幻想再帰のアリュージョニスト二次創作「コルセスカさん変形する」【togetterでも投稿中】 作:鳳卵
ともかく少年は言ったのだ。
終わりのない恐怖と自身への絶望を語り続けた少女に対し、その苦痛を断ち切るかのように、彼はこう告げた
「貴女は、アイドルになる以外の人生を考えたことはありませんか?」
あるいは、それこそが彼女に必要な一言だったのだろうか。
少年は、つづけて語り始めた。
「貴女には、アイドルになる以外の人生もあるのではありませんか?
今まで一度も、それを考えたことは、ないのですか?」
「それは、スタッフになるということですか?
あの瓦楽天(がらくてん)コズエーー機械女王トリシューラのように……
直接ライバルと戦い競い合うことなく、自分のアイドル経験を活かして他のアイドルをプロデュースしたり、サポートする側に回るべきだ、と。
ボクは、裏方になったほうが良いとおっしゃるのですか?
限界という、心に固くはまった枷(かせ)を外せないのであれば…いつか、致命的な敗北で硝子(ガラス)のように砕け散ってしまうくらいならーー勝負から、舞台(ステージ)から降りて、他の道を選ぶべきだと?」
それは、彼女自身、幾度も考えてきた身の振り方だったのだろう。
その未来予想の語り口は、ひどくなめらかだった。
まるで、練習を積み重ねた戯曲の台詞(セリフ)のように。
それに対し、少年はまた静かにうなずいた。
そして、更に問いを投げかける。
「自分が舞台に上がらなくても、他人通じてアイドルを作り出す、そのような生き方もあるのではないですか?
先ほど貴女は、アズーリアの名前を出していましたが、彼女のようなアイドルの作詞家(ライター)やマネージャーは、この第五階層には少ないはずです。
ここは、対立(ゲーム)の最前線。
呪文使いたちは、英雄や世界情勢の記述に熱中しているし、管理職(ルーラー)たちは、干戈(かんか)を交える戦闘員ばかりを育成しています。
けれど僕は、貴女にも、そういった人々と互角以上の経験と技術があると確信しています。
貴女には、外でもちゃんと生きていけるだけの力があるのです。
厳しい芸能活動を通じて身につけた情報収集力、そして多くのアイドル関係者との関係性(コネクション)。
それらを活かせば、たとえどれだけ新しい同業者が参入してきても、十分に対応していけるでしょう」
「それでも…ボクは、アイドルになりたいんです!」
必死に答えを絞り出した少女は、未だ迷いの中にあるようだった。
その表情は、嵐に翻弄(ほんろう)される帆船のように、激しくたわみ、歪んでいる。
複数の意志が、ぶつかり合う相反する希望(のぞみ)が、彼女の中で葛藤を繰り広げているのだ。
それを見ても、少年はなおも淡々としていた。
少女が漂流者だとすれば、彼は救急隊員だ。
冷静に状況を見極め(トリアージ)し、最も大切なものを守るために最善の一手を打つ。
その有様は、まさに救命浮き輪を投げかけているかのようだった。
そして彼は、また更なる問いを投げかける。
「もう一度、尋ねさせてください。
貴女にとって、アイドルとは何ですか?」
そして更に続けて、
「なぜアイドルになりたいのか…貴女は
答えられますか?」
とことんまで問い詰め、
「…それしかないからですか?」
逃げ場を塞(ふさ)ぐ。
問われた少女は強く重い悩んでいたため、その口は、まるで湯でられた貝のように固くなっているように見えた。
ーーだが、それでも彼女は、その問いには即答した。
「いいえ、いいえ、違います!
ボクがそこで、輝きたいからです!
そこにどんな超越者たちの意図があっても、そこがどれだけの虚偽(ウソ)と欺瞞(ごまかし)で塗り固められた砂上の楼閣(ステージ)でも!
アイドルの居場所(ぶたい)は、いつだって輝く夢の、幸せな輝きのある場所なんです!」
興奮しすぎているのか、少女の言葉はもつれ、その返答も、会話の形を成さなくなってきている。
だがそれでも、彼女の瞳はそれを補って余りあるほどに雄弁だった。
「輝ける方法は、他にもあります」
美しいひとは、そんな興奮する少女に対し、小夜曲(セレナーデ)のように優しく語りかけてきた。
「トリシューラ先生…機械女王のように、アイドルが着る衣装のデザイナーや舞台の裏方にまわっても良いのです。
ラクルラールは否定したようですが、僕は、それもまた十分に輝く生き方だと思います。
アイドルにならなくても、夢を叶えなくても貴女は幸せになれるのです。
幸せになって、良いのですよ…」
それは優しい…けれど夢に呪われた者には、あまりにも残酷な言葉だった。
それは、何も言葉を投げかけられた少女にとってだけではない。
こちらは語ったときの表情、姿勢のわずかな変化、ぴんと指を突っ張らせた手のひら、そして細かく揺れる猫耳が…何よりも雄弁に示していた。
言葉を発した本人、少年自身も、そのことによってまた傷ついているのだ。
ふいに少女は閃いた。
あるいはこれこそが、彼が本来出来ないことなのかもしれない、と。
いつも明るく、優しく誰も傷つけず。
誰もが望むような愛される姿でいて、誰からも愛されるような美しい言葉ばかりを話す、彼。
今まで少女は、それがとても羨(うら)ましかった。
それこそが、ヒト(ロマンカインド)として、アイドルとして、理想的な在り方のひとつであり、自分が目指すべき高みにある姿なのだ、と。
彼は、ヒトが欲するモノ全てを与えられて生まれてきた、“選ばれし者”なのだ、と。
彼女は、ずっとそう羨(うらや)んでいたのだ。
けれど、実はそれは、大きな間違いだったのかもしれない。
彼は“全てを持っている”のではなく、“それしか持っていない”のではないだろうか?
“美しい部分しかない”ではなく、“美しさ以外許されていない”
欠点や影を“持たない”ではなく“持てない”
そして何より、
“誰からもに愛される振る舞いが自然に出来る”ではなく、“誰からも愛される振る舞いしか決して出来ないし、許されてもいない”のだとしたら……
それは、この世の何よりも、恐ろしい牢獄なのではないだろうか?