幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】   作:鳳卵

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第92話(75~76の途中まで)

ともかく少年は言ったのだ。

終わりのない恐怖と自身への絶望を語り続けた少女に対し、その苦痛を断ち切るかのように、彼はこう告げた

 

「貴女は、アイドルになる以外の人生を考えたことはありませんか?」

 

あるいは、それこそが彼女に必要な一言だったのだろうか。

少年は、つづけて語り始めた。

 

「貴女には、アイドルになる以外の人生もあるのではありませんか?

今まで一度も、それを考えたことは、ないのですか?」

 

「それは、スタッフになるということですか?

あの瓦楽天(がらくてん)コズエーー機械女王トリシューラのように……

直接ライバルと戦い競い合うことなく、自分のアイドル経験を活かして他のアイドルをプロデュースしたり、サポートする側に回るべきだ、と。

ボクは、裏方になったほうが良いとおっしゃるのですか?

限界という、心に固くはまった枷(かせ)を外せないのであれば…いつか、致命的な敗北で硝子(ガラス)のように砕け散ってしまうくらいならーー勝負から、舞台(ステージ)から降りて、他の道を選ぶべきだと?」

 

それは、彼女自身、幾度も考えてきた身の振り方だったのだろう。

その未来予想の語り口は、ひどくなめらかだった。

まるで、練習を積み重ねた戯曲の台詞(セリフ)のように。

 

それに対し、少年はまた静かにうなずいた。

そして、更に問いを投げかける。

 

「自分が舞台に上がらなくても、他人通じてアイドルを作り出す、そのような生き方もあるのではないですか?

先ほど貴女は、アズーリアの名前を出していましたが、彼女のようなアイドルの作詞家(ライター)やマネージャーは、この第五階層には少ないはずです。

ここは、対立(ゲーム)の最前線。

呪文使いたちは、英雄や世界情勢の記述に熱中しているし、管理職(ルーラー)たちは、干戈(かんか)を交える戦闘員ばかりを育成しています。

けれど僕は、貴女にも、そういった人々と互角以上の経験と技術があると確信しています。

貴女には、外でもちゃんと生きていけるだけの力があるのです。

厳しい芸能活動を通じて身につけた情報収集力、そして多くのアイドル関係者との関係性(コネクション)。

それらを活かせば、たとえどれだけ新しい同業者が参入してきても、十分に対応していけるでしょう」

 

「それでも…ボクは、アイドルになりたいんです!」

 

必死に答えを絞り出した少女は、未だ迷いの中にあるようだった。

その表情は、嵐に翻弄(ほんろう)される帆船のように、激しくたわみ、歪んでいる。

複数の意志が、ぶつかり合う相反する希望(のぞみ)が、彼女の中で葛藤を繰り広げているのだ。

 

それを見ても、少年はなおも淡々としていた。

少女が漂流者だとすれば、彼は救急隊員だ。

 

冷静に状況を見極め(トリアージ)し、最も大切なものを守るために最善の一手を打つ。

その有様は、まさに救命浮き輪を投げかけているかのようだった。

 

そして彼は、また更なる問いを投げかける。

 

「もう一度、尋ねさせてください。

貴女にとって、アイドルとは何ですか?」

 

そして更に続けて、

 

「なぜアイドルになりたいのか…貴女は

答えられますか?」

 

とことんまで問い詰め、

 

「…それしかないからですか?」

 

逃げ場を塞(ふさ)ぐ。

 

問われた少女は強く重い悩んでいたため、その口は、まるで湯でられた貝のように固くなっているように見えた。

ーーだが、それでも彼女は、その問いには即答した。

 

「いいえ、いいえ、違います!

ボクがそこで、輝きたいからです!

そこにどんな超越者たちの意図があっても、そこがどれだけの虚偽(ウソ)と欺瞞(ごまかし)で塗り固められた砂上の楼閣(ステージ)でも!

アイドルの居場所(ぶたい)は、いつだって輝く夢の、幸せな輝きのある場所なんです!」

 

興奮しすぎているのか、少女の言葉はもつれ、その返答も、会話の形を成さなくなってきている。

 

だがそれでも、彼女の瞳はそれを補って余りあるほどに雄弁だった。

 

「輝ける方法は、他にもあります」

 

美しいひとは、そんな興奮する少女に対し、小夜曲(セレナーデ)のように優しく語りかけてきた。

 

「トリシューラ先生…機械女王のように、アイドルが着る衣装のデザイナーや舞台の裏方にまわっても良いのです。

ラクルラールは否定したようですが、僕は、それもまた十分に輝く生き方だと思います。

アイドルにならなくても、夢を叶えなくても貴女は幸せになれるのです。

幸せになって、良いのですよ…」

 

それは優しい…けれど夢に呪われた者には、あまりにも残酷な言葉だった。

 

それは、何も言葉を投げかけられた少女にとってだけではない。

 

こちらは語ったときの表情、姿勢のわずかな変化、ぴんと指を突っ張らせた手のひら、そして細かく揺れる猫耳が…何よりも雄弁に示していた。

 

言葉を発した本人、少年自身も、そのことによってまた傷ついているのだ。

 

ふいに少女は閃いた。

あるいはこれこそが、彼が本来出来ないことなのかもしれない、と。

 

いつも明るく、優しく誰も傷つけず。

誰もが望むような愛される姿でいて、誰からも愛されるような美しい言葉ばかりを話す、彼。

 

今まで少女は、それがとても羨(うら)ましかった。

 

それこそが、ヒト(ロマンカインド)として、アイドルとして、理想的な在り方のひとつであり、自分が目指すべき高みにある姿なのだ、と。

 

彼は、ヒトが欲するモノ全てを与えられて生まれてきた、“選ばれし者”なのだ、と。

 

彼女は、ずっとそう羨(うらや)んでいたのだ。

 

けれど、実はそれは、大きな間違いだったのかもしれない。

 

彼は“全てを持っている”のではなく、“それしか持っていない”のではないだろうか?

 

“美しい部分しかない”ではなく、“美しさ以外許されていない”

欠点や影を“持たない”ではなく“持てない”

 

そして何より、

 

“誰からもに愛される振る舞いが自然に出来る”ではなく、“誰からも愛される振る舞いしか決して出来ないし、許されてもいない”のだとしたら……

 

それは、この世の何よりも、恐ろしい牢獄なのではないだろうか?

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