幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
*
「うう…ううう…」
かくして、場面は始まりへと還ってくる。
回想を終えたラリスキャニアは、独り洞窟状に改装したマイルームで、うめいていた。
だが、それは単なる苦悶のうめきではなかった。
そんな状態でありながらも、彼女は未だ逆転のための秘策を模索し続けていたのだ。
なにか、なにかあるはずだ…と。
だが、果たして逆転の手段など残されているのだろうか?
技術は否定された。
ラリスキャニアの技術は確かに高度であった。
けれども、メイド人形と女装王子、その二人の掛け合いと再解釈の応酬には、それを遥か下方に置いてけぼりにするほどの勢いと斬新さ、そしてアグレッシブな双方向の挑発があった。
無数の吸血鬼王を樹木に見立て、あちらこちらへ飛び移り戯れたり、繰り返す時空を巡りながら、強迫的な欲望にとり憑かれた十字瞳の老婆女王に”正しい男女のお付き合い”をおままごと形式で叩き込んでいく氷の女装美少年の演技などは、ラリスキャニアには到底不可能であろう。
どれだけ変身と模倣を得意とすると言っても、ラリスキャニアは所詮ただ独りだけのアイドルである。
そうした【使い魔】に分類される関係性で実力派カップルと競い合うには、限度というものがあったのだ。
では、ラリスキャニアが勝負をかけるべきなのは【使い魔】の技法、”関係性”や”コネクション”なのか?
――――否。
あの二人だけであれば、あるいはそうした戦法も通用するかもしれない。
だが、それではダメだ。ダメなのだ。
まず【シナモリアキラ】が、問題だ。
あの”男”は、対立する全ての関係性を自分の力として取り込んでしまうところがある。
その後の大騒動があったとはいえ、ラリスキャニアは、あの”アマランサスの惨劇”を忘れてはいない。
それだけではなく、グレンデルヒやスモー女といったかつての宿敵たちでさえ、【シナモリアキラ】は味方に引き入れてしまっている。
チームや軍団で”彼”に挑むのは、あまりにも無謀であると言うしかないのだ。
あるいは、【シナモリアキラ】自身の紀人としての不安定さを利用し【シナモリアキラ】内部からの性質改変を目論む、という手もありはするのだろうが……ラリスキャニアはそんな手が取れるほど【シナモリアキラ】に詳しくはないし、利用出来るような都合の良い【シナモリアキラ】性にも心当たりがない。
【シナモリアキラ】に潜む自滅的な傾向、あるいは自身に従属的である【シナモリアキラ】を”掌握して”いれば、どうにでもなるのだろうが……現在のラリスキャニアには、そんなものは机上の空論に過ぎないのである。
それになにより【使い魔】系の戦法には、致命的な問題があった。
「何より…それじゃこのラリスキャニアちゃん様が目立てない!ボク自身が敵を上回る実力を持っているという、勝利の栄光を得られないじゃないか!」
これである。
ラリスキャニアは、あくまで自分自身のためだけに戦っている。
”前世”には、【塔】のしがらみとか神のお告げとか色々あったらしいが、それはそれ、これはこれだ。
今のラリスキャニアは、アイドル迷宮にて文字通り生まれ変わった新星アイドルであり、そのアイデンティティは”アイドルであること”にしかない。
その背後にはいかなる権力もないし、しがらみもない(その代わり支援してくれるのも自身のファンクラブとわずかなコネクションのみである)
そんな今の彼女にとっての至上の命題こそが”アイドルとしての実力を証明する”ことなのである。
それが出来なければ、どんな戦略も戦法も、全くの無意味なのだ。(なお、情報戦でライバルを敗退させたり有利な立場に立つのは、この例外である。同じアイドルという対等な条件なのに、弱みを見せたり誤情報に踊らされて負けるのは、負ける方が悪いのだ)
それにそもそも、ラリスキャニアには、一緒にチームとかユニットを組んでくれるような知り合いなどいない。
それは決して友だちがいないとか少ないとかではなくて、単にラリスキャニアにとっては全てのアイドルがライバルだから、なれ合いなどはしないというだけのことだ。
そのため、ちょっと前にあった”対アマランサス同盟”への参加を断ったら、いつの間にかアイドル迷宮における人間関係の”輪”の外に位置するようになってしまったと言うだけのことだ。
断じて社交性が無いとか友達付き合いが嫌いだとかいうわけではない。
ラリスキャニアぼっち違う。
ともかく、【使い魔】系の戦法はダメだ。
では、最後の手段として強大な呪術を使う、もしくは強大な呪術師に頼るというのはどうだろうか?
これは、これは――――否、だろうか?
【シナモリアキラ】はもとより、女装王子やメイド人形も過去に存在した強大な呪術師である六王の力を借りている。
それに、紀神や紀竜など強大な存在の力を借りるのは、この世界の基本戦術であるのみならず、アイドルとしての基本ですらある。
なぜなら、偶像(アイドル)とは霊媒であり、大衆(ヒト)と強大な存在(カミ)をつなぐ道標をその原点に持つモノなのだから。
第七紀竜の初代巫女であった”古代カーティス”を例に挙げるまでもなく、それはこの世界において、ごく当たり前のことだ。
あるいはそういう意味では、アイドルとは、地獄における待ち合わせポイントの【サイザクタート像】や地上の辺境地区における【串刺しパーン像】(いつの間にか像が盗まれていることが多い)のようなものと言えるのかもしれない。
その本質は、あくまでアイコン/イコンであり、水道における蛇口や携帯端末のような、システムへの接続ポイントに過ぎないのだ。
だが、だからといって、今更ラリスキャニアが借りることが出来る”強大な力”など、そう都合良くあるものなのだろうか?
ラリスキャニアは、とっさに『夜の民』が崇拝する守護天使であるマロゾロンドを思い浮かべた。
力を借りる存在としては、”彼”こそが基本だろう。
だが、思い浮かべられたイメージの中の天使は、なぜかこちらに背を向け、やたらと忙しそうだった。
その”背中”は、まるで日曜日に家で昼寝している、あるいは日曜でも家で書類仕事に追われているお父さんのようであった(今のラリスキャニアには、父親の記憶など存在しないし、家族などはいなくても特に気にならないものなのだが)
それでも構わず、ラリスキャニアは父にして母なるマロゾロンドをしつこく思い浮かべ、その”背中”をつっつき続けたのだが、返ってきたのは、なんだか面倒臭そうな気配だけであった。
なおもしつこく食い下がろうとしたが、そこで、うるさい犬か何かを追い払うかのような『しっしっ!』という声と軽い衝撃を受けた……そんな気がして、ラリスキャニアはようやく諦めて瞼を開けることにした。
よく分からないが、どうやら守護天使に頼る手段は使えないらしい。
守護天使が頼りにならないとなると、強力な呪術師を探すしかない。
しかし、これにも問題がある。
よりにもよって、ここが第五階層であるということだ。
『地獄』と『地上』二つの勢力が危うい均衡の下で共存するこの階層は、ほとんど二大勢力がぶつかり合う最前線であると言える。
そんなところに強力な呪術師が来るとすれば、それはまず間違いなく好戦的な人物である。
そんな人物に、ラリスキャニアが弟子入りなり支援なりを依頼すれば、彼女が戦争に巻き込まれることは必至。
そして、戦争に巻き込まれた、それほど戦いが得意でない地下アイドルがあえなく戦死してしまうのも、これまた必至である。
かといって、非好戦的な呪術師がこんな呪術火薬庫の階層に顔を出すわけもない。
ペリグランティア製薬やクロウサー一族などの商業系の呪術師にしても、すでに彼女たちは有力なアイドルのスポンサーである(それにそもそも、巨大複合企業群はべつに非好戦的ではない)
こんな一介の地下アイドルに力を貸してくれるわけもない。
思案する中で、歌姫Spearの熱狂的なガチ勢としてアストラルネットで有名なある英雄の顔を思い浮かべてしまったラリスキャニアは、企業関連の呪術師に頼るというプランを完全に捨てることにした。
考えてみたら、そもそも潜在的な敵だったからである。
『空組』も言ってみれば、地上企業群を代表するアイドルユニットであるとしても過言ではない。
というか、『黒百合』(チョコレートリリー)の一部だけで結成されたメンバーで、既にあの人気なのだ。
このまま『黒百合』が、第五階層で全力を振るう日が来れば、第二、第三の『空組』が現れるということも十分に考えられる。
アストラルネットでは、既にその論争で持ち切りなくらいだ。
ラリスキャニアは、次々と新ユニットの姉妹が波状攻撃を仕掛けてくる未来を予想し、思わず身震いをした。
新しいアイドル姉妹が地上から送り込まれてくる前に、なんとか自分を強化しなければ…!
そんな決意に身を焦がすラリスキャニアの目に、ふと奇妙なものが映った。
それは、彼女のマイルームは、立体映像によって修練用の洞窟と化しているが、その岩棚、元はテーブルであった場所に奇妙な物体が置かれていたのだ。
それは、青いスパゲッティのように見えた。
こんなところに、夜食を置いたっけ?
あるいはこれは、ファンからの差し入れだろうか?
不審がるラリスキャニアは、さまざまな呪具や触手を使ってスパゲッティを検査した。
検査は三度四度に渡る入念なものであったが、どうやら、異物や毒物、嫌がらせの類は含まれていないようだ。
そして、このスパゲッティには、どうみても強大な呪力が蓄えられているようであった。
これは明らかに、食した者の呪力を引き上げる類の食品である。
そもそも、青という色彩は、ラリスキャニアもその血を引く青い鳥(ペリュトン)と因縁が深い色であるし、麺料理も『夜の民』の触手と関連付けられることが多い。
このスパゲッティを誰が用意したにせよ、これがラリスキャニアに力を与えてくれることには変わりがないだろう。
これを食べれば、強大な呪術師になれるだろうか?
悩むラリスキャニアの前で、スパゲッティは魅力的な青い光を放っていた。
過去の一切の記録や記憶に由来しない、その糸状の食べ物は、まるで未来からの贈り物のように見えた。
それは、とても魅力的だったのである。
これを、このスパゲティさえ食べればパワーアップ出来るのか?
もっと上位ランクの…より優れたアイドルになれるのか?
洞窟状のマイルームの中で、ラリスキャニアは思い悩んだ。
この時、彼女には自分が世界でたった一人だけのように思えたのだ。
だが、そうではなかった。
そんなただ独りだけの彼女に、突然声をかける者が現れたのだ。
「迷う必要はない。決断もパワーも全ては外部に依存すれば良いだけだ」
男のようでありながら女のようでもある声、異界のミームをふんだんにとりこんだキモノドレス、その右手は暗夜に流れる泥流のようにたゆたい、その左手はいびつな機械ごみ(スクラップ)のようであった。
それは、アキラ姫ことシナモリアキラ…ではない。
その身体には脚が無く、その下半身は虹の色合いのようにゆるやかに変化しながらラリスキャニアと繋がっていた。
そう、それはマイルームに侵入した新しい登場人物でもなんでもない。
擬似的な人格、”それっぽい発言”
いつかどこかで見たことがあるような言動を再演することしか出来ない存在であり、決して独自の意志を持たない操り人形。
それこそは、ラリスキャニアが無意識に産み出してしまった触手分身。
いわば”悪魔(デビル)キャニア”であった。
その”悪魔”が、今ラリスキャニアに語りかけていたのだ。
それは、他者の姿を取りながらも、間違いなく彼女自身の心に秘められていた思考そのものであった。