幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

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249話 連鎖する反撃⑥ その2の94~95の途中まで

もちろん、新しい試み、その試行自体は極めて重要である。

それを古代の基準で例(たと)えるなら、油田などの地下資源の試掘に等しいだろう。

文化(ミーム)は呪術文明の主要エネルギー源ではあるが、油田がそうであったようにその大半、主な文化は既に使用され、管理され権利を保有されているのである。

 

また、その効力は無限ではない。

時の流れに耐え抜いた伝統文化こそは不朽に近いものの、流行のアイテムや振る舞いなどは、それこそ流行(はや)りと共にその新鮮さや魅力を失い、あっという間に忘れ去られて力を失ってしまう。

 

あるいは、いつか誰かあるいは何かの機会が古びたそれらに光(あたらしいかいしゃく)を当て直し、新鮮な文化現象として再生させることもあるかもしれないが…しかし結局、そうした見直しが起きるまでは、飽(あ)きられたものは飽きられたまま、古びて忘れられたものは忘れられたもののままであることに変わりはない。

 

文化もまた、生命と同じく誕生と死の循環の中にあるものなのだ。

 

ともかく、そうした基礎呪術の誰も読まない教科書(テキスト)文にさえあるように、呪術文明において新しい挑戦は必要不可欠であり、推奨どころかときに義務ともされる振る舞いである。

 

もっとも、そんな常識を改(あらた)めて思い返す者など誰も居はしない。

人類(ロマンカインド)は皆、ただ楽しさを求め、より強く革新的な呪力を求め、ごく自然に新鮮さや創意工夫を繰り返し、今日も競い合い続けているのだ。

ゆえに、今回のラクルラールの提案“減量サウナショー”にしても、そうした日常(エンタメ)として受け入れられたのは、当然のことだと言えよう。

 

しかし、それこそが罠であった。

『サウナ』という特殊な試み、『ファッションショー』に伴(ともな)うお祭り(イベント)感は、ヒトビトの洗練された道徳的世界観(ポリティカリー・コレクト)そしてそれがもたらした抑圧(リミッター)を、ごく自然に取り払っていた。

その下から現れたのは、抑圧されていたごく『普通』の願望や憧(あこが)れ。

すなわち、“痩せたい思い(ダイエットがんぼう)”

そして、“痩身”という単一の美を目指し競い合い、誰からも認められ仰(あお)がれる存在になりたい、という承認欲求であった。

 

気づけば、SUMOアイドルは完全に四面楚歌(こりつむえん)

周囲に群れなす配信画面は、もはや残らずラクルラールに注目しており、その提唱する美容法の効果や細く優美な肢体から目が離せないでいる。

しかも、その女教師人形の身体は、新たに独特の装(よそお)いを纏(まと)っていた。

一見すると単なるバスタオルなのだが、その巻き方や細かな刺繍(ししゅう)に見慣れない創意工夫が為(な)されているのだ。

それは全く斬新な、“未来的”と言っても良いファッションであった。

その美しさ、新鮮な呪力(ミーム)の前に、SUMOアイドルは成す術(すべ)がない。

 

なるほど、確かに彼女の“ふくよか”な体型は『ボディーポジティブ』風潮(ムード)では歓迎されるべきものだろう。

見るからに、過度なダイエットや人体改造、肉体に負担を掛ける薬物や“健康食品”とも無縁。

健康的で個性的、推奨され承認されるべき種別の『美』に思える。

だが、それはあくまで少し前の話、『多様性』が新しく鮮(あざ)やかであり、既存の『常識(ふつう)』と大きな“落差”があった時のこと。

当時の『現在』の不足を補完し、より素晴らしい『未来』への『前進』を実感させる“新星”として位置付け(ポジショニング)られていた、そんな頃の話に過ぎない。

そもそも『多様性』、その概念には大きな欠陥がある。

それは、容易(たやす)く凡庸(ぼんよう)に零落(おちぶれ)るのだ。

何故(なぜ)なら…そこには向上や競(きそ)い合いのための目標や指針といったものが、ほとんど存在していない。

 

確かに、それによってそれまでの単純な痩身(やせ)を目指す、画一的な圧力は退散させられた。

ヒトビトはその重圧から解放され、自由となった…かに思われた。

だが、どこにも足場が無い無重力は、結局、形を変えた牢獄でしかなかったのだ。

 

とは言えもちろん、『多様性』の概念下においても、目指すべき基準はちゃんと存在してはいる。

己が身体を愛し尊(とうと)び、独特の魅力を自ら見出していくこと。

いわゆる『セルフケア』である。

 

だが、これはあくまでそれぞれの『健康美』を目指すというものに過ぎない。

それ故(ゆえ)、そうした基準は、既存の美意識の補完の役割しか担(にな)うことは出来なかった。

 

そして何より、『多様性』はヒトビト、特に女性たちの欲望に応(こた)えることは出来なかった。

それは、“美しくなりたい”という自己向上の思い。

しばしば“他人よりも”更にそれによって“モテたい”“チヤホヤされたい”という付帯条件がつくその欲望は、もはやヒトビトの自我(エゴ)と一体となっており、その承認や肯定と切り離せない存在となっていたのだ。

 

 

 

 

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