幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

192 / 272
192話 アイドル飛翔①(その2の50~51の途中まで)

執着、煩悩、自分が自分であり確かなものであると言う思い込み、錯覚、実態を持たない複合仮想観念(ヴァーチャル・リアリティ)

そう、結局それらは単なる““固定観念”、先入観に過ぎなかったのだ。

時空間と関係性、そしてそれに連なる『自己』(セルフ)が存在すると言う認識。

所詮――そんなものは、存在することを確証することも、永続を保証することも出来ないような…実に曖昧(あいまい)かつ不確かな代物(シロモノ)に過ぎない。

『ラリスキャニア』は、そしてその観客(ファン)は、そんな因業(カルマ)に縛られなかったのだ。

 

「では一体、何があると言うのだ!

何が今のお前の存在(ありかた)を保証している!」

 

そんなラクルラールの問いかけに対し、ゆらぐアイドルは二重の姿で二度ずつ答えた。

その輪郭(シルエット)を、影と実体の間で交互に行き来させながら。

 

「それは、他の確かさです!

二重の確かさと外へと開いていく可能性!」

「『身体性』の確かさ、観衆(ファン)の『邪視』(まなざし)の確かさ、まだ出会っていない人々、未来の応援者(ファン)たちとの『関係性』(ファミリア)が築かれる可能性の確保!」

「それが、アイドルをアイドル足(た)らしめる“アイドル・アイデンティティ!”」

 

「それが『ラリスキャニア(ボク)』にして"ボクら"なんだ!」

 

しかし、そんな答えが女教師の気に入るわけもなく…

 

「何がアイドルだ!

こじつけがすぎるだろうがーー!」

 

怒声と共に、強風が吹き、強烈な光が降り注ぐ。

それは、空中舞台の地下アイドルに、その存在自体を打ち砕かんと襲いかかった。

 

だが、その攻撃が当たらない。

"彼女"は、平気な顔、不確定な姿で飛び続け、上昇を続けていた。

 

その姿自体は、はっきりと視認することが出来る。

だが、その実態は実に朧(おぼろ)げだ。

一人なのか複数なのか、その数を確定させることさえ誰にも出来はしない。

新しい解釈によって転生した『ラリスキャニア』

その姿は、つねに多重にブレ続け、万色の輝きを以(も)ってその存在を世界に示す。

 

更に、その足元に何故(なぜ)か小さな板も顕現した。

“彼女たち”は、そのよく分からない円状の浮遊板(フロート)に乗り

 

「板についているのですよ!」

 

シナモリアキラ(どや)顔をしながら、宙に留(とど)まる。

それは、飛行と同時に床を踏み、跳躍を続けているという奇妙な体勢。

これもまた、キロン戦で空中階段によって勝利したシナモリアキラの引喩(アリュージョン)なのか何なのか。

ともかく、その軽(かろ)やかな跳躍は足音(タップ)となり、独特な舞踏(ダンス)へと昇華されていく。

そうして、夢世界に新たな音楽が鳴り響く。

それは、規則的に発され続ける、心音(ハートビート)の律動(リズム)

心地良く世界に木霊(エコーし)、周囲(かんきゃく)から反響を受けて更にその勢いを増して行く。

あるいは、その有り様(さま)は、一種の永久機関とすら言えるのかもしれない。

なぜならこの響きの基調(パターン)こそが、音の集約点としてその奏者の存在を定義し続け、それへの承認を継続させているのだから。

 

「質量を持った残像…いやその逆だと!

なんだそれは!

どの“像”からも、常に質量の反応が移動し続けている!

貴様の『主体』は一体どこにある!」

 

女教師の批判的な叫(さけ)び。

質問でもあるそれに対し、“それら”は答えた。

 

「「「どこにも」」」

 

どこにも(ノーウェア)、そして同時にどこにでも(エニーウェア)

その座標は誰にも特定することは出来ず、その出現に終わりは無い。

こうして語り合っている間ですら、配信窓に描かれた奇怪な怪物のイラストから、新たな『ラリスキャニア』が実体化している。

そして異質で標準から大きく乖離(かいり)していたはずのその幻像(イメージ)でさえ、やがてわずかな馴致(いっぱんか)を経て、他の『ラリスキャニア』と合流していくのだ。

注目すべきなのは、この際、合流された『ラリスキャニア』全体の像もわずかな変化を遂げていたことだ。

そう、この“場”で起きているのは、単なる『統合』や『収斂(しゅうれん)』などではない。

多様な“解釈”を受け入れつつ、より新しく魅力的な在(あ)り方を追究するソレは、もはや一つの進化であった。

改良(アレンジ)、最適化(オプティマイゼーション)

、あるいは都市における環境の高級化(ジェントリフィケーション)に相当するような、大きな変化。

それは、曖昧(あいまい)さを活かした、"終わりなき改善"と言う幻想の具現だった。

そしてまた、『吸血鬼』の霧化、『青い鳥』(ペリュトン)の分身、飛翔から類感(いんゆ)しての『空の民』の幽体(アストラル)離脱。

多種族の能力をごちゃ混ぜにして、境界を越えて限界も超えて。

“それ”は同時に、曖昧な存在として自己を完全に確立していた。

 

けれど、カーティスのような“多数と単数に区別がない”と言うわけでもなく、単なる多重人格や“キャラ作り”でもない。

何しろその魂魄(アストラルたい)は、しっかりと安定し、それが“彼女たち”にとっての『普通』であることを強く訴えている。

そもそも、皮相(ひそう)な“キャラ”程度では、ファンたちの再演と投射(ねんしゃ)で復活出来るわけもない。

今の『ラリスキャニア』“たち”が持つ実在感は、どうみても、もっとずっと厚みのあるものだ。

それはあるいは、異界の神秘生命『猫』にしか成し得ないとされる、異形の存在形式。

非在と存在の両立、不可能の可能化。

すなわち、そこに立っていたのは、量子的にゆらぎ続け、常に複数性を確保し続ける奇怪な偶像(アイドル)だった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。