幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
孤立無援の情況。
だが、ラリスキャニアは、諦めない。
「負けない。いや、勝てる。アイドルは、勝つ!」
彼女は、あくまで自分の理想(アイドル)の勝利を信じているのだ。
「この私に、零落した虚像に過ぎない私にすら怯えているようでは、消費社会(よのなか)になんて、到底勝てませんよ。」
だが、呪文の竜は更に広がり、地下アイドルを押し潰さんとしていたのだ!
「ぐっ……」
そこへ、左腕(まじょ)は畳み掛ける。
「怖いでしょう怖いでしょう」
「こ、怖くなんてあるもんか!」
「足が震えていますよ。いくら抗呪繊維のマントで身体を覆ったところで、その震えは隠せません」
左手(まじょ)のドクロがニヤリと笑う。
どんどん大きくなる影に、追い詰められていくラリスキャニア。
彼女は、このまま押し負けてしまうのか!?
雄々しく立ち上がったはずの吸血鬼アイドルは、吹雪のような左腕(まじょ)の威圧に圧され、竜に捧げられた乙女のように怯(ひる)んでいた。
そこで頃合い良しと見た罪の竜(ディスペータ)は、トドメの一言を投げかけた。
「みんな負けるのです。強大な力の前に、利用され、消費され、ついには負けて死んでいくしかない。それがこの世界に生きる者の宿命なのです!」
「……ない」
「ん、なんですか?」
ラリスキャニアが振り絞るようにつぶやいた台詞を、悪魔(アキラ)の左腕(めがみ)は、余裕の笑みを持って聞き返す。
「……が……は……った」
「なんですかー?負け惜しみぐらいは聞いてあげますよ。何か言い残したことでも?」
待機時間を与えられた地下アイドルは、そこでマントの下で何かを握りしめ、深呼吸した。
さらに
「ボクはラリスキャニア、ボクはカワイイ、ボクは最高、ラリスキャニアちゃん様は頂点に挑戦し続けるアイドル・・・!」
小声で宣名し、自己強化。
そして、巻き起こった風で涼んでいるドクロ顔の腕(ディスペータ)に、今度こそ全力で叫んだ。
「だが、あの男は、リーナの父親は、強大な敵に勝った!自分より遥かに強い超越的な相手に!」
「突然何を」
悪魔(アキラ)の左腕(まじょ)が戸惑(とまど)うのも構わず、続けてまくしたてる。
「確かに、あの探索者は夫としては紛れもなくクズだったに違いない。暴力だって振るったし、子どもも虐待していたという確かな情報がある!死んだ後になっても娘たちからも、ボロクソに言われるほどだ。そこに弁護の余地は一片も無い!」
「なら、私の言った通りじゃありませんか。いったい――」
「だが、あの男は、最後の最期に勇気を示した。自分を犠牲にして、仲間を助けた!」
「そんなことは――」
「そうだ。そんなことは何の埋め合わせにもならない。怠け者がいくら後で働いても、それまで怠けた事実が帳消しになるわけじゃないように、悪人がいくら善行を行っても、それまでソイツが悪事で与えた痛みや被害が無くなるわけじゃない」
「なら――」
「だが、その逆もまた真実なんだよ。それまでいくら悪事をなそうが、人を傷つけようが、だからといって最期に行った善行の重みが無くなるわけじゃない!善だろうが悪だろうが、どちらも同じ人の振る舞い、外に現れた行動の形に過ぎないんだからな!」
黙り込んだかと思えば、急に早口でまくしたて始めた地下アイドル。
彼女に圧されだした左腕(めがみ)は、なんとか話の主導権を取り戻そうと質問を投げかけた。
「そんな主張は、加害者を弁護することで気をてらう"逆張り"に過ぎません。善と悪、被害者と加害者の関係性(ちい)は、明確に峻別(しゅんべつ)すべきもの。貴方は、被害者の立場に、全面的に肩入れすべきだとは思わないのですか?」
だが、その反撃を待ち受けていたのは、更なる早口であった。
「思わない。全面的な被害者を正義として奉るべきじゃない。しょせんはコインの裏表。悪も善も、しょせんは人の振る舞いに対する判断、言い換えれば線引きに過ぎない。悪が善を行えば統一感が崩れて一方だけに肩入れしてしまうなら、それは人間にレッテルを張らないと落ち着かないその世界観が間違っているんだ。
人間(ヒト)を属性で弁別するんじゃなく、その行動一つ一つについて、いちいち善悪を判断(ジャッジ)するべきなんだ!それが出来ないなら、そんな粗雑な世界観(おつむ)なんてトントロポロロンズの角(カド)にぶつけて滅びて(こわして)しまえば良い!」
長い。
あまりにも長い説教(じゅもん)が、悪魔(アキラ)の左腕(まじょ)を襲う。
高密度圧縮されたラリスキャニアの長話(ながばなし)は、巨人の投石よろしく飛来し、『罪の竜』(レーレンターク)ごと左腕(ディスペータ)を打ちのめした。
あまりに原始的(あおくさい)そのパワーに、無数の動画窓から構成された『竜』は、ちゅうちゅうと苦痛の鳴き声をあげ、苦しみながら消えてゆく。
だが、魔女(ディスペータ)は、それくらいではまだ倒れない。
単なる情熱(ねつりょう)や正義感(ピュアネス)では、かつての死の女神を倒すことはかなわないのだ。
「結局、何をおっしゃりたいのですか?いくら有名アイドルの身内とはいえ、リーナのお父さんの話なんて、アイドルからずいぶん離れた話題ですが」
そう、冷静になれば、なんてことはない。
単なる勢い任せの反撃など、理詰めで対処すれば、どうということもない。
「いや、お前は、貴方は確かに言ったはずだ」
「何をですか?」
だから、これ以上ここから切り返すされる余地など、あるはずが……
「貴方は言った。『みんな負けるのです。強大な力の前に、利用され、消費され、ついには負けて死んでいくしかない。それがこの世界に生きる者の宿命なのです!』と」
「ええ、言いました。それが何か?あの男はぶざまに敗れ、時間稼ぎのために消費されました。それは、アイドルとはなんの関係もありません。それは、戦場の平凡な些事(さじ)でしかありません」
左腕(めがみ)は、あくまでも傲然とした態度を崩さない。
底辺地下アイドルごときに、己の安泰を崩すことなど出来はしないと、"彼女"が、そう思っていることは明らかであった。
そこへ、ラリスキャニアは切り込む。
「いいや違うな!確かに彼はアイドルじゃない。けれど極めてそれに近い、皆に消費(あい)される存在なんだ!」
「何をまた・・・」
次の瞬間、一つしかない蝋燭の火が大きく揺れた。
困惑する左腕(まじょ)に対してそう発言すると共に、この舞台袖(へや)の主は、相手へ向かって一歩詰め寄ったのだ。
そして、更に動く。
踏み込んだ地下アイドルは、そのまま間髪入れずに触手を伸ばし、消えかけていた動画窓の群れを一気にねじりあげたのだ!
左腕(まじょ)がストール代わりに身体に巻きつけていた動画窓は、無数のノイズの合成音でちゅうちゅうと鳴きわめいたが、お構いなしにその制御権を奪い返す。