幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
表紙は白く、文字が少ないのかそのページさえも日を反射する白。
ただそれには、奇妙なところが一つだけ存在した。
何か間違いでもあったのか、ページの一部は黒く塗り潰されているようなのだ。
それはまるで、美しき受付嬢の顔になおも残る、隈(くま)のような不穏さだった。
だが、朗読者はその不穏さに驚かない。
違和感ひとつ、言及することもない。
彼は、ただただ読み続けた。
それが、天から授かった聖典であるかのように、大切に大切に、一言一言をはっきりと発音し、噛みしめるように語っていく。
そんな少年は、あるときふと沈黙すると、窓を見た。
そこには満開の花々が、明るい日差しに照らされて在る。
それに誘われたのか…次に発声されたのは、本には無い言葉だった。
「この器は、僕とすごく相性が良いみたいですね
なるほど、うわべだけの、中身が虚(うつ)ろな美。
すぐ枯れる、人造の花…」
それは、思わず出た言葉のように聞こえた。
「そ、そんなことありません!」
とっさに声をかけてから気づく。
自分は、なんて畏(おそ)れ多いことをしてしまったのか。
青ざめるが、一度出した言葉を戻すわけにもいかない。
わたしは…わたし?
なんだっけ、それは。
とにかく、謝らないといけない。
まず、それが先立つ。
自分が何とかどうとかは、すべてその後だ!
「ご、ごめんなさびゅ!」
…噛んだ。
噛んでしまった。
それも、すごく恥ずかしい噛み方で。
こんなことでは、アイドルどころか、完全にニンゲン失格だ!
MC(語り)は、比較的得意分野なのに、このザマなんて!
死にたい…ハラキリはアイツとカブるから、他の死に方で…駄目だ。
死ネタは、結局全部、他のアイドルとカブる。
新生『SNA333』だけに絞っても、大抵の自殺手段をカバーしているし…そもそも、死の女神ルウテト信仰は、アイドル迷宮の地下カルトでも有力派閥だ。
いくら最近は、新興の女装王子信仰やラプンシエル信仰、コルセスカファンクラブなどに押されているからと言って、無視出来るような文化(カルチャー)ではない。
いまやその勢力は、シナモリアキラ信仰/サイバーカラテ熱狂派と機械女王信仰(禁教の機械解体愛好派含む)を合わせたより少し上、と言ったところに過ぎないが……
それでも、古来からの由緒正しい死女神アイドルを無視することなど、出来るはずがないのだ。
つまり、どうせカブるにしても、それらの既存アイドルイメージを上回らなければならない!
とにかく、まずは練習、練習あるのみだ!
今日の自主練は、あと六時間は滑舌に充(あ)てなければ!
…って、あれ?
「アイドル?
わた、し…いや、『ボク』は、アイドル…
そうだ!アイドルだ!」
気づけば、思わず叫んでいた。
そうか、答えはこんな近くにあったんだなぁ……
『地下アイドル迷宮』『夜の民』『吸血鬼と青い鳥(ペリュトン)のハーフ』『模倣アイドル』『触手』
まだ記憶の全ては思い出せないが、思考の奥底から、言葉が次々と連鎖的に浮かび上がってきた。
分かる。
何もかもが……
感極まって、思いがあふれ出す…!
それは空白だらけのパズルだったが、なんとなく図柄が見える程度の量は集まっている。
これだけあれば、ひとまずは満足出来る。
少女は、確かなものを見い出すことが出来た安心感から、知らずに深く息をついていた。
このセカイは、白く美しく穏やかだが、あまりにも陰が、余白というものが無さ過ぎる。
罪や汚点といった欠落がきっかけだとしても、己の輪郭を取り戻すことが出来たことは、彼女に無量の安心感を与えていた。
「そう、アイドルは世界…世界こそがアイドル…!」
しかし…地下アイドルは、怒涛のように押し寄せる記憶に気を取られ、肝心なことを忘れていた。
それは例えば、眼前の麗人がいかに優しいか、彼を辛抱(しんぼう)強く待たせてしまっているか、といったことである。
「あのー」
「はっ!
すいません!すっかり貴方のことを忘れておりました!
やはりセップク!第五階層のトレンド処刑は、機械女王の前でのハラキリで決まりなのでしょうか!?
姫誘拐とか公開残酷処刑ショーとか、重罪人は、前世の罪でセップク確定ですよね!」
「…いえ、そんなことは無いと思います。
第五階層には、前世の罪を裁く刑法はありませんし、トリシューラ先生…機械女王は、とても冷静でお優しい方です。
貴方が真摯な姿勢を示せば、きっと寛大な配慮をしてくださいますよ。
あと、罪がある人の処刑は、最近では電気椅子になるのではないかと思います。
余計な苦痛を与えない方法ですから。
それより…」
猫耳の少年は…なんと、そこで腰を折り、深く頭を下げた。
「それより、今のは僕のことを心配してくださったのですよね。
こちらこそ、失礼しました。
ここだとなんでも話せるので、ついしゃべり過ぎてしまって。
闇と光の境界が曖昧だからでしょうか?
でもまあ、良いですよね。
だって、ここは夢の中なのですから。
人々が望む全てのキレイな理想も、あらゆるヨゴレた欲望も、ここではみんな混じり合い一つになっている。
まるで、コーヒーに垂らしたミルクのように。
夢は、あらゆる人にとっての魂の解放区です。
この僕でさえ、ここでは大昔に欠けてしまったものを取り戻した気になります」
少年は、ここでちょっと視線をずらし、部屋の隅(すみ)を見た。
そこには、大きな姿見がある。
大きなひび割れの入った、この平和な部屋には似つかわしくない鏡が。
彼は、それに微笑みかけたが…それは、ほんの一瞬のうちに、さっと消えていってしまう。
少年を注視していた少女が、その視線の先を追ったときには…そこには、もう何も残されてはいなかった。
それはあたかも、セカイ全体に拒絶されているかのようであった……