幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

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第158話 表裏一体、光闇の『浄界』その②(その2の24~25の途中まで)

けれど本来、こうした試みには大きな危険性がある。

内省というものは、下手をすると自閉へと落ち込んで『小鬼化』という最悪の事態にすら至ってしまうのだ。

 

だが、今回についてはその心配も必要なかった。

なにしろ、地下アイドルは一人では無いからだ。

この"練習舞台"は、未だに二種のネットを通じ、全世界に公開されている。

 

そう、“開かれて”いるのだ。

閉じていないのだから、『小鬼化』もしない。

そういった単純(シンプル)な理屈であった。

 

舞台上の独白や自己との対話劇なんて、現代芸能界隈(クラスタ)では、実にゼオータイルな(ありふれた)ものに過ぎない。

ネット時代のアイドルにとって、日記(ブログ)に書き綴られた“内面”と周知される定期配信の違いなんて、『上下』の差異ほどにもありはしないのである。

 

 

光は影だ。

 

地下アイドルは、以前、というより少し前、なんとかいう復活した『夜の民』の魔将が用いた『浄界』を、研究したことがある。

“彼”の情報はあまりに膨大(ぼうだい)かつ、曖昧模糊(あいまいもこ)としているが…葬送式典で使われた『浄界』についての記述だけは、かなりはっきりしている。

なにしろ、目撃者の記録がネットで公開されているのだ。

 

かの英雄によれば、その業(ワザ)においては、間接的に影を操ることで、光を扱うことを可能としていた、という。

『夜の民』には本来あり得ないとされた、光の行使。

 

その"彼"についての情報は、基本的に錯綜(さくそう)しすぎていて、まとまりを見出すことは難しいが…一つだけ明言できることはある。

それが、光と影の同一性。

いや、表裏一体性と言うべきだろうか。

 

その理論に基(もと)づいた『浄界』は、使用した術者当人(ラリスキャニア)に、特に印象深い変則二組(ツーペア)の生徒三人を、思い起こさせた。

“転校生”の二人、そしていつも喧嘩(けんか)していたあの二人。

 

組み合わせの違いで、異なる関係性や感情を露(あら)わにするあの三人は、非常に興味深い存在だった。

購買の店員が、アイドル情報交換で三人の隠し撮り念写写真や近況情報を高く評価していたこともあるが…三人は、何よりその在(あ)り方自体が、面白かったのだ。

 

一見真逆の印象を与える転校生組はもちろん、頂点の追随者(クルミ)と異邦人(てんこうせい)の賛美者(コズエ)も、どこか互いに似通っているようにも思えた。

 

どちらも自分以外に"一番"と定(さだ)めた相手があって、そしてそれと同時に、それぞれ推しとは別の何かも探している。

それは、極めて当たり前(ゼオータイル)なことではある。

だが、態度としてこうまではっきりと見て取れる場合(ケース)というのは、ひどく珍しかった。

 

彼女たちは、教えてくれた。

似た存在、競い合いで気になる相手(ライバル)に、どう向き合うかは、それこそ人それぞれだと。

寄(よ)り添(そ)うか、あるいはぶつかり合い憎み合うのか。

 

それは、選べない不自由(うんめい)であると同時に、選び取ってそれを生きることが出来る、自由(あい)であるのだと。

 

今こそ、その学びを活かすときだ。

 

ラクルラールに勝つには、今のままでは力が足りない。

成長が、必要なのだ。

 

ラリスキャニアは、もう一人の自分、理想や己が負の側面と向き合わなければならない。

そういったモノを持たない…いや今はそれに向き合えていない眼の前の『恩師』を、まさに反面教師にしなければならないのだ。

 

それは、とても難しいことだ。

 

誰もが認める女神の血族ですら、おざなりな完全解決(ぼうりょく)で、処理してしまいがちな問題。

影にして光なる自分(アナザー・ワン)との、和解と共生。

それは、『下』のような建前(リソウ)にすがりつくような、否定すべき『悪』を常に再生差するような、抑圧的な構造などでは、あってはならないだろう。

教条的な『道徳』は、闇(ボク)も光(カノジョ)も、そのどちらも見ないことに等しい。

それは、そのいずれをも愛さないことでしかない。

 

己自身と向き合うこと、自分の見たくない部分を、欠点(カゲ)や理想(ヒカリ)との落差を受け入れること。

それは、とても難しいこと。

けれど、それは同時にごく当たり前のことでもあったはずだ。

 

だって、ラリスキャニアはふだん鏡なんて使わない。

犯罪が少ない田舎ならまだしも、こんな都会では違法干渉(クラッキング)の入り口になる鏡なんて、使えるわけがない。

だから、地下アイドルが己を顧(かえり)みるのは、いつも前へ向き直ってのことだった。

ボク(かのじょ)が襟(えり)を正せているのは、いつだって分身(ボク)の振りを、見せてもらっているおかげなのだ。

ヘアスタイル、アクセ、メイク、ファッション、そして演技(ふるまい)や表情に至るまで…自分(オリジナル)が誰か(なにか)を教えてくれるのは、いつだって自分自身の分身(コピー)だった。

 

 

 

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