幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
「こ、これは…」
状況を把握出来ず動揺する地下アイドルをよそに、突然の変化は更に続く。
強風が、カーテンを揺らしたのだ。
窓は固く閉じられていたはずなのに。
そしてカーテンは、その風に耐えられなかった。
見えないところで傷でも入っていたのか、一瞬で破れ、引き裂かれてしまったのだ。
後に残るは、完全に解放された窓ばかり。
一瞬で、全てが赤く染まった。
それはまるで、それまでさえぎられていたのが難破船に空いた穴だったかのようであった。
窓の外が、一気に侵食してきたのだ。
そこには…破滅があった。
それは恐怖の園であり、暗黒の神話だった。
それは、たった二人、いや、一人とその付属物のためだけに作られた世界。
そしてそれは、言うなれば、ラリスキャニアにとって何より最悪な環境であった。
なぜならそこは…アイドルが誕生する余地が全くない舞台だったのだ。
空は赤く、全てを血に染め上げ、
生命を拒絶するかのように真っ白な大地には、傷つき燃え上がるヒトビトが、苦しみながらさまよっている。
その全てを貫く槍は、巨大な黒い柱であり、漆黒の花弁を広げていた。
そしてそれは大きく根を広げ、地中から何か、ヒトビトの生気のようなものを吸い上げ続けていたのだ。
それこそは、『菊花完結小世界』(デイジーワールド)
壮大で暴力的にも見えるが、それは無情で過酷な闘争の…いや、搾取の世界だ。
ただ一人のための承認しか存在しない閉鎖系の環境。
弱き者はすべて敗北し、養分になるしかない力の秩序。
たとえば、ただ一人しかファンがいないアイドルは、果たしてアイドルか?
いや、それは間違いなくアイドルであることだろう。
若葉を生やした種が、やがて大樹へと成長するように、夢を抱くアイドルにとって、一人だけのファンは始まりに過ぎない。
たとえ、急な豪雨や日照りでその成長の芽をつまれることがあるにしても…それでも、そこに大きく発展する可能性があることだけは、誰にも否定は出来ないはずだ。
だが、アレは違う。
天を掴まんとする五本の指。
アレが必要とするのは、ただ一人の英雄だけであり、それ以外のすべてを拒絶している。
いや、むしろ自分以外の何一つとして必要としないのだ。
あの『花』が構築する関係は、そそり立つ断絶にほかならない。
それは確かに美しい。
けれど、その『愛の巣』を支える『花』からは、死臭が漂っている。
シナモリアキラの故郷であり、うずめの名の引用元であるという『猫の国』
その学び舎では、校庭に、わざわざ毎年散る花樹を植えるのだという。
おそらくそれは、終わる学業の日々を、盛りを迎えて散る花をになぞらえる模倣(アナロジー)呪術なのだろう。
別れを迎える日を『花』とすることで、それまでの集約たる成果が、美しくあるように働きかけるのだ。
そして、その別れはまた新たな年が来るたびに何度でも訪れる。
幾度となく『最高の別れ』という『花』を迎え、幾度でもその中身(せいと)に最高の成果を放たせる。
それこそが、『学校』という『使い魔』呪術のあるべき姿なのだから。
つい先程までは、たしかにここで舞っていたのは、その薄紅色の花びらだった。
そのはずなのだが……
けれど、アレはその真逆のモノだ。
本体をのっとる寄生体。
制御を受け付けない道具。
身体全体を逆につかって自分だけを慰める左腕。
境界(かきね)を超える『魔女』の中でも、最強格にして最悪の存在形態。
アレに比べれば、実子を自らの道具としてしか見ていない『舞台父母』(ステージ・ペアレント)など、かわいいモノだ。
今、地下アイドルの前に立ちはだかっていたのは、そんな最悪の場所(はは)であった。
自分とは決して相容れることのない世界。
己を完全に拒絶する場所。
その、確かな臨場に抗うように、かつて“興行主”だった少女は叫んだ。
「彼女は、もういないんだ!
死んだ、殺されたんだ!」
即座に、静かな声で反論が返る。
「彼女は。ここの支配者だ。
いなくなるはずがない。
なぜなら、彼女こそは…この場所、そのものだからだ」
まるで、外の光に反応したかのように、その気配は現れた。
がらくたの山に埋もれたテレビが、ひとりでに映り、その光が照らし出す。
青い線のようなものを。
そしてそれが、ひとりでにまとまり、一つの形を成していくのだ。
まるで、先程ラリスキャニアが作り出した線の触手人形のように。
何かが来る。
その予感は、死のように確かに思えた。
あるいは、光に対する影のように。
それは侵略者。
それは、支配者。
それは、システム。
それは、最小にして最も近代的な伝統。
それは、人の世が続く限り、決して絶えることがない流れ。
その意図(いと)は、最初からどうしようもなくラリスキャニアに絡みついていたのだ。
なぜならそれは、技(アート)そのものであり、『美しさ』の理想(モデル)そのものだったから。
劣等生は、教師の影響から離れられない。
それは巨大な暗黒穴(ブラック・ホール)のように、抗いようもなく引きつけられてしまう。
まるで、熱烈な片思いのように。
あるいは、親鳥の後ろについていくしか無いヒナのように。
それは確実に訪れる。
否応もなく、容赦も配慮もなく、もちろん遠慮など微塵(みじん)もない姿で。
そう、ここへ『降りたつ』のだ。
『非人間的』としか言いようがないような、そんな、殺伐とした雰囲気を纏った何かが。
ここへ、
来る。
そうして、『彼女』は、再び降り立った。
舞台ですらない楽屋の隅、がらくた置き場の偽舞台、すなわち、自身の名を冠した場所に。
この第五階層の悪夢に溶け込んだ、学園異界都市ラクルラールに。