幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

65 / 272
第65話(53~54の途中まで)

絶望感に襲われる地下アイドル、その脳内には、無数の幻影が入れ替わり立ち替わり現れる。

異形の忠犬を友に得た王子ヴァージル、幽鬼ミシャルヒの悪友として有名な自由の公子パーン、そして、カーティス…

 

「アイドルの条件…」

 

そのほか、六王もそうでない者も、その全てが演舞のように踊り狂い、あらゆる存在が愚かな陰謀論者を否定しているかのようだった。

 

今にも、倒れ込みそうだ。

だが一体、悪夢の中から、それ以上どこへ逃げ込めば良いというのだろうか?

 

思い悩み、足元すら定まらなくなるラリスキャニア。

 

ふらふらとよろめく、不安定な身体には、軽快に踊っていたかつての面影はまるでない。

 

と、そこへ投げかけられた言葉があった。

 

「怖いのだろう?

私は、その恐怖を肯定しよう」

 

その言葉を投げかけてきたのは、あまりにも意外な相手だった。

 

その声は、あたかも天啓のように、あるいは、忍び寄る蛇の擦過音(さっかおん)のように。

闇の中に、響き渡った。

 

 

暗黒の中で糸が巻かれ、新たな手駒が用意されつつある。

変わることなく燃え続けていた、校庭の炎、永劫停止の煉獄の灯火だけが、それを照らし出していた。

まるで、終わることの無い怒りと絶望を再確認しているかのように…。

 

 

 

 

「さあ、大人しく私に従うが良い。

『ラクルラールゼミに入れば何もかも大丈夫!』

人生に勝つのは、戦法(メソッド)、組織構築(システム・メーキング)が優れている方に決まっている。

『妄想(ユメ)を捨て、現実に目覚めろ!』

正しい選択をして、己が手で勝利を掴むのだ。」

 

女教師は、印象的なキャッチコピーを織り交ぜながら『指令』を降(くだ)す。

 

そうしたキャッチコピーは、そのどれもが、どこかで聞いたことがあるようなものであり、その全てが、ラクルラールの名声、そしてなによりもその存在自体を、より強固に呼び起こす決まり文句(ワード)だった。

 

そして、それらの言葉は、元“興行主”の頭脳を激しく揺さぶるショーであり、『陰謀論者』の認識と世界観(いんぼう)を大きく書き換えることを意図した命令(コマンド)でもあったのだ。

 

地下アイドルは、勘違いしていた。

ラクルラールが司るのは、過去ではなく未来、いや、将来と呼ぶべきもの。

その力の性質は、暗黒の将来の予想へと思考を誘導し、結びつけるものだったのだ。

 

教育計画、将来へと続く『約束された成功』へのレール。

アイドル以外には何の関心もないラリスキャニアであっても、そうした呪文(プログラム)から逃れることなど、出来はしない。

 

いやむしろ、そういった人物だからこそ逃れられない、と言うべきだろう。

 

「これは…後催眠暗示…か?」

「いいや、違う。

もっとありふれた、つまらんものだ」

 

そう、それは本当にありふれた、酸素のように当たり前の手法(テクニック)だった。

 

その正体は…広告(コマーシャル)、その再演である。

 

たかが広告(CM)と、あなどってはいけない。

 

CMとは、古代から存在する商業用の呪術である。

その発祥(はっしょう)は、多くの宗教、多様な文化が共存していたとされる古代ガロアンディアン以前にさかのぼることが出来るとされ、長い年月にわたって受け継がれ続けてきた。

 

それは、小さな共同体の集会場(アゴラ)や都市国家の法廷(コート)の時代から、ヒト同士の武器を用いない争いで鍛え上げられ続けたもの、すなわち政治戦に由来を持つ、伝統的な『呪文』技術(テクノロジー)なのである。

 

ヒトは選択に迷ったとき、多くの場合、決断を己が記憶にゆだねる。

 

すなわち、よりなじみがある方、以前の選択など、より記憶に残っている方を選ぶのだ。

故郷に似た風景、生育した文化圏の文物、母の味、同じ民族や同窓生が経営する企業、以前バーゲンで得をした商店の利用…

 

記憶とは、あたかも染みついた香水のようだ。

あるいは、砂地に転がした泥団子の傷(きろく)と言っても良いかもしれない。

地に接すれば、地によって必ず傷つけられ、息をすれば、取り込んだ酸素によって身体は必ず酸化していく。

 

何ものからも自由な、『無垢なる精神』(イノセンス)など、存在しない。

 

目には見えずとも、常に天から降り注ぐ放射線や電磁波のように、無自覚に肌を押す大気の変動(かぜ)のように、重力のように、あるいは、やがて全てを錆びつかせる酸素のように。

 

全てのものは、その生きてきた軌跡に応じた、無数の存在につけられた傷(きおく)を持つ。

 

そのことからは、誰も逃れられはしない。

運命竜の爪には、誰も敵(かな)わないのだ。

 

……しかしならば、人工的にその影響を再現することが出来れば、あらゆる生物、全てのヒトを操る力を手に出来るのではないか?

 

それこそが、広告である。

ラクルラールは、『上』における教育業界の権威として撃ち出した無数の広告に、あらかじめ自己を強く印象づける呪文(キャッチコピー)を仕込んでいた。

 

そこまでは、ごくごく一般的な手法に過ぎない。

 

それだけでは、ゼオーティアの民を操ることは不可能である。

彼女たちは、基本教育として洗脳対策を習っているため、そう簡単に他者に操られることはない。

 

ーーだが、そこに例外もある。

 

そう、ラクルラールは、そこへ更なる工夫を仕込み、己が印象、己が精神(いと)を映し出したさまざまな表徴(サイン)を、あらゆる機会を通じ全ての視聴者に刷り込んでいたのだ。

 

それはあたかも、巣を張る蜘蛛のように。

 

見ると、女教師は、指揮者のような身振りを始めていた。

 

演説には、身振り手振りはつきものだ。

視線の誘導、印象の強化、非言語的なメッセージが演説の内容を強化し、演者の思うがままに聴衆を操作し支配するのだ。

 

ラクルラールの広告に含まれていたのも、そうした組み合わせ(コンビネーション)

すなわち、条件付けであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。