幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
そして、ごく自然にそんな絶技を行う彼女の姿は、まさに教室で手本を見せる女教師のようであった。
ラクルラールは、決してディスペータに力負けしたわけではない。
彼女は、呪力(ちから)を温存していたのだ。
背景で行われていた駆け引きでわざと退いて相手の力を受け流し、本命の勝負、得意とする身体操作によるカウンターに全てを賭ける。
これぞ、『呪的発勁』!
シナモリアキラが、一度女神を退けた実績のある業(わざ)である。
ただし、この場において『彼』は、未(いま)だ女神触手(ディスペータ)の支配下にある。つまり、実質的に稼働不能である。
しかしにも関わらず、この技量は、あるいはその『彼』をも上回るかに思えるほどの高みにあった。
シナモリアキラ自身、システム補助(サイバーカラテ道場)抜きでも、長年にわたって身体に染みついた業を振るうことが出来る、とされているが、女教師のコレもおそらくその域に達しているだろう。
いつどこで身につけたかはともかく、それは驚嘆すべき“偉業”であった。
しかも、この『呪的発勁』は、使用者が『陰』の気に親和性が高いほど、その効果が上がる業である。
そして今回、これを用いたのは『陰』属性のひとつの極みである『魔女』
つまり、条件が整った以上、あるいはその威力は、本家カーインにすら匹敵するかもしれないのだ!
かくして、魔弾は跳ね返された。
どこへ?
それは言うまでもないだろう。
高速で逃げ帰る魔弾が向かうのは,もちろん、その射手のもとなどではない。
向かうはひとつ、宿敵のもと。
魔弾は、まるで母を求める幼子のように、空気との間にカン高い擦過音(さっかおん)を上げながら、突撃していく。
ラクルラールは、それを見ながら勝利を確信したに違いない。
なにしろ、先ほど彼女が行ったサイバーカラテ(またはカーイン)の絶技は、あくまで人体を想定した業である。
人面樹と化し、更に肝心のシナモリアキラ(サイバーカラテ)を自ら封じ込めてしまったディスペータには、到底実行不可能なのだ。
仮に、人面樹(ディスペータ)にラクルラールと同等の技量があり、それを以(も)って無理矢理にあの業を再演しようとしたところで…サイバーカラテユーザーが少ない『街路樹の民』(ティリビナ)系のボディーでは、その効果が低減するのは、絶対に避けられない。
このままいけば、魔弾の直撃はまず防げないのだ。
では、これで勝敗は決したのか、と言えば……その決断を下すのは、やはりまだ早すぎると言わざるを得ないだろう。
なぜなら、それを見送る女教師の口元が歪み、その笑みが深まった丁度その瞬間、守勢に回った人面樹(ディスペータ)の笑みも、また大きく深まったのだから。
もちろん、それは自暴自棄や自嘲の笑みではない。
こちらも勝利を確信した、闘争の表情である!
その人面樹(ディスペータ)は、いつの間にかその“背”に長大な棒のようなモノを担(かつ)いでいた。
棍術、杖を武器として扱う技法は、僧侶や呪術師の護身術として一般的なものである。
それゆえ、悪魔(シナモリアキラ)の左腕(ディスペータ)たる彼女が、この窮地において、そうした武器術を用いることに不自然はない。
が、この“棒”は、ただの杖ではなかった。
それには、黒い穂先がついていたのである。
しかも、それは針のように細かった。
これでは、杖ではなく『槍』だ。
おまけに、その穂先の反対側、柄尻も妙な型をしていた。
それは折れ曲がり、穂先へと向かっていたのだ。
鎌をくくりつけた『片鎌槍』の一種か?
いや違う。
それにしては、角度があまりに急すぎる。
おまけに、180度折れ曲がったその謎の飾りは、どう見ても石油化合物(プラスチック)で出来ていた。
それは、槍と呼ぶには、あまりに安っぽく身近すぎる質感を放っていた。
軽く、細く、戦場よりも部屋や勉学用の机の上が似合う、そんな形状だった。
つまるところ、それはペンであった。(ディス・イズ・ア・ペン)
悪魔の左手(ディスペータ)は、巨大なペンを、ザルや桶を運ぶための天秤棒のように担(かつ)いでいたのだ。
しかし、ペンは別に書くだけにしか使えないわけではない。
他にも使い道はある。
巨大な左手(ディスペータ)
同じくペン。
そして、指の間にはさむ奇妙な持ち方とくれば…もはや次に何が起きるのか、その答えは語るまでもないだろう。
それは、あらゆる退屈な学生が熟知している手遊び。
親指から小指へ、ときに手の甲まで駆使する小さな周遊旅行。
つまりは…ペン回しである。
悪魔の左手(ディスペータ)の、それが切り札だった。
動き(モーメント)は、こちらも回転。
右へ左へ、左から右へとすさまじい速さで動かされるその『槍』は、それこそ実戦用の武具に匹敵するほど、荒々しく強大なエネルギーをたくわえていったのだ!
もしかしたらこれなら、魔弾に対抗することすら、理論上は可能かもしれない!
けれど、それを見る女教師のコメントは、ひどく冷淡であった。
「…バカめ。間に合わんよ、それでは。」
この時、ほんの一瞬だけ、彼女が口ごもったのは、あるいはこの冷徹な女教師にも、退屈な学生生活を送った過去があったからなのかもしれない。
退屈で孤独で、空(むな)しく味方がいないそんな囚人のような日常にあって、このような手遊びだけが生きるなぐさめだった、そんな日々が。
それとももしかすると…そんな日々を少しでも楽しく過ごすために、そんな遊びを教えてくれた親友や兄弟のような学友が、彼女にも一人くらいはいたのかもしれない。
いずれにせよ、それは遠い過去の話。
もう戻ることもやり直すことも出来ない、薄れゆく記憶の物語である。