幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

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第79話(64~65の途中まで)

糸を、引く。

 

女教師の動作は、全てそのためにあった。

いつしか、彼女の優美な指からは、無数の糸が伸びていたのだ。

 

そして糸の先、ラクルラールの頭上では、空間が波打っていた。

 

それは雨中の池のような無数の波紋。

その正体を、女神触手(ディスペータ)は当然のように看破した。

 

「『亜空間倉庫』(ストレージ)ですか」

 

そう、それは第五階層特有の“現象”だった。

 

誰もが階層の掌握権を分け持つ第五階層では、全ての住人が一定範囲の空間を支配可能である。

 

それを応用したこの技術は、まるで『青い鳥』(ペリュトン)の特技として有名な「心の抽斗」(ひきだし)のように、自己の周囲の空間を一種の倉庫として用いることを可能にするのだ。

 

“ただの倉庫か”などと、侮(あなど)ってはいけない。

これは、紀人になる前のシナモリアキラを、一度は死の間際まで追い詰めた業(ワザ)なのである。

 

倉庫に仕舞える品は、千差万別。

特に、準備と装備によってその強さを増して行く『杖使い』にとって、これほど頼りになる機能は他にはない。

 

そして、秘め隠すこと、神秘が、呪術の威力をより高めることについても、言うまでもない呪世界の常識である。

 

それゆえに、この技術は、『杖』の達人(スペシャリスト)たる『人形使い』ラクルラール

にとって最適であった。

 

ゆえに、波紋より取り出されたのは、当然のように一体の人形であった。

それも、実に不可思議な作り。

 

まず、柔らかい。

人形に対する通俗的なイメージを裏切るように、ぐにゃぐにゃと軟体であり、どうにも捉えどころというものが存在しなかった。

 

更に、その色彩が実に奇妙だ。

人形のボディ全体は透明(クリア)な素材で出来ている。

しかし、にも関わらずその内部には、さまざまな色の液体が流れており、常時好き勝手に流動を続けていたのだ。

 

黄、黒、赤、青。

合わせて四色。

 

ここまで来れば、少しでも医療呪術の知識があれば、その正体を看破(かんぱ)出来ることだろう。

 

そう、これなるは『四液説』すなわち人体内部を説明する学説に対応した人形である。

人形とは、もともと人体の引喩(アリュージョン)であるが、これは特にその性質が強い。

おそらく、本来はそれこそ医療呪術の教材として用いられてきたモノなのだろう。

 

ここまで来て、観察を続けていた女神触手(ディスペータ)は気付いた。

その四液人形には、どこかで見覚えのあるような特徴が付与されているのだ。

 

顔を含めた頭部だけが黒く、髪は長い三つ編みにして、髪留めに天眼石のイミテーションがついている。

つまりそれはーー

 

「ロウ・カーインの人形のつもりなのですか!?それで!?」

 

と、いうことであった。

 

ともかく、カーイン人形は、疾走(はし)った!

四種の体液が、その透明な体内で複雑に混合と分離を繰り返し、彼に呪力を与える!

 

そして、その力は全て模倣先、シナモリアキラの永遠の宿敵(ライバル)の摩訶不思議な技量をなぞって行われるのだ!

 

カーイン人形は、宙を駆け、地を踏み締め、迫り来る魔弾の前に立ちはだかって、必殺の一撃で迎撃をーー

 

ぱん!

 

放つ前に、あっさりとやぶれた。

風船のような外見通り、どうもその耐久性はかなり低かったようだ。

 

痛いような静謐が、あたりをただよう。

 

「えっ?」

 

とっさのことに、ついていけない女神触手(ディスペータ)

 

それに対し、女教師は、

 

「ちっ!」

 

と舌打ち一つ。

それだけで気持ちを切り替え、次なる糸を解き放った!

 

そう、彼女の手札は、まだまだ蓄えられているのだ!

 

そして、薄暗い天井から、流れ星のように糸が降る。

それは、逆さまに大魚を吊り上げようとする試みにも、あるいは天から身投げする魂のようにも見えた。

 

 

ところで、急に話は変わるが、ヨミル・バーンステインという男のことをご存じだろうか?

 

そう、『松明の騎士団』序列十三位だった、そして葬送式典で、あっさりと復活した魔将アインノーラに敗北した、あの彼のことだ。

彼は、総勢一万にも上(のぼ)る人形を操ることが出来た。

 

今回は、情報の把握不足であっさり負けて引き立て役に成り下がったその滑稽さとか、『ペレケテンヌルの祝福者』の軍事運用論については話さない。

 

今は、そんなことはどうでもいい。

 

肝心なのは、彼が一万の人形を自分の『軍勢』として扱っていた、ということだ。

手足でなく、『軍勢』

それはそれで、とある事情で人材不足だった『上』の人事にはウケるアピールだったのだろうし、それなりのメリットもある比喩(メタファー )だったのだろうが…それは結局、彼にとって裏目に出た。

 

ヨミルは、わざわざ人形を『軍勢』、つまり使い手とは別個の“兵士の集団”として定義してしまったのだ。

 

それが、彼の敗北につながった。

『浄界』による分断、続く各個撃破。

 

一万人を同時に一対一で処理出来るアインノーラにとって、彼の『軍勢』は、たやすく倒すことが出来るおもちゃに過ぎなかった。

 

だが、しかし。

もし彼が、一万の人形を兵士ではなく、自身につながる“一万の手足”として定義していたならば……あるいは、話は違っていたのではないだろうか?

 

ヨミルが、人形の心の存在を否定するバーンステイン流をとことん突き詰め、一万の手足をもった“超個体”として自己を定義することに成功していればーー

あるいは、アインノーラの『浄界』による分断を回避し、かの魔将を打倒し得たのではないだろうか?

 

しかし、今回そのたとえは当てはまらない?

ラクルラールが使うのはバーンステイン流ではない。

彼女は、ディルトーワ流の使い手だから、それは関係ないと?

 

確かに、世間ではそう知られている。

だが、誰がそう決めたのか。

 

そう、ディルトーワ流の使い手だからといって、なにも絶対に、バーンステイン流のような人形操りが使えないとは限らないのだ……

 

 

 

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