幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
それでも、支配対象との間に入る部下、下士官や中間管理職にあたる誰かが居てくれれば、話は違ったかもしれない。
必要なのは、羊たちと羊飼いの間に入り、主人の代わりに警告を振り撒く…いわば『牧羊犬』のような存在だ。
あるいは、対象が一つのネットワークあるいはコミュニティだと定義するなら、あらかじめその模範的な人物像(モデル)を用意しておくという手もある。
もちろん、それはあくまで『理想像』である。
理想がいくら"キリッ"としていても、集団全体がそうなるとは限らない。
けれど、それでも統制のために役立てるには十分だ。
扱われる集団、『ニンゲン』の群れがいかに混沌を秘めたブラックボックスであったとしても、それが一つの基準を『軸』として反応しているのであれば、十分に制御は可能なのである。
しかし……にも関わらず、ここにはそれが居なかった。
支配者と民衆の媒介となる人材が、ラクルラールには欠けていたのだ。
巷(ちまた)では、『潤滑油』を自称する人物が揶揄(やゆ)されるようになって久しいが、強大な組織力を動かすには、やはりどうあってもそういった人物が必要なものだ。
もちろん、その実態は『潤滑油』というような気楽な物質ではない。
どちらかと言えば、『緩衝材』である。
それは、上司に押しつぶされ部下からは突き上げられる、組織の歯車(ギア)かクランクシャフトのような、ヘビーな役割(ポジション)
しかも責任は権力に比して過大でありながら、関係者から苦労がねぎらわれることは少ない過酷(ブラック)な職務(ミッション)である。
けれども、報われないからといって、それが不必要だということでは断じてない。
特に、この女将軍のような、高い能力と人心への無理解を併せ持つような『上司』には…
そして、文字通り組織人のカタチを持たず、集団行動のためには外部からの『規定』(ていぎ)と『教練』(どうきづけ)を必要とするような『部下』には……
そう、こんな両者の間にこそ、そうした『間』に挟まる存在が、絶対に必要なのである。
『上司』と『部下』、上下の『理解者』となり、『上』の野望を『皆が誇れる理想』として翻訳・周知し、『下』の不満(エゴ)を解決すべき『課題』(クエスト)として『上』に汲み上げる。
そしてなにより、通常互いに理解し合えない両者が、より歩み寄れるような仲介を行う。
バラバラな上下をつなぎ合わせるには、そんな媒介者となる、いわば霊媒(インターフェイス)が、どうしたって不可欠なのだ。
…いや、不可欠だったのだ。
しかしやはり…そんな都合のいい『救世主』(ヒーロー)は、ここには居なかった。
不可欠なる存在の、決定的な不在。
それはあるいは、この孤独な暴君を生み出すことになった、致命的な『損傷』だったのかもしれなかった。
それを意識してなのかどうか、女将軍は迷わず進撃する。
己が野望を胸に燃やし、遥かな先を強くにらみつけるのだ。
言うまでもなく、そのまなざしの先は常にただ一つーー憎き憎き宿敵の方角だ。
そして、ラクルラールは、高らかに宣言した。
それは、もう幾度目になるのか、彼女自身も覚えてはいないほど繰り返された、宣戦布告であった。
「この地下アイドル迷宮は、もはやお前の支配下にはない。
もはや、そうなることは、決して無いのだ。
ここは既に、裏切りの娘神として覚醒した『ラプンシエル』の聖地、すなわち、彼女が治める地だ。
母親の財産と権威は、やがて娘へと受け継がれるもの。
そして、娘は、子供はやがて母を裏切るものだ!
あるいは友情のため、またあるいは恋人のため、娘は母の宝を盗み、母の支配下から抜け出していく。
更に言えば、ここに強く紐付けられた女性像は、かの『アンティゴネー』だ!
オイディプスの娘であり、家族の義務を率先して代行せんとする彼女は、もはやただの娘、『イエ』の従属物ではない。
埋葬の主宰! 『息子』の庇護!権利の請求!
それは、まさしく家長の役割だ!
そして彼女は、死を超え、母体とは異なる存在として『個』を確立させる!
それが死の母から宝を盗む者であり、盗まれた宝そのものでもあるのだ!
それこそが、『ラプンシエル』
ラプンツェル・ペトロシネッラ・ヘルズラダー!
冥界より芽吹く緑、塔の上に君臨する姫君の真の力なのだ!
私は、このラクルラールは!それを利用してやる!」
長大な台詞、芝居がかった振る舞いは、そのまま演劇を意識した呪術であり、最大限に増強された『宣名』でもあった。
過去の断片を利用した『呪文』には、敵対対象の持つ『弱み』が織り込まれ、相手の敗北を約束されたものとして、この『場』の文脈に組み込まれていく。
これはいわば、手間をかけた『弱体化』と『自己強化』であった。