幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
そこは、地下アイドル・ラリスキャニアが創り上げたちいさな舞台の、その裏側。
たくさんの歯車やシャフトや謎のベルトコンベアなど、色々な"いかにもそれっぽい"舞台装置が置いている場所
―――――まあ、要するにこれまでと変わらず、彼女のマイルームである。
ガギギギギ―――――
床から"生えている"意味深な感じの歯車は、先ほどから必死に動こうとしているが、どうにも上手くいかずあがき続けるだけだ。
なぜかと言えば話は簡単で、すぐそこに居る悪魔
(アキラ)触手が邪魔しているからだ。
悪魔(アキラ)触手は、その泥流のような右手で歯車を押さえながら、本体(マスター)であるラリスキャニアの問いかけに答えた。
「この独演劇、もしかしてひたすら悲劇が展開が続くとかじゃないよな?だとしたら、流石に見続けるのは嫌なんだが?」
「そんなの知るか…と、言いたいが仕方ない、答えてやるよ。あと少しの辛抱だ、待て」
ラリスキャニアは、しかめっ面をしながらも、悪魔(アキラ)触手に対応することにしたようだ。
それはなぜかと言えば……実は、悪魔(アキラ)触手がしているのは、本体への反逆や反抗ではないからだ。
"彼"は、『あくまでも』ラリスキャニアの一部でしかなく、その行動は彼女の制御下にある。
一見、それが本体(マスター)の行動を阻害しているように見えたとしても、その振る舞いの全ては、本体であるラリスキャニアの無意識から出たものに過ぎない。
よって、"彼"が、反抗しているように見えたとすれば、それは……。
「お前はあくまで私なんだから、それは、私自身が私を止めようとしているということだ。だったら、その苦情や要望には耳を傾けないとダメだろ、結局のところ、それも自分の意志なのだから」
と、言うことだ。
「つまり俺は、お前の【ダモクレスの剣】と言うわけだ」
「言い過ぎだ。お前なんて、せいぜい無理したときに起きる頭痛や気力の喪失程度のモノだろう。耳を傾ける価値こそあれ、それ以上でも以下でも無いさ」
まあ、それはそれとして、つけあがってもらっては困るので、一応そこは釘を差しておく。
これで、心置きなく劇に戻れる……かと思いきや、苦情者(クレーマー)は、さらに追加で質問を重ねてきた。
「それで、この劇のどこがリーナの"陰謀"とか"大アイドル時代"がどうとか言う話に繋がるんだ?なんだか、すっかり過去の悲惨な話になってるが」
しかも、今度はわりと深刻(シリアス)な話だ。
けれど、ラリスキャニアは、すかさずこう言い返す。
「その"悲惨な話"こそが、"大アイドル時代"というリーナ・ゾラ・クロウサーの"陰謀"いや、"野望"に繋がるんだよ。世の中に悲劇や悲惨さがあるからこそ、立志伝にも意味や価値があるんだ。"偉人伝"くらい、お前だって知ってるだろ?」
「だが"偉人伝"だからと言って、そこに悲劇が必要だとは限らないだろ?最後の成功場面で、セリフで事情を説明するとかで、十分それまでの苦労は伝えられるはずだ」
と、それでも悪魔(アキラ)触手は食い下がる。
「それはそうだ。だが、劇として表現する以上、しっかりと過去の場面も"映像化"しておいた方が遥かに説得力が増すんだよ。確かに、長々と悲劇的な場面を続ければ観客もダレがちになる危険はあるが、それは同時に待ち受ける"成功"(クライマックス)がそれだけ引き立つと言うことでもある」
ラリスキャニアは、たたずむ少女触手の反対側、すなわち"客席"を見ながら語った。
そこにも、いつの間にかカボチャの被り物をした触手人形が"観客"役として何人も座っていたが、実際、そのあたりに漂う空気は、決して明るいとは言えないものであった。
悪魔(アキラ)触手の指摘を受けるまでもなく、少女が苦しみ続ける悲劇によって、現在の"客席"は冷めている。
だが、それは劇団長であるラリスキャニアの意図するところであり、想定の範囲内であった。
彼女こそが、この劇団の演出家にして脚本家、劇団そのものであると同時にその興行主(オーナー)である最高権力者。
いわばこの劇における神である。
その彼女が、詳しく説明した以上、さらに重ねて抗議をするものなど、この場にいるはずが……
「それでも、俺は、"必要な悲劇"なんてモノは絶対に否定したい」
"一人"居た。
やはり、悪魔(アキラ)触手である。
ラリスキャニアの無意識の反映、もしくは単なる脊髄反射に過ぎない彼は、あらゆる事情をお構いなしに、この状況下でとうとうと話し続けたのであった。
「『もっと不幸になれ』なんて勝手な意見を押しつけてくる神(かんきゃく)なんて、クソ食らえだ。人生に刺激や苦痛が必要だとか、『あえて困難に挑戦するオレ格好良い』だとか、そんなのは、本当に苦痛や苦労を味わったことのない甘ちゃんの言い草に過ぎない。そんな押し付けがましい"思想"(イデオロギー)は、ドブにでも捨ててしまうべきなんだよ。耳を傾ける必要なんて全く無い!」
「ヤケに語勢が強いな…何かトラウマでもあるのか?」
急に押しが強くなった悪魔(アキラ)触手に押されながらも、ラリスキャニアはなんとか主導権を戻そうと質問した。
「べ、べつにそんなことはないぜ!なんといっても"俺"は単なる脊髄反射だからな!トラウマとか過去の手痛い記憶とかあるわけないじゃないか!今のは…そう、一般論!単なる一般論だ!集合…だかクラウドだかの意識(メモリ)から出た"純粋に客観的なシミュレーション"だな!」
「…なんだか、さらに胡散臭さが増したな…。」
半目で睨むラリスキャニアに対して、悪魔(アキラ)触手は、なぜかやたらと必死な弁解で応えた。
「ヒュ…フー!フー!」
口笛を吹こうととしているが、吹けていない。
「まあ良い。お前の言うことももっともだよ。自分の"過去"(トラウマ)や"印象"(じゃし)を絶対視して、
だれかれ構わず押しつけようとするのは、忌まわしき怪物(こおに)に成りかねない悪弊でしかない」
「なら…!」
「慌てるな。まだ話には続きがある。ボクには、苦痛や悲劇の表現を必要とする理由があるんだ」
すかさず食いついてきた悪魔(アキラ)触手を、ラリスキャニアは、再び冷徹に突き放した。
そう、悪魔(アキラ)触手に抗議を貫きたい理由があるように、彼女にだってどうしても通したい意地くらいはあるのだ。
どれだけ反対されても、どれほど世論や世情から乖離していても、表現者なら、表現したいものがある者であるのなら、貫かねばならない意地がある。
あるいはそれは、彼女にとっての、王国における王権のようなものであるのかもしれない。
そして、彼女にとっての悪魔(ひひょうか)の前で、ラリスキャニアは、再び口を開いた。
つまるところ、己自身に、己の在り方を示すために。
ただ、それだけのために。