幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
突然の暴言に対し、地下アイドルは必死に抵抗する。
「どうして先輩がそんなことをおっしゃるのですか!これまであんなに熱心にご指導くださって…私の夢を応援してくださったではないですか!『ちゃんこ9』の一員として歓迎してくださると言う、あのお言葉は嘘だったと言うのですか!?」
しかし、そのすがるような言葉は反射(ひびく)ような反撃(カウンター)を以(も)って迎え撃たれる。
「嘘ではなかった。だが、それもお主の出自やその理想(ユメ)を知るまでのことよ」
そして、その先輩は逆に問い返す。
「ならば問おうモニ子よ、主はなぜ未(いま)だに『空の民』なのでごわすか?なぜ今も守護天使の加護を、空の御殿(エクリーオベレッカ)を捨て去っておらんのでごわす?お主が憧(あこが)れるネドラドは、とうの昔に加護を捨て去り、鉄願の民としてその二本の足だけで、しっかと大地に立っておったでごわすのに」
「そ、それは…」
口ごもる少女に、更なる追撃の呪文(ひはん)が飛ぶ。
「答えられぬなら、代わりに答えるでごわす。それは『邪視』や『呪文』の強化や加護を手放せぬためか?いや、違うでごわすな。よりによって、外力の活用を理念とするサイバーカラテの使い手にそれは有り得ないでごわす。ならば、答えはただ一つ――れは同じ血を引く民族、すなわち親への未練のためでありましょう!」
「――っ!?」
動揺する名家の子女に、岩肌種(トロル)は更に詰め寄り、
「いくら物理的に家の外へ出ようと!出自を隠し外見を装(よそお)おうと!そして外部に英雄(ほし)を見い出しそれに憧(あこが)れようと!」
更に更に踏み込む。
「親への未練を捨てきれねば、全て無意味!親が嫌いか?嫌なことばかりされるか?進路や結婚を押し付けられたか?その息苦しさなら、分かるでごわす。そんな環境がどれだけ辛(つら)いかも。何しろおいどんもある意味名家の出、それも人体実験を生業(なりわい)としているような家系の人間でごわすからな。おいどんが再生者と成り果てた死因も(りゆう)もまさにそれだったでごわす。だが、だからと言ってその『家』が無ければ生まれてこられなかったことも、そこで多くのものを得たこともまた事実でごわす!そして…そんな親を愛していたことも、な。どんな家に生まれようと、子は親を愛するものであるし、そもそも『杖(かがく)』的にも、なにがしかの愛情(ケア)が無ければ子は決して育たぬことは分かっているでごわす。お主とてそれは否定出来ぬはずだ。先程の遠隔(アストラル)張り手も、触覚系『邪視』を用いたであろう服の中からの念動も、いずれも『道場』の集合知(ノウハウ)だけでは、決して成し得ぬ業(ワザ)であった。あれこそは、お主が受けてきた天恵(めぐみ)の証明。名家の生前贈与(ギフト)そのものであろう。モニ子、お主は知らず振りをしていても、これまでずっとそれに支えられてきたのでごわす。お主は今も、その天与(めぐみ)に、感謝しているのではないのか?」
「先輩…でも、私は…」
「親を否定したいか?地下アイドルとなり歌舞(かぶ)いてその価値観(じょうしき)を否定し、ある種の異獣(かいぶつ)となることで、その育ちと愛着(みれん)を断ち切ったつもりなのでごわすか?ならば聞くでごわす――どうして殺さなかった?」
「え?」
更に奇をてらうかのような、露悪的な質問。
これに、良家の子女は困惑するしかない。
だが、そんな戸惑(とまど)いに構わず、質問者は更に追求を重ねていく。
「もしお主が本当に親を切り捨てられる存在になっていたなら!その保守(じょうしき)的な価値観を顧(かえり)見ぬ怪物に成り果てていたならば…真っ先に親をその手で殺していたはずだ!それが出来なかったということは…未だお主は親の操り人形、家の付属品(どうぐ)に過ぎぬと言うこと!他の誰を殺そうが何を為(な)そうが、それは変わらん!モニ子よ、お主は敗北者なのだ!」
「そんな!どうしてですか!どうしてそんな、酷いことを…!」
あまりの言葉に、抗議が飛ぶ。
その涙ながらの訴えを、迎え撃ったのは意外にも優しい声音だった。
「無論、それはお主のためを思ってのことよ。安定した立場!地位と身分と言う社会からの承認!そして何より安定した余裕ある収入!何もかも不安定な地下アイドル生活では手に入らぬものばかりだ!後輩を思えばこそ、お主にはこんなロクでもない生活を送って欲しくないのでごわす!夢を追う生活は、見かけよりずっと過酷なもの。戻れるなら、そして戻りたいなら、“まっとう”な道へと戻り家へと帰るのが、お主のためだと思うのでごわす!それに、第五階層(ここ)ならまだしも、他では親は不死身ではないでごわす。“孝行のしたい時分に親はなし”と言う『猫の国(いかい)』の名言(ことわざ)は真実なのでごわすよ。それがたとえ社会的体面や組織体(イエ)の利害、あるいは身勝手な我執(エゴ)に由来しようと――愛してくれる親がまだ居るのであれば、迷わずその下(もと)へ還(かえ)る。それが、まだ生きているお主にとっての、"真の最適解"なのでごわすよ」
投げかけられるのは、あくまで温かいまなざし。
だが、それはかえってその投げかけの対象に痛苦(つらさ)を感じさせるものであった。