幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
それは、間に合わなかった。
「ぐ、ぐわぁ!」
そのとき、もの凄い速さでラリスキャニアに襲いかかるモノが現れたのだ!
見れば、それは宙に浮かぶ『アルバム』から生えた、漆黒の…
「バ、バカな…触手だと!?」
そう、それは影の触手であった。
触手使いラリスキャニア、自分の得意技にまさかの敗北である。
「これは…!」
不味い、と一歩を踏み出そうとした彼女であったが、残念ながらそれも遅かった。
その始動に先んじて、『左手』が、その身を、つまり手を軽く振ったのだ。
その瞬間、闇が爆発した。
瞬く間にアルバムから出現した大量の触手が、地下アイドルを包み込んだのだ。
当然、それらは単なるこけおどしではあり得ない…!
「力が…抜ける…」
【生命吸収】の呪術。
これもまた、ラリスキャニアの、吸血鬼の得意とする技である。
がんじ搦めに縛り上げられながら、触手に生気を吸収された彼女は、薄れゆく意識のなかで、けれど確かに感じていた。
吸い上げられた血液と呪力が、触手を通って氷の槍に吸い上げられるのを。
そして、その槍が変形し、まるで、花のように変化してゆくのを。
そう、槍は咲いていた。
氷で出来た紅い薔薇が。
まなざしと槍と本が接続したシステムが、華という成果をもたらし、それがついでにラリスキャニアを餌としているのだ。
意識が朦朧とし始めた地下アイドルの頭の上を、断片的な言葉が飛んでいく。
「起源座標(ポジションゼロ)……アキラ様…」
遠のく意識。
なんとか保とうとするが、話が頭に入ってこない。
「しゅせっかという保険が…おバカさんのスーリウム…挿し木の生贄……」
文脈が把握できない意味不明な語句が、子守唄のように響く。
覚醒が保てず、足元すらおぼつかない。
まるで、底なし沼に落ちたかのように。
あるいは、嵐で夜の海に投げ出されたかのように。
意識が、明滅する。
時折りぼやける知覚のなかで、ときれとぎれに意味深な単語ばかりが水面の泡のように浮かんでは消え、また浮かび上がっては、まとまりをなすことなくラリスキャニアを翻弄していく。
なめらかに淀みなく発されるそれは、まるで見知らぬ言語の歌のよう。
異言語の歌と異なるのは、月の図書館(イルディアンサ)による翻訳が働かないことだけだ。
膝をつく地下アイドルの頭の上を、断片的な語句だけが飛び交い、意味不明な記述が、解説もなしになんらかの体系的な構造を構築していく。
いまや、舞台の文脈は完全にラリスキャニアを置き去りにしつつあった。
だが、彼女は、それをただ呆然と眺めることしか出来ない。
「美醜…異界神(パラサイト)の汚染…美…生命の一側面…過ぎな…」
なんとかしなければ!
あせればあせるほど、身体は重くなり、意識は薄れていく。
まるで、胸の内に水が溜まっていくかのようだ。
それは、侵食する絶望の海。
ひたひたと満ち、静かに全てを呑み込んでいく。
(これが…神話の舞台に乱入しようとした報いなのか…?)
その問いに、答えは返らない。
返すまでもない、それが万人が知るべき共通認識であるかのように。
『悪魔』(アキラ)触手のうめき声が、BGMのように舞台に低く響く。
意識を流れ漂流するその言葉の群れの中をただよい
波間を漂う難破した船員のように、元"座長"は、意識を喪っていく。
(落ちる…いや、沈む、どこまでも沈んでいく…)
失われゆく意識の中、ただ『赤』だけが強く印象に残っていた。
血を吸う薔薇の、活き活きと色づく『赤』
その鮮やかさだけが。
*
どこまでも堕ちていく闇。
終わりのない奈落。
そんな中で、ほんのわずかだけ。
かすかな光が、見えた気がした。
*