幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
今のラリスキャニアの自室は薄暗く、ただ投影画像に彩られた壁だけがむやみに明るかった。
人形劇の舞台袖となった今も、彼女のマイルームの内装は洞窟のままであり、その閉塞感は、まるで牢獄のようであった。
光る壁とただ一本の蝋燭だけが光源となり、その対面の壁に影を投げかけている。
その影は、ぐにゃりと曲がり、ゆらゆらと揺らめきながらも、どこか攻撃的な風情を伴っていた。
それはまるで、獲物に襲いかかる肉食獣のように。
ラリスキャニアは、静かにその影の主を見据えて、その状態を改めて検分した。
悪魔(アキラ)触手は、確かに自分の分身である。
だが、だからといって無害かといえば、それは違う。
形作られたものは、その形通りの性質をちゃんと保有しているのだ。
暴力の化身(いかいのてんせいしゃ)となるべく、その通りの姿を取った触手は、その通りの殺人力(こうか)を発揮することであろう。
それに、今は自分しか見ていない劇(えんぎ)だと言っても、だからといって手を抜くなどということなども有り得ない。
実戦を支えるものは訓練であり、舞台裏での練習の積み重ねこそが、本番の舞台での実力となる。
練習だからと、訓練だ座興だと言って手を抜けば、それは表現者(アイドル)としてのラリスキャニアの死につながりかねない。
そう、死ぬのだ。
たとえ万能細胞が形作る心臓が動いていても、あるいはアストラル体や生命力が無傷でも、ぶざまな演技しか出来なくなれば、ラリスキャニアは、自らにアイドルとして生きていく価値を見出すことができなくなってしまうであろう。
誰にも勝てない、勝つために本気になることすら出来ない、そんな自分を認めてしまえば、もう生き続けることすら出来はしない。
それは、地下アイドルとしての彼女の矜持(プライド)であり、アイドルとしての生き方(かち)しか持たない彼女の生き様(じんせい)であった。
それを踏まえて、ラリスキャニアは、悪魔(アキラ)触手を見据え、もう一度問いかけた。
「あえてもう一度問おう。"楽しくて何が悪い?"せっかくの表現(げき)なんだ。それを楽しくして、なるべく多くの人に共感したり幸せになってもらうことの何が悪いんだ?」
それは、一つの予感を伴う問いかけであった。
「それを本気で言っているのなら、それに返せる俺の答えも、一つしか存在しないな」
そして、その予感は的中した。
悪魔(アキラ)触手は、その言葉と共に、一気に動作を切り替える。
いや、切り替えようとした。
だが、その時――――
「もちろん悪い、そしてそれが素晴らしいのですわアキラ様!」
唐突に、悪魔(アキラ)触手の背後から、その背を刺す身内が出現(ポップ)した。
それはまさしく"身中の虫"とでも言うべき"彼"の身近な存在であった。
すなわち、"彼"の左腕・ディスペータである。
その時、ちょうど右手を振りかぶって殴りかかろうとしていた悪魔(アキラ)触手は、再びはしゃぎ始めた左腕に引っ張られてバランスを崩し、結果、前につんのめるハメになった。
まるで、ひれ伏すかのように床に倒れ込んでしまった"彼"をめがけて、その左腕はさらに囁きかける。
「葛藤が、煩悶が、そして苦悩と苦痛こそが、絶対的に隔てられた他者と自己を共感させ、繋ぐ鍵なのです。喜びはみな似通い不幸は千差万別、しかし他人の喜びや成功は妬ましくて素直に共感しづらいものでもあります。"失敗する"ということ、"正しさに救われないという苦悩、"悪に喜び、他人の不幸が嬉しくなってしまう認めたくない人間(おのれ)の本質。言ってみれば『悪』こそが誰もが共感できる物語(せかいかん)の条件なのですよ」
「ぐっ…それは…」
まるで武術で左腕をねじり上げられたかのような体勢になりながらも、なおも左腕の女神に反論しようとした悪魔(アキラ)触手であったが、その動きは次の瞬間、硬直することになる。
なぜなら……
「ほら、これなんて良い例ですわね。懐かしいでしょう、アキラ様?それとも、もう忘れてしまいましたか?」
そう言いながらディスペータが"彼"に押し付けて来た画像には、ひどく見覚えがあったからだ。
それは、ラリスキャニアが蒐集した地下アイドル『シナモリアキラ』の情報の一片にして、最も有名な公開(オフィシャル)の情報。
悲惨な過去によって道を誤った、優しき聖騎士の敗北の物語であった。