幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
「そんな夢想を!
いやなんだこの出力はーー!」
ラクルラールは更に力(りき)む。
しかし、それでも押し返される。
「舞台(ステージ)の上なら、なんでもあり!」
「それがこの地下アイドル迷宮、いや、」
「「"地下アイドル空間"なのですから!」」
その言葉を放つと共に床を高らかに踏み鳴らし、地下アイドル"たち"は、再度の飛翔に入った。
最後の演目が、これから始まる。
そう、ラクルラール打倒の鍵は、最初から目の前にあったのだ。
対手(ついしゅ)の得手が学校想起の呪縛であるなら、同治同食、蛇の道は蛇(ホメオパシー)こそがその打開策となるはず。
すなわち、再教育(まなびなおし)が打開の鍵だ。
そんな、解決の道へたどり着く魔法(しんわきゅうじゅじゅつ)の靴など…実はとっくに見つけていた。
『ラリスキャニア』が、この世界に最初の一歩を踏み出したときには、もうそれを履いていた。
今まではただ、それを見逃し、忘れていただけなのだ。
ついさっきまでの彼女は、目の前の強敵に、そしてそれを通して感じられる世界の圧力に圧倒されていた。
そのあまりの強大さ/壮大さ、恐ろしさ/美しさに…
それが、劣等感となって時代の変動に挑む勇気を失わせ、地下アイドル“たち”のパフォーマンスを曇(くも)らせていたのだ。
だが、それももう終わり。
だって、ここからは“興行主”の手番(ターン)
彼女“たち”の舞台(ステージ)なのだから!
その時、無限に続くかに思えた押し合いの果て、一瞬だけ均衡が崩れた。
すかさず、『ラリスキャニア』は黒ブタアバターに再び向き直る。
機先を制するため、素早く再度の呼びかけを行うのだ。
「ありがとう、ブラックハムさん!」
その言葉は、相手の自己に空白を、新しい何かを入れるための“余地(スペース)”を作り出す。
感謝による先制(イニシアティブ)の掌握。
先に感謝されて、そのまま憎悪や怒りに入れる者は少ないものだ。
「今日は君がボクのライブに来てくれた……一カ月記念日じゃないか!」
「…!」
彼女“たち”が取ったのは、極めて単純(シンプル)な、言ってみれば“幼稚な”試(こころ)みであった。
相手の痛みや苦悩への共感や理解の提示、そして些細(ささい)な偶然を活かした“関係性の構築”
物事の有り様を読み替える、『呪文』系の手法(アプローチ)
れは、誰にでも出来るサービス業の基本に過ぎない。
ちょっと気の利いたレストランやホテルなら、確実にこなせる程度の常習(マナー)
幻想にして不可能たる『絶対言語』無き現状においては、こうした行為は、容易く覆(くつが)えし得るどころか、単なる上から目線の暴力(パターナリズム)となってしまう押し付けでしかない。
けれど、それはそれゆえに現在では希少(レア)な接触(ふれあい)でもあった。
他の者――“持つ者”であれば、もっと賢く強力な方法はいくらでもあることだろう。
立派な血筋や出自(ルーツ)、家柄、学歴、友人、上司や部下や組織的援助、そして才能と名声の活用。
だが、『ラリスキャニア』には、それらは不可能だ。
なぜなら、彼女“たち”はその全てに無縁だから。
何も持っていない。
見放されている。
そもそも、視野に入ることすら無かったのかもしれない。
だが、それでも。
あるいは、だからこそ。
何もかも持っている者たちには、あるいは出来ないこと。
やろうとも思わないことが、地下アイドルには出来た。
何もかもを投げ捨て、身一つでぶつかり信頼を勝ち得ようとすること。
体当たり、悪あがき。
それは、誰にでも出来る、ごく当たり前(ゼオータイル)な振る舞いに過ぎない。
それこそ、幼稚園児や孤児にだって出来るような。
だが、ときにそれは…何より強い力となるのだ!
「さあ、一緒に踊ろうよ!
君の欲望を形にするんだ!
たとえどんな欲望でも、ボクがあらゆる触手捌(さば)きで破壊(あい)してあげるよ!」
“彼”に向かって放たれるのは、そんな言葉だけではない。
同時に床も震え、極彩色の波と、輝きとなって押し寄せていく。
振動とは、生物の身体を突き動かす根源的な力。
血液を押し出し、活力の源となる生命の律動(エイトビート)
そしてそれは、母子間に始まるコミュニケーションの原点でもあった。
実のところ、空中に急造で作られた『浄界』の床は、極めて脆(もろ)かったが…それでもそれはこうした伝達の役を十分に果たしていたのであった!
そこへすかさず、また批判が飛ぶ。
「それが貴様のアイドルとしての姿勢(スタンス)か。
くだらん、まったく経済的ではないではないか。
費用対効果が取れない稼業(ビジネス)など単なる無意味!
厄介な害虫(バグ)への配慮(ケア)に、価値など無い!
何度でも教えてやろう!
支配こそが、唯一にして絶対の方法論(ノウハウ)であることを!」
だが、地下アイドル“たち”はその侮蔑(ディス)を無視した。
だって、彼女たちは信じているのだ。
アイドルとファンの関係性を。
どれほどの差異があろうとも、それぞれが一対一で向かい会えることを――!