世界の全てが暴力と怒りに染まり、その真ん中に立つ“興行主”を圧殺せんと迫り来る――!
それでも、彼女は勇気を振り絞(しぼ)って、それに立ち向かわんとした。
地下アイドルは、叫ぶ。
「ボクは、負けません!
だって、貴女よりずっと強くて!ずっと美しいアイドルを…いや、アイドルたちを知っているから!」
そして彼女は、更なる業(ワザ)を繰(く)り出した。
「10回転!再演共演の絆!(スペシャル・コラボ・ストーム・アルティメット!)」
ラリスキャニアの姿が多重にぶれ、無数の分身へと分化する。
そしてなんと、驚くべきことか起こった。
それら全てが、個別の姿を取ったのだ。
どれもが異なる姿、異質な個性。
けれどその誰もが、等しく美しい輝きを放っている。
それは、星。
地下迷宮の夜空を照らす偶像銀河の星々の顕現(けんげん)
ラリスキャニアの分身たちは、残らず地下アイドル迷宮のアイドルたちに、変身していたのだ。
無数の影が、ラクルラールの前に立ちはだかる…!
※
まず、長い足を振り回す影が、一撃を叩き込む。
それを受け、巨人の頭が僅(わずか)に揺(ゆ)らぐ。
シナモリアキラ一の蹴り使いたる蠍尾(マラコーダ)
の蹴撃(キック)にさえ、見まごうほどの威力。
そして、影に匹敵するほど黒くありながら、黒玉(ジェット)のように輝くその肌。
その半身は白骨化し、その主が再生者であり、死女神(ルウテト)崇拝者である事実を、さりげなく示している。
あれこそは黒檀の民のアイドル、オルプネであろう。
エーラマーンの囁き(うわさ)によれば、彼女は、機械女王からの幹部への勧誘、すなわち黒檀(リビコッコ)になれる権利を断った、とされる。
真偽はともかく、その実力は噂に違(たが)わない。
彼女の体幹を使って刻まれる裏拍(アフタービート)の複雑なリズムが、『ノリ』――独特の伝統文化的呪力(ミーム)――となって、『エキゾチックエフェクト』にも匹敵するような、独特な魅力を発揮しているのである。
それは、偏見と紙一重な民族的(エスニック)な呪力であるが、それであるがゆえにまた強力であった。
最(もっと)も、彼女はあくまで一介のダンサーに過ぎない。
一見、格闘の達人に見えるその戦闘力にしたところで、それはあくまで舞踏の応用。
発揮するには、複雑かつ時間がかかる身振りと回転が必要なのだが…こうして、出会い頭(がしら)に相手の拍子(リズム)を崩すぶんには、問題は無い。
なぜなら、彼女の大振(おおぶ)りな攻撃で生まれた隙(すき)は…
四人組のバンドが放つ合奏の波動が、埋めるからだ。
夢の中で和解を試みるも、派手に破滅して話題を呼んだ音楽グループ、『Frozen/torch』
一夜限りの再結成である。
資金不足のため、不仲なままでの出演を余儀なくされた、というぐだぐだ過ぎる状態ではあったが、意外にもその演奏は魅力的だった。
なにしろ、今は全員がお互いのことを見ていない。
たとえどれだけ不仲だろうと、余計なことを意識せず、合奏を成立させることだけに集中すれば、それで良い。
こうしていれば、仲間割れによってセッションが台無しになることなど、あり得ない。
こうして彼らは、元々の潜在能力(ポテンシャル)だけを、最大限に活かすことが可能になるのである。