幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
宙を掻(か)く、もがくような、あの姿。
あれは、“演奏”なのだ。
女教師の、指の先。
よく目を凝こらせば、見えてくるはずだ。
天地を繋(つな)ぐ、無数の線。
空を切り裂いているような、たくさんの糸の存在が。
不可視の楽器は、最初からそこに用意されていたのだ。
糸、いや弦。
それは、巨大な琴(ハープ)であった。
鍵盤楽器であるピアノやチェンバロが、実はその内部に糸を必要とする『打弦楽器』であるように、糸/弦は、多様な音階を奏でられる楽器とも成り得る。
特に、ピアノはその鍵盤だけで、霊長類の平均的な可聴域の音階を残らず網羅していることで、知られている。
つまり、弦の楽器は基本的(ゼオータイル)な全ての楽曲を、再演可能なのだ。
それは、音楽呪術的には、万能の演奏呪具として解釈出来る。
そして、仮にも芸能を専門とし、『杖』(どうぐ)に熟達する者であるならば、『楽器』に関わっていないはずかない。
アイドル学園の元学園長が、弦楽器を扱えない道理がなかったのだ。
その演奏目的は、もちろんネットワークの破壊に違いない。
あの女教師は、糸(スレッド)と網(ネット)の専門家。
彼女にとって、関係性の網の目を効率良く破壊するなど、朝飯前と言うことなのだろう。
よって、攻撃の対象はラリスキャニアを含めた空間全てに及んでいた。
しかも、空間自体に、立体的(さんじげん)に作用する音の影響は、盾などでは防げない。
いかに地下アイドルネットワークが、複数部品(パーツ)による分散構造だと言っても、その全てに同時に干渉されては、なす術(すべ)がないのだ。
更に、被害はそれだけではなかった。
ラリスキャニアは、頭上を見上げて歯噛(はが)みする。
地下アイドルは、彼女の命綱、左右にそびえる円盤塔に、大きな損傷(そんしょう)を発見したのだ。
いかにファンたちの想いの表れ、アイドルの呪的権威の象徴と言えど、円盤それ自体は、ただの記録呪具である。
武器でも防具でも、神滅具でもない。
変形や衝撃には、格段に弱いのである。
ラクルラールの音波攻撃によって大ダメージを受けたのも、当然のことであった。
円盤には、次々とヒビが入り、今にも全てが砕けそうだ。
これではもう、上昇の支えとして用いることは、不可能であろう。
とは言え、ラリスキャニアにとって、現状にはメリットもある。
断線のおかげで、両手が自由になったのだ。
そしてだからこそ、出来ることもある。
そこで彼女は、まずわずかな通信だけを行ったあと、完全にネットワークを解体。
二重の翼による浮遊(ホバリング)へと、体勢(スタンス)を切り替えた。
現在、ダメージを最小限に抑えられているのも、こうした接続によって、肉体を擬似的に拡大させていたおかげではある。
だが、それは同時に、負荷を全員で共有しているということ。
いつまでもそうやって凌(しの)ぐわけにはいかない。
うずめの脱衣リアクティブアーマーといった、防御呪術でさえ、現状のような、全員に同時に被害が及ぶ状況では有効に機能しないからだ。
リカバリー対象があまりに多すぎて、重ね着するアイドルTシャツが、何枚あっても足りないのである。
ネットワークを維持したままであったら、遠からず全滅してしまったことだろう。
これ以上、被害を拡大させるわけにはいかないのだ。
そして彼女は、それらの行動と同時に、
「先生、これをどうぞ!」
懐(ふところ)から、物を投げた。
「命乞いなど今更受け付けんぞ!」
だが、そうは言いつつも、ラクルラールは目の前の投擲物(とうてきぶつ)を、じっくりと観察していた。
それは、彼女が長年に渡って賄賂や歳暮(つけとどけ)を貰ってきたがゆえの、悲しき習性であった。
なにしろ、その多寡(たか)は、社会的な権威を示す。
積み重なった贈り物(プレゼント)の質と量は、そのまま、贈られた者を測(はか)る物差し(バロメーター)となるのである。
自尊心の固まりのような女教師が、その存在を、無視出来るわけがなかったのだ。
もちろん、それでもラクルラールは、油断など一切していない。
だがそれでもこの場合、どうしても攻撃の手を緩(ゆる)めざるを得なかった。
音波による無差別攻撃にむらが発生し、女教師の周囲だけを守る“音の城壁”へと、姿を変える。
だからといって、彼我(ひが)の戦力差には全く変わりがない。
トントロポロロンズの保持呪力程度の変化も、ない。
だが、それでもそれは、どうしようもなく隙(すき)であった。
なにしろ、ラリスキャニアが投げた物体を、展開した障壁に着弾させてしまったのだから。
それは、たまたま身近にあったものを、とっさに利用しただけの、出たとこ任せ(ブリコラージュ)な戦術であった。
だが、これが効果絶大。