幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
「ようやく分かりました」
「何?」
「なぜ、貴女と死の義手(ディスペータ)さんが似ているのか。
やっと納得がいく答えが見つかったのです。
…貴女たちは、二人で一人なのですね。
二人はどちらも、お互いの存在が不可欠な死の支配者、孤独な女王なんだ…!」
「何を馬鹿なことを!」
二人は、揃(そろ)って抗弁する。
「貴女たちのような絶対的な支配は、全てを無意味に還元してしまう。
だからこそ、その果てであり『他者』である『本物の死』が、それを補うために必要なんだ!」
「あらゆる雑音(ノイズ)と切り捨てるのは、合唱(ハーモニー)なんかじゃない!
そんな腹話術まがいの独唱(ソロ)なんて、ボクたちアイドルには、必要ない!」
そして、二人は再び声を揃えた。
「「ボクは、ボクらは貴女たちとは違います。
共にl競い演じ、より高みを目指して駆け上がります!」」
「馬鹿なことを!」
ラクルラールはそれをせせら笑い、大声で批判する。
「『現実』を見ろ!
愚かな『幻想』にこだわるのは幼児性のあらわれただの稚拙なままごとに過ぎん!
そんなもので広い世界に過酷な社会に立ち向かっていけるはずがない!
ガラスのように砕かれすりつぶされるだけだ!」
「いいえ、そうはなりません!
ボクらならやれます!
だってボクらは…!」
アイドルなのだから!
その答えは、演技(ふるまい)によって表現された。
向かいあう二人の地下アイドル。
双子のような一対は、そこで更に奇妙な振る舞いに出たのだ。
まず、片方のラリスキャニアが、鏡写しの相方に向かって言う。
「お前を追放する!
お前は…え〜とそう、“最高にアイドル過ぎる罪”によって、この王子の婚約者には不適切だからだ!
アイドルは結婚すると、一時的にでも休職してしまう!
よって婚約も無理!
ラリスキャニア、お前を追放する!」
「は?」
その時ラクルラールは、あまりに意表を突かれたためか気の抜けた声を放ってしまっていた。
それを放置(スルー)したまま、相手役(もうひとり)が、答える。
「いいえラリスキャニア王子様!
貴方こそを追放します!
貴方は…“至高にアイドル王子である罪”によって、周囲のイアテム的な期待を煽りすぎた!
貴方は全ての民衆を惑(まど)わせてしまったのです!
そう、美しさと愛されは罪!」
「はあ?」
戸惑(とまど)う女教師人形から、明らかに設計(しよう)外の間抜けな音声が漏れ出る。
『ラリスキャニア』同士、相互の追放。
しかもそれは、
「かわいい罪で追放!」
「めちゃくちゃかわいい罪で追放!」
「最高のアイドル罪で追放!」
「究極で至高で完璧以上の成長株アイドル罪で追放!」
「究極で至高で完璧以上の成長株で…」
無限に繰(く)り返されていく。
それはまるで特売(バーゲン)のように、あるいは大不況時の株価のように、何度も何度も重ねられ、その度(たび)ごとに、『追放』の価値は零落し続けていく。
そして、それは落差を生んだ。
舞台上の演出、仮想(たわむれ)に過ぎないはずの行為(ふるまい)が、権威と権力の変動をもたらしたのだ。
なにしろ、この"練習試合"の生配信は、まだ終わっていない。
ならば、観客の評価が常時(リアルタイム)で激しく上下動するのは、当然ではある。
ただ、それは少し奇妙だった。
それらの行為は、繰り返されるたびに更なる変化を生じさせていたのだ。
"二人"のアイドルは、いつの間にか少しずつだが、その高度を上昇させていたのだ。
この“格差”は、対立する両者を同時に高めている。
対をなすラリスキャニア間の落差の生成、そしてその反転。
それには、ごく当たり前(ゼオータイル)な概念が関わっていた。
ラクルラールは、当然のようにそれに気づく。
「これは…それぞれの周囲に線が!
“境界線”か!」
“境界線”、 結界あるいは『境界』は、清浄と不浄または汚濁を分けるもの。
最小規模の“王国”とでも呼べる、自己の絶対圏域。
別の言い方をすれば、それはひとつの社会、一個の体制(システム)である。
そして、激しく体を動かして遊ぶ子どもたちが、運動が苦手な子を仲間外れにしがちなように、流行を追う女子グループにそうでない服装の女の子がいないように。
そうした体制は、特定の基準とそれを示す“排除”によって成り立っている。
それこそが、当たり前(ゼオータイル)
だが、今回の『境界』は、それとはちょっとだけ変わっていた。
二人のラリスキャニアは、それぞれ自分の周囲に新たな『境界』を張り巡らせていたのだ。
境界の中の『境界』
それは、互いに相手の否定によって自己を保ちつつも、再び逆転されることを、あらかじめ折り込んだ“聖別”
『浄』は『穢』(ケガレ)を、『聖』は『魔』を。
そして『貴』は『賎』を、対の相手をそれぞれ必要としつつ、その“位置”と序列は、相互に転換し得る可能性を保持し続けるのだ。
まるで互いが互いの鏡像のように、あるいは影か双子のように、お互いを参照することで成り立つ関係性。
これこそが、ラリスキャニアが師の攻撃を無効化した理屈である。