幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
動揺する女教師に、ラリスキャニアはまた静かに語りかける。
「これはもっと単純な話ですよ、先生。
だってこれは、ボクらが生まれ育った故郷なのですから」
「故郷だと!?」
「そう、故郷を夢に見るのは、当たり前(ゼオータイル)なことでしょう?」
そう、その通り。
その情景こそは、アイドル迷宮。の当たり前(ゼオータイル)
彼女“たち”地下アイドルの“故郷”そのものであった。
思えば、説得の最中『ラリスキャニア』の影にあまり動きが無かったのは奇妙なことだった。
これまでの流れからして、それもまた彼女の分身の一つに違いない。
ならば、やろうと思えばその数を増やしたり、もっと能動的に動くことはいくらでも出来たはずだ。
『実体』があれだけ熱心だったのに、こちらがそれに追随し唱和するだけだったのは、実におかしいことであった。
その裏事情こそが、この『浄界』の改変(アレンジ)である。
『実体』が言葉を重ねる裏で、『影』は足取り(ステップ)と言う肉体言語呪文によって『浄界』に手を加える下準備をしていたのだ。
それを、強化形態、進化、あるいは単に“成長”と呼ぶべきなのか。
そもそも『ラリスキャニア』は、未熟な『浄界』使いである。
彼女の用いているソレは、決して真の『浄界』とは呼べはしない。
たが、今回は逆に、その未熟さこそが功を奏した。
彼女は、『未熟』だったからこそ、『成長』することが出来たのだ。
未完成だったその『浄界』は、それだからこそ、こうして新しい定義(イメージ)を後付け出来た。
そして、新たな姿を以(も)って強敵を迎え撃つことが可能となったのである。
それは、劣っている者、『敗北者』こそが持つ、可能性の一つ。
そう、奇(く)しくもそれこそは、今さっきラクルラールが全否定した希望(ベクトル)そのものであったのだ…!
それに対しても、女教師はなお反射的に否定の呪文を投げつけ、その破壊を試みた。
「だが、そんなことをしたところで何になる!」
しかし、それは
「意味なんてありませんよ!
ただ、楽しいからです!
さあ、踊ろうよ!」
見事に、無効化されてしまう。
そうして、誘いの言葉を放つや否や、『ラリスキャニア』“たち”は、軽やかな足取り(ステップ)で歩み始めていった。
とは言え、そう簡単には物事は進まない。
なにしろ、肝心の黒ブタアバターはと言えば…足元に打ち寄せる迷宮の機構(システム)、虹の波に対応することも出来ず、ただただ佇(たたず)んでいるだけなのだから。
「なにを偉(えら)そうに!
そんなやり方で、どこまで自己同一性(アイデンティティ)を保てる!心の質(クオリア)を保持出来るというのだ!」
だから、その隙を好機と見て、博識なるラクルラールは更に指摘を以(も)って追撃を加えた。
「加えて、そんなやり方では同時に“二人”でい続けることも出来まい!
皆のイメージを集約する以上、再演されるのはあくまで“一人”だけ!
さあ、敗北を認めろ!
跪(ひざまず)き、私に許しを乞(こ)うが良い!」
けれどそれも、即座に反論によって迎撃される。
「まず、その“一人”の定義が間違っています!
アイドルは多様性!
複数の顔(ペルソナ)を持つアイドルなんて、それこそありふれて(ゼオータイル)です!」
「リズムが同じなら、『ラリスキャニア』の範囲は無限大です!
子豚ちゃん(ファン)たちが囲み、踊るその中心こそが『ラリスキャニア』!
分身アイドルに、多少の人数のブレなんて関係ありません!」
“二人”の瞳には十字の輝きが宿り、ラクルラールの呪文と青糸を跳(は)ね返す。
そしてそのまま『ラリスキャニア』たちは、それぞれ軽妙なステップを踏みながら、黒ブタに対し、再度の説得(カウンセリング)に取り掛かったのだ。
まず、その呼びかけはこう始まる。
「キミは、誰かに訴(うった)えることで自分を印象付けたかったんだよね、分かるよ」
と、そう『ラリスキャニア』は、無神経にも思える"共感"を示す。
そこへもう一人が捕捉する。
「つまりは認知を求めている――ボク"たち"とおんなじだ。」
当然、そんな姿勢は手厳しい批判を免(まぬが)れない。
「くだらん!
アンチの懐柔(かいじゅう)など何になる!
この徒労(アクション)を経て、ようく分かったろう?
完全支配こそが唯一の平和、確かな承認と『王国』(いばしょ)の獲得方法だ。
それ以外に道はない!
他に幸福な未来へと続く選択肢など皆無なのだ!」
「いいえ!」
「それは違います!」
"二人"は否定する。
「どんな地下アイドルも、いつか集団(ハコ)に入り、運営の方針に従うことがあるかもしれない。
資本家(スポンサー)の指示や広告(イメージ)を演じなければならないときも来るかもしれない。
けど!」
「それでもボクらはアイドルを貫きます!
だってアイドルは"表現"そのもの!
舞台上の『夢』そのものなんですから!」