幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
「いいえ、それもまた“前提条件”に過ぎません。
『地上』の『呪文』(ブック)は確かに強力ですが、それならそれで、対立している『地下』や『上』内部の派閥争いを利用すれば、まだ勝ち筋もあります。
現に、『上』の『九英雄』には、『黄金』級と呼ばれる人物が何人もいましたが、皆、大魔将の前に倒れていきました…」
「それでは?」
「ボクが最も認める『歌姫』の素養…それは、運命をも乗りこなす力です。
いっそ“器”と呼んでも良いでしょう。
彼女は、世界を左右する権力闘争(パワー・ゲーム)の暴虐的な『呪文』(ヒストリー)を、その“荒波”をも乗りこなす“器量”があるのです」
そう言って少女が黒板を指差すと、そこに新たな変化が現れた。
それは、災厄だった。
巨大な津波が、どこからともなく現れたのだ。
災厄は、突然襲いかかり、全てを押し流していく。
とはいえその災厄も、別に唐突に発生したわけではない。
よく見れば、その正体は一目瞭然だった。
波は、多くのヒトから出来ていた。
それは、弱いヒトビトだった。
何かを失い苦しむヒト、他人のモノや場所を独り占めしようとするヒト、ただ感情のぶつけどころを求めるヒトなどが、群れを成して暴徒の一群を形成していたのだ。
もはや、その前では楽しかった階段の街も一巻の終わりかと思われた。
だがしかし、そうはならなかった。
その暴虐を阻む者が、現れたのだ。
それは八人の少女たち。
そして、その中でも一際光り輝く一人のアイドルであった。
彼女の耳は左右で異なり、それだけでも飛び抜けて強大な呪力の持ち主であることが分かる。
しかし、いかに優れたアイドルであろうと、あの災厄を押し止めることが出来るのか?
そう、疑問を抱く向きもあるかもしれない。
大丈夫、彼女ならば問題無い。
なぜなら彼女は、ーー『歌姫』は、その災厄を、遥かに超える暴力を従えているからだ。
彼女には、誰より頼りにしている護り手が存在するのである。
今まさに、勇壮な鎧をまとい、雄々しい枝角を誇る騎士が、彼女を護らんと飛び出したところだ。
そして騎士は、ためらうことなく、津波の前に立ちはだかる!
そしてもちろん、『歌姫』本人が、何もしないでただそれを眺(なが)めているわけもない。
騎士が津波を押しとどめ、仲間が空を飛び、コウモリや猫で暴徒を撹乱(かくらん)している間に、彼女は自分の仕事を終えていた。
『歌姫』の仕事とは何かーーそれこそ、まさに語るまでもない話だ。
彼女の歌は、津波を鎮め、
仲間たちに更なる力を与え、
更には不可思議な三叉の槍となって、その手に握られた。
それは、斧と槍、相反する意味を併せ持つ最強の武具だった。
加えて、『歌姫』の、そして彼女の騎士の働きは、それに留まることが無い。
その時、歌でも鎮めきれなかった暴徒の群れは、まだまだ多かった。
その“津波”は、いかなる階段より高く、まるで巨大な触手のようだ。
だが、触手の専門家(スペシャリスト)は、他にいる。
荒れ狂う津波は、確かに強大だった。
だが、『歌姫』の騎士は…その津波より遥かに大きく強かったのだ。
正確に言うと、たった今、大きくなっていた。
騎士は、『歌姫』の呪文を吸収してとてつもない大きさに巨大化したのだ。
その大きさ、推定される呪力量、いずれも津波の暴徒を大きく上回る。
しかも、まだそれで終わりではなかった。
『歌姫』の出番はまだこれからなのだ。
彼女は、勇ましく槍を振りかざすと…なんと、自分の騎士に飛び乗ったのだ!
その下を、かなり遅れた※これは念写動画(イメージえいぞう)です※、という注意書きが流れたが…そんなことはお構いなし。
『歌姫』は、自在に騎士の上を滑走(サーフィン)し、槍をもって切り払い…瞬(またた)く間に、津波を平らげたのであった。
そして、黒板の上に大きく文字が現れ、終幕が告げられる。
これこそが『歌姫』
『地上』にその人と知られる絶対無敵、最強偶像(アイドル)の姿であった。
※
激動の展開が演じられた動画を前に、全てが動きを止めていた。
そして、少女と少年の名前しか流れないエンドロールが流れ、動画が終わった後も…二人は動くことがなかった。
静謐が、その場を満たした。
どちらも言葉を見つけられない、空白の時間。
それを破ったのは、またも少年の方であった。
「貴女は、自ら輝きたいと思うのですよね?」
また、唐突な質問。
突然方向性が変わった質問に、目を白黒させながらも、少女は答える。
「え?は、はい。ボクは…アイドルになりたかったんです。
それが、許されることなのかは分かりませんが、ボクはアイドル迷宮で生きていきたい。
迷宮の外や“新しい時代”というのは、あまりに予想がつかなさ過ぎて…過酷に思えて、恐ろしいのです」
あまりに不甲斐ない返答しか出来ないことを恥じて、少女は、所在なげに、その瞳を窓の外にさまよわせた。
そこには、水晶玉のようにうつろな影が映(うつ)りこんでいる。
それは、外の柔らかな春の光景の反射ーーではなかった。
※
そこに、地獄があった。