幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
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そのリズムは、耳に心地良かった。
たとえそれが、一瞬前まで廃墟がきしむ雑音だったとしても、規則正しく大地を刻むその靴音は、確かに美しい“音の秩序”を形成していたのだ。
その秩序ある律動(ビート)も、やがて止まる。
だが、美は失われることは無かった。
秩序を形成していた二本の脚は、いまだに健在だったからだ。
まずは、事務的でありながら上質さと気品を感じさせる漆黒のブーツ。
現代美術を思わせるしなやかな曲線はそこからゆるやかに伸び上がり、『均整』という概念に、視覚的な根拠を与えていた。
もちろん、そこで終わるはずがない。
足音が響き、脚が『均整』を保つのなら、残りの部分も完全であろうことは保証されたようなものだ。
それはなにも、シックでありながら明らかな高級感を漂わせるアイボリーのスーツや、それを誇らしげに支える無駄のない身体(ボディ)だけではない。
真に重要なのは、最も目立ち高等な機能を有する部位(パーツ)である。
すなわち、顔。
その美しき輪郭は、ただそこに在るだけで知性と上品さを予感させている。
ラリスキャニアは、その美しき教師へ顔を向けた。
いや、向けざるを得なかったのだ。
なぜなら、廃教室の反対側には、恐ろしい校庭が、あの“魔女の花”が今も誇らしげに咲いているのだから。
おぞましい烈日にさらされたくなければ、たとえ寒風でもそちらの方を向くしかない。
苦渋の選択。
だが、誰が言い切れよう。
あの烈日より、寒風の方が恐ろしくないなどと。
そもそも、この第五階層をあそこまでの悪夢劇に叩き込んだのは、この学園の主ではなかったか?
そして、敗北から復活した彼女が以前と同じだと、一体誰が決めたのだ?
確かに今、ラリスキャニアは『左腕の魔女』(ディスペータ)に悪夢の中へと監禁され、生命力を吸い上げられている。
けれど、まずその悪夢をまず初めに形成したのは、果たして一体誰だったのか?
『六王内戦』で疲弊していた第五階層を,更なる混迷に叩きこんだ侵略者は?
地下アイドルには、その答えを明言することが出来ない。
しかし、目前で確固とした存在感を放つ魔女教師を観れば、正答は誰の目にも明らかであった。
これほどの恐怖と美しさを感じさせる存在が、只者であるわけがない。
そしてその中でも、魔女教師の唇は、ひときわ美しかった。
その艶(あで)やかさは、まるで永遠に枯れることなき造花(プリザーヴド・フラワー)のようだ。
美とは『均整』であり、『秩序』であり、すなわち『正しさ』である。
それは、彼女の学園が滅び、その権威が文字通り地の底にまで落ち込んだとしても、変わることのない真理である。
だから、美から発される言葉は、放たれる前からその『正当性』が保証されていた。
その美しき造花がほころぶとき、春は訪れ、秩序と体制は確かな姿をもって君臨する。
そして人々を愛の名のもとに管理し、支配するのだ。
まるで、地下アイドルがいま背にしたばかりの、烈日の魔女触手のように。
そして、教師は語り出した。
それはあくまで力(りき)みのない自然体であり、まるで、昨日ふいに途切れたの話の続きを、いま気軽に再開しようとするようであったのだ。
「では、講義を始めようか」
「こ、講義?」
「そうだ。君たちが先程していた話の続きだよ」
語りとともに、完全にその存在を確立した女教師は、元生徒の前で両手を広げながら、こう続けた。
「『輝き』(クオリア)の有無。要するに、キミたちの論証はそこに行き着く」
「すなわち、『杖』(かがく)の技法だけでは、どうしても観測することが出来ない情報
あるいは、『魅力』と言い切ってしまっても構わないだろう。
さて、ここで問題なのは、例として挙(あ)げられた二人の人物に、それがあるか否か、だ。
『メイファーラ・リト』と『瓦楽天(がらくてん)コズエ』
そちらの君は、二人にそれがある、あるいは、少なくともこれから得ることが出来ると、そう主張している。
この理解で良いか?」
ラリスキャニアはうなずいた。
それを見て、無機質な女教師も静かにうなずくと、別の方角へ向けて手を伸ばした。
その繊手も美しく、しかしそれはまるで、現代美術のごとき鋼で出来ていた。
どこか工業機械を思わせるその五指は、なめらかに人を指す。
「そして、そちらは逆にそれを否定し、二人には『輝き』など無い、とそう主張するわけだ」
その指の先にいるのは、もちろん『本体』と名乗ったもうひとりのラリスキャニアである。
「二人のアイドルの資質を判定する議論、そして、それを論じる■■■■、いやラリスキャニアも二人いる、か。
まあ、夜の民なら分身など、たいして驚くことでもない。
では、講義を始めようか」
「こ、講義?」
「そうだ。先程まで君たちが話していた、その続きだよ」
そして、唐突な発言に驚く地下アイドルを置き去りにしながらも、彼女の講義は始まったのであった。