幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
工員は、◾️という概念を認識することが出来なかった。
それは、無意識領域からさえ◾️◾️されて消失していたのだ。
更に、過ぎゆく毎日はかつて◾️◾️ ◾️◾️ ◾️だった記憶すら奪い去っており、…いつしか全ては、定型(たいくつ)に埋没(まいぼつ)していった…
※
それはただ、灰色だった。
灰色に次(つ)ぐ灰色の日々。
来る日も来る日も、ベルトコンベアの前に座(すわ)り続け、同じ作業を続ける毎日。
食事の時刻になれば、皆、移動用のベルトコンベアに乗って一斉(いっせい)に食堂へと向かう。
しかも、たまに小さな変化があったとしても、それはすぐに是正されてしまうのだ。
ほら、アレなんていい例だ。
一人の工員がぼうっと壁を見上げていて、正社員人形に怒鳴(どな)りつけられ、あまつさえスープまでかけられる。
ここでは、非効率は犯罪なのだ。
だから、いつも影のように付き添ってくれる相方がいなければ、工員はとっくにダメになっていたことだろう。
なにしろ、昼間から◾️を見ているのかと叱られてしまっては、貴重な睡眠時間さえ削られてしまうのだから。
もっとも、やはりここでは夜でも◾️など見ないのだけれど。
◾️、◾️?
それも謎だ。
一体、何のことだったっけ…?
夜には眠り以外、何も無い…はずだが。
そんなことを考えていたら、また突然後ろから怒鳴りつけられた。
いけない、このままではもっと酷い目に遭(あ)う。
なにしろ評価ポイントに比べて、懲罰ポイントは増え方が激しい。
あらゆる機会に加算されていく。
それはあらゆる名目によって急激に足されて、累積していくことが多いのだ。
工員は、曇った全身鏡から目を離し、食事に戻った。
もう少しで、何かが思い出せそうだったのだが…これ以上考えこんで、目をつけられるわけには行かない。
もしそうなれば、懲罰ポイントは溜まっていくばかり。
溜まりきれば、行き着く先は解雇(リリース)しかない。
そして、工場都市によって家畜のように飼いならされた…いや、家畜そのものでしかない工員たちが解雇(リリース)されると言うことは、それ即(すなわ)ち明確な死である。
あらゆることに金銭が必要とされる都市(ここ)では、無職に生きる術(すべ)など有りはしないのだから。
何にしても、ここでは寮で過ごす時計の一回りと、職場で過ごす時計の一回り以上の間に、何の違いも存在しない。
◾️すら見ない疲れ切った眠りが、昼と夜とに恣意(しい)的な境界線を引いてはいるが…一体そんなものが、何になるだろう?
全てはただ、工場(しごと)のためにあり、それ以外には何も無かった。
※
そんな中、ある事件が起きた。
永遠に変わらないかに思えた殺人的な退屈の中、待望されていたはずの非日常。
それは、予想外に恐ろしいものだった。
「あ」
起きた事自体は、実に単純(シンプル)だ。
工員が一人、製造ラインに転落した。
「あ、ああああー!」
より明確な事態の認識が叫び声となり、その後を追う。
転落していく。
落ちていく、ベルトコンベアにそしてその先の破砕機械の顎(あご)の中へ。
粉砕、流血、混合。
全ては文字通りあっという間に、瞬(まばたき)より速く起こり、そして終わってしまった。
落ちた誰かは岩石と一緒に破砕されて、コンクリートに混ざる。
混ざって一瞬黒くなり、そしてすぐに灰色に戻る。
短編動画(ショート)としてタイトルを付けるなら、"衝撃の肉ミキサー"だろうか。
思わず、そんな巫山戯(ふざけ)た思考をしてしまうくらい、それは非現実的な衝撃だった。
恐ろしい出来事が起きたはずなのに、異様なほどその実感がない。
ブー!
そして、いっそ愉快な響きと共に警報音(サイレン)が鳴った。
世界が、赤く染まる。
精神的な衝撃のせい…いや違う、物理(つえ)的な意味で普通に赤い。
壁から警察車両のような回転灯(ビーコン)が出現し、工場(セカイ)を夕陽のように染め上げている。
まるで、一瞬終わってしまった異変を追いかけるように悔やむかのように、ただ人工的な"流血"だけが日常の破綻(はたん)を証立(あかしだ)てていた。
急な変化に、誰もがどよめく。
しかし、その騒(さわ)ぎはすぐに収まった。
サングラスを通じて、業務復帰命令が出たのだ。
なにしろ、工場都市の機器は全て優秀である。
工員たちが何もしなくても、事故の詳細なデータは残らず記録されるし、破損や"汚染"もすぐにきれいに取り除かれる。
原状復帰は驚くほど早く、電車の遅延ほどの時間もかからない。
もちろん、葬式も当然のように行われる。
それによって回収される呪力もまた、工場を動かす貴重な資源(リソース)となるからだ。
文化的儀礼は、『真面目(じゅうじゅん)で社会的(スタンダード)な社員』という定型(テンプレ)を維持し再生産し続けるために、重要な節目(インスペクション)である。
みすみすそれを逃す手は無い。
全ては、ラクルラール工場都市の円滑にして至高足(しこうた)るべきその運営のために。
小さな異変は問題なく、工場の運営(にちじょう)に回収されていったのだ…
※
しかも、驚くべきことに異変はその後も続いた。
工場の日常に、小さな変化があったのだ。
それは、食堂に起きていた。