幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

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200話 九つの異界、一つの戦い/共演⑤その2の57の途中まで

そもそも、音楽の多くはその源流を神事に持つ。

それは、古典的にしてその有用性が実証されてきた、すなわち最も安定感ある定型(パターン)

言語体系が何度変わっても基本的な語形が変化しなかった単語のように、受け継がれ続ける文化(ミーム)の基幹(ベース)なのだ。

それこそは、六王それぞれの時代にもきっと在(あ)り、そして彼らが再生者となっても、それどころかその存在が一度眠りに就(つ)き忘れ去られていた間も、現在に至ってさえも…ずっと残り続け、愛され続けてきたであろう不朽の業(アート)

音楽は、偉大なのだ。

それは、昨日今日出来たような地下アイドルの序列(ランキング)などとは、比較にならないほど確かな権威。

 

その偉大な力が、今まさに地下アイドル“たち”に襲いかかっていた。

現状の彼女“たち”の有り様は、まるで風に舞う木の葉のよう。

踊っているのではなく、“踊らされている”

擬似『浄界』が放つ、強大かつ複雑な呪文効果を回避し対応する必要性が、『ラリスキャニア』の動きを大幅に制限しているのだ。

それは、彼我の圧倒的な格の差の、何よりも明確な視覚的表現だった。

つい先程(さきほど)自慢(じまん)げに創り出した浮遊する足場にしても…風に弄(もてあそ)ばれて、同じ立体座標(いち)に留まることすら困難だ。

 

ここは夢界。

どんな一般人(しろうと)の呪力(ミーム)も容易(たやす)く映像化される世界。

そして逆に一般人(ぼんじん)は、映像に容易(たやす)くその脳(こころ)を支配されてしまう存在でもある。

 

故(ゆえ)に、

 

「夢見るみんなの印象(しんこう)に支えられて、先生の業(ワザ)はどんどん強力になっていってるんだ!」

「先生の、高度に視覚的な呪術(おりもの)が、みんなの心を動かし、それが“強い幻想(ユメ)”を成立させている!

これは手強(てごわ)すぎる!」

 

ここであえて評価するならば、ラクルラールは、凡庸な芸術家(アーティスト)である。

ただしそれは、あくまで世界レベルや神話級の表現者と比較しての話だ。

いかにその表現がありふれていようと、それが平均を大きく抜きん出た技量によって表(あらわ)されれば、それは立派な芸(アート)となる。

 

しかも、今回の鑑賞者の大半は一般大衆、すなわち凡庸なニンゲンに過ぎない。

凡人に、高度で繊細な差異や時代の先端を行く挑戦が評価されることなど、まず無い。

彼らはあくまで、見慣れたもの、自分たちの小さく鈍(にぶ)い感性や知識に適合したものだけを、好み選ぶ。

たとえそうした選択こそが、自分たちに退屈や空虚さ、苛立(いらだち)もたらす根源なのだとしても…そんなことにはお構いなしに、ただ気分や流行、その場の空気(ムード)に釣(つ)られて凡庸なものばかりを選好するのだ。

そう、それはつまり女教師が得意とするような、評価が定まった/古びた、見慣れた/ありきたりな価値を訴える、そんな表現を。

 

加えて、大衆に身近な伝統文化は、同時にこの呪術世界(ゼオーティア)において、最も強力な呪力(ミーム)でもある。

なにしろ、確立された定型(パターン)とは、それすなわち太古から継続して支持を集めてきた、長期的成功作(ロングヒット)のことを指すのだから。

例えばそれは、民族の象徴。

あるいはそれは、花嫁衣装や指輪のように母から娘へと代々受け継がれる第二の血統(ミーム)

つまりは歴史、文化、もちろん信仰もそこに含まれる。

それこそが、織物や手芸の基本であり、つまりはラクルラールの得手とするところであった。

 

それに何より、見落とされがちな事実がある。

世の中には、文字を持たない民族や学んでいない者もいるが…彼ら彼女らも、大抵は“服を着ている”

つまりは、一部のシナモリアキラのような例外を除(のぞ)けば、人類(ロマンカインド)はみんな、糸を身に纏(まと)っているのだ。

あえて言うなら…この世のヒトの全ては、あの魔女の手の内にあると言っても良い。

ならば、糸と布の文化は、すなわちラクルラールの牢獄。虫籠(むしかご)のようなもの。

今『ラリスキャニア』が居るのは、そんな手織りの網の中である。

これに比べれば、異獣用の仕掛け罠や戦略級の大封印すら生温(なまぬる)い。

 

だから、捕らえられた獣ならぬ地下アイドル“たち”は、逆にここで一気に攻勢に出た。

そうでなければ破滅しかない。

いかにここが逆転を推奨するアイドル空間であるとしても、その"弑逆"には限度と言うものがある。

ここは舞台、表現(パフォーマンス)の場だ。

圧倒的なクオリティと伝統的かつ説得力ある"流れ"を造られれば、相手の逆転などを無視して一気に勝利を取りに行ける。

なぜなら、ここで真に勝敗を決定付けているのは、安易にそれを判定しかねないような、大衆(かんきゃく)たちに過ぎないのだから。

 

それ故(ゆえ)に、『ラリスキャニア』は矢継(やつ)ぎ早(ばや)に言葉を述(の)べる。

それは批判。

反逆の言の葉だ。

 

 

 

 

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