幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
策略家気取りの少女は、学んでおくべきだったのかもしれない。
この第五階層において全ての二項対立は、新たなる第三勢力によって、ことごとく打ち消されてきたことを。
それはなにも、一つの始まりとなった機械女王やシナモリアキラだけの特権ではない。
六王、死の女神、アルト・イヴニル、そしてティリビナ人。
ここでは、古い勢力が打ち破られ、新しい支配勢力や対立構図が成立する…と思う間もなく、すぐさま更なる新勢力が、華々しく新しい開戦事由と戦力をひっさげて現れるのだ。
まるでここは、巨大なコマ遊びの台のようだ。
次から次へと新鮮な人員と斬新な刺激がもたらされるこの階層は、それは娯楽(エンタメ)としては、素晴らしいものなのかもしれない。
その魅力(ミーム)は、観客を絶対に飽きさせないだろうし、実際に調査(サーチ)で、そんな声も多く耳にしている。
だが、ラリスキャニアは観客ではない。
彼女は、役者(アイドル)である。
そうやすやすと台(ぶたい)から弾き出されては、たまらないし、それがいくら刺激的な展開(ショウ)だとしても新しいコマ/アイドルの前座で終わりたくはない。
たとえ、これまでの舞台で端役しかつかむことが出来なかったとしても、スポットライトの中心をあきらめたことは、一度も無い。
けれど、その思いが…不屈の向上心であったはずのラリスキャニアの執念が、いつしか、ただの嫉妬と妄想へとすり替わっていてしまっていた…本当に、そうなのだろうか?
『義憤』の名の下に己が劣等感を発散し、御都合主義な情報選別(チェリー・ピッキング)によって、自分のためだけの歪んだ視界(フィルター・バブル)に閉じこもる。
世界の全てを、自分が君臨するための道具立てに変えてしまい、
己を、一点の曇(くも)りもない無謬(むびゅう)の『善』とするために、立ち向かう強大な『悪』を必要とする。
世間知らずな自分でも、ソレについては、十分に知っているつもりだった。
それは、地下アイドル迷宮の外、『上下』の争いに付き物の振る舞いであり、ヒトビトが示す異郷の行動(アクション)である、と。
だからそれは、自分には関係ない、遠巻きにして観察したり……あたかも、アリの行列のように、見下ろして研究することだって可能な他人事(よそごと)なのだ、と。
ラリスキャニアは、今の今まで、ずっとそう思っていたのだ…。
だが、そうではなかったのかもしれない。
自分だけは、違うと思っていた。
自分のことだから、そうではないと思い込みたかった。
だって、自分にはアイドルへの『愛』があるから、だから他人(ヒト)とは違うのだと、そう、そう、思いたかったのだ!
けれど…さっきまでの自分には『愛』は本当にあったのだろうか?
傲慢で自己中心的で、そのくせしゃべる内容は全て他者からの受け売りや悪意によって歪んだ偏見……
これでは、まるでーー『小鬼』ではないか。
自分はそんなにも矮小(わいしょう)な、小さく虚しい存在に過ぎなかったのか?
説かれた解釈が、地下アイドルを打ちのめし、その自尊心を傷つける。
命より大事な、その自己イメージを。
もはや、ラリスキャニアには、何も無い。
帰属する故郷も地位も名誉も、そして最後に残された誇りや自己愛さえも…全て全て、打ち砕かれてしまったのだ。
落ち込むラリスキャニアの脳裏に、『尊敬』(レヴェランス)という言葉(ワード)が、警句のように浮かび上がってきた。
六王のひとり、古代ガロアンディアンの君主であるアルト王は、常に『鉄願の民』の姿に変身していたと言い伝えられいる。
彼は、身分が低いネズミのような平民や召使いにすら、礼節を以って接したという。
それはつまり、最強にして至尊の竜にさえ、欠けている部分、なりたいものがあったということだ。
皆に愛されるために、支配をするためにふさわしい姿になるために、あえて『自然』な姿を歪め、武装(きょうふ)を捨てた歓迎の姿勢を皆に示す
ラリスキャニア流に言うなら、それはまさに……
シナモリアキラにだって、確かにそれはあった。
他者への敬意、自分と比較して卑小かもしれない相手を尊重する思い。
関係性の中で自己を確立すると同時に、自己を誇示する中で他者の実力と努力を評価し、また承認するその姿勢…きっとそれこそが、偉大なる王者(アイドル)、星(スター)の『輝き』の源なのだろう。
外と中は、表裏一体なのだ。
逆に言えば、それに失敗した者は、必ずや居場所(ステージ)を失う。
例えば、かつてサークラの姫だった授かり骸骨女が、そうだったように…
今の自分は、それに瓜二つだ。
こんな身勝手な有り様では、自分はやはり、シナモリアキラなんかではないのだろう
そして、そのライバルたる資格なども…当然、あるわけがないのだ
頭がくらくらする。