悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話 作:凛夏ナツ
◇
「俺を喚びつけたのはきみだろう、マスター?」
ラスボス的ぐだ子ちゃんが頑張る話。
赦されよ、ゆるされよ。彼らの罪を、赦されよ。
全てを出し抜き、騙して救え。
夜のとばりは開かれて、今宵ひとつの幕は上がった。
──さあ、大嘘つきの聖杯戦争を始めよう。
シンプルに聖杯戦争してるので残酷描写あります。ご注意下さい。
オベぐだです。うっすらだけどオベぐだです。
出てくる鯖は作者の独断と偏見によるランダム仕様です。諸々のネタバレ気になる方はご遠慮下さい。順次改稿予定。
ご覧頂きありがとうございます。
以下参考にしたコンテンツ
staynight、fateZero、映画ヘヴンズフィール、Fate/EXTRA、アニメ ロードエルメロイⅡ世の事件簿、亜種特異点セイレム、地獄界曼荼羅、6章アヴァロンルフェ、鯖の絆ボイス、アビゲイルの幕間、礼装『愛と希望の物語』フレーバーテキスト シェイクスピア:夏の夜の夢
◇
──『ふざけるなよ。きみのクソみたいな脱け殻の後始末なんて、オレが引き受けると思ったわけ? 最期までこんな……こんな物語の言いなりになるなんて』
ゆるされよ、ゆるされよ。彼らの罪を、赦されよ。
その物語は、最初から終わっていた。
ごめん、とつぶやいて。
薄れゆく意識の中で。怒りと悲しみに震える声が、いつまでも頭の片隅に残っている。
◇
藤丸立香は思い出した。
放課後の校舎の四階。廊下の窓から見下ろしたグラウンドには、二人の向かい合う男性が立っている。片や赤髪に和風の胸当てをして刀を握り、片や黒っぽいトゲを身体中に生やして槍を持っている。今にも互いに飛びかかりそうだ。どちらも既視感のあるサーヴァントだった。
「う、あ……」
頭痛と共に全身から汗が吹き出し、壁際に寄りかかる。握りしめた指先が食い込み、血が滴り落ちた。瞬き一つの間に脳に送り込まれたのは、膨大な旅の記録。聖杯を求めて世界を救い、ロストベルトを滅ぼした。
そうして物語は結末を迎え、立香は最期を『彼』に頼んだ。サーヴァント召喚の触媒となり得る立香の体を悪用されないように、死体を消して欲しいと。
なぜ忘れていたのだろう。
たくさんの人と出会い、別れたことを。仲間達と共に、喜びとそれ以上の悲しみを味わったことを。知らず頬をつめたいものが流れた。溢れた記憶に混乱しながらも再びグラウンドを見やる。
「……ぁ、」
どくん。
持っていた通学カバンを取り落とす。
立香を襲ったのはとある衝動だった。
「美味し、そう……」
すぐそこに、濃密で膨大な魔力の塊が二つも。ほしい。欲しいほしいホシイほしい。狂おしいほどの飢餓感。お腹が空いてすいて、仕方がない。食べてしまいたい。たべ尽くして空っぽになるまで飲み干したい。ああナンテ、オイシソウナンダロウ。
どくん。
……食べたい、だと? かつて共に闘ってきた仲間達を? ふざけるな。そんなことあっていいはずがない。しっかりしろ、藤丸立香。乱暴に頭を振って、頬を叩く。無理矢理衝動を抑え込む。
「私、何でこんなこと考えて……、っ!」
ぶわりと風圧で前髪が舞い上がる。
顔を上げた立香の目の前に突きつけられたのは、闇を研いだ槍だった。背中に伝う汗を感じながら、息をつめて動きを止める。赤く縁取られた紅玉の瞳が、冷ややかにこちらを見据えていた。
「あなたは、」
反転した光の御子。最狂にして最悪を願われた王。グラウンドにいたはずのサーヴァント、クーフーリンオルタがそこには立っていた。
「見られたからには殺す。悪く思うな」
ああ、変わらない。思わず立香がくすりと笑う。彼は何がおかしいというように眉を寄せ、今にも突きだそうとしていた槍を止めた。
「いや。いつもキミは、呼んだら真っ先に駆けつけてくれたよね。最期に私の一番槍だったキミに殺されるなら、悪くないなーなんて」
狂王の無機質だった瞳が見開かれる。言葉を探すように開いた口は、二人の間に飛び込んできた人影に再び閉ざされた。派手な金属音と火花が散り、辺りに粉塵が立ち込める。
「おいおい、ちぃっと気が早すぎやしねェかい。儂 を置いてきぼりにした挙げ句、罪のない奴を狙うたァ感心しねェな」
「知らん。部外者は殺す」
赤い髪、容姿に似合わぬ老齢な口調。前世でもよく助けてもらったものだ。
千子村正──彼の名を、口の中でそっと呟く。
「あー、」
村正はチラリと立香を見ると、ぽりぽりと頬をかいた。
「あいにく儂は目が悪くてな。何も見てねェんだ。さっさと逃げな。んでもって、お前さんは先には行かせねェよ。しがない刀鍛冶が相手してやらァ」
「! ありがと、おじいちゃん!!」
「おじいちゃん!?」
立香を忘れてしまっていても、人の良さは変わらない。思わず口もとがゆるむ。駆け出した背後では、すぐに激しい剣檄が鳴り始めた。
◇
素に銀と鉄。
誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
「『──抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ』……やっぱダメかぁ。一瞬熱くなった気がしたんだけどなあ。血まで垂らしたのに」
見下ろした手の甲は白いままだ。ぶつぶつ言いながら召喚陣を書いたノートの切れ端をシャツの胸ポケットに突っ込む。
記憶が戻ったなら召喚も出来るかと考えたが、そう甘くは無いらしい。カルデアの電力供給を受けて行っていたものを簡単に再現出来るはずが無かった。
「やっぱ高校の敷地内から逃げるしかないか……」
昇降口までやって来た立香は、その先に誰かがいることに気づいた。二人組だ。ワカメ頭の若い男と、紫のツインテールの少女。男は白眼を剥きながらふらついている。少女の方はオーラをまとっており、明らかに普通の人ではない。
「見なさいシンジ。二人とも男よ」
「仰せの通りに、アーチャー様。『令呪をもって命ず』」
ぞわりと背筋が逆立つ。鍛えられた直感が、不味いと訴えていた。判断は一瞬。とっさに柱の影に飛び込んだ。
「『女神の視線』」
放たれた矢はわずか二発。四階の、立香が逃げてきた方向へ。そのわずか二発で、校舎が半壊した。矢が撃ち込まれた中心から崩壊し、コンクリートの壁が吹き飛び、瓦礫の山を作り上げる。
頬、首、肩口、脇腹、そして足。飛び散った欠片は容赦なく立香の肌を裂いた。白いシャツが胸元まで真紅に染まる。思わず少女は苦痛にうめく。
「ぐっ……!」
重症だった。方向も違って、離れていてもこれだなんて。ゆっくりと息を吸っては吐いて、痛みを和らげようと努力する。
「せめて、カルデアの戦闘服があればな……」
頬を冷や汗が流れ落ちた。
今の立香は前世の記憶を持っただけのただの高校生だ。体力だって一般人のそれだし、魔術を扱ったこともない。
「あら、私の魅力に落ちた人間がもう一人いたわ」
気づけば目の前に、少女が立っていた。よく対男性の戦闘に付き合ってもらった。とても頼りになる、ちょっと照れたところがたまらなく可愛い女神様。思わず立香の口から言葉がこぼれおちた。
「エウリュアレ……」
即座に殺気が叩きつけられる。身体中の産毛が逆立ち、鳥肌がたった。神話のゴルゴーン三姉妹の名は伊達ではない。
「どうして私の真名を知っているのかしら。教えた覚えはなくてよ? 見たところ聖杯戦争の参加者では無いようだけど、」
偶像たる女神は人差し指を口許に当てると、可憐に小首をかしげた。
「乙女の秘密は守られるべきでしょう?」
こくりと唾を呑み込む。逃げ切る手段を考えろ。
殺されかけている現状を再認識する。目の前にはサーヴァント。背中を見せた瞬間にやられるだろう。その事実に背筋が寒くなるが、ぐっと拳を握りしめた。
「それじゃあ、さようなら」
弦が引かれ、つがえた矢が立香の心臓を狙う。
喉がカラカラに乾いて、手足の先が冷えていく。時間がスローモーションで流れて、立香の頭を回転させる。
考えろ考えろ考えろ。体はまだ動く、記憶だって思い出した。これくらいの修羅場は潜ってきたはずだ。
必死で頭をひねる。だから、立香は気づかなかった。胸ポケットの召喚陣が光ったことも、前世と寸分違わぬ赤いアザが手に刻まれたことも。
「──あぁもうめんどくさい」
ぼそりと小さな声を聞き取ったのは、立香だけだっただろう。キンッと放たれた矢が弾かれる音がして、
「やあ、素敵な女神のお嬢さん」
そいつは、軽快な足どりで現れた。空色のマントと同色の瞳に、ふわふわの金の髪。陽気な色彩を詰めこんだ蝶の羽。口からでるのはペラペラの上っ面。
「楽しそうなお茶会をしているね! 僕も混ぜてはもらえないかい? これでもお喋りが得意でね。楽しいことが大好きなんだ!」
「……お断りするわ。うるさい人は嫌いよ。乱暴な人も嫌い。だから少し……『黙ってちょうだい』」
女神の瞳が光を帯びる。男性を虜にする、魅惑の眼差しだ。それを真正面から受けた相手は。
「なおさら良かった! 実のところ、しゃべるよりも踊りの方が得意だからね。いやあ、わくわくするなあ! 僕の名はオベロン。お茶目で愉快な、妖精の王様さ!」
肩をすくめると、刺すような視線を気にも止めずにウィンクする始末だ。その上いとも簡単に自らの真名を明かすのは、この戦いにおいて異質という他ない。
女神は眉一つ動かさずに驚きを口にした。
「男なのに、魅了が効かない? ……いえ、良いわ。ここは退いてあげる。女神の寛大さに感謝なさい。……シンジ」
「はい、アーチャー様」
そうして、マスターを引き連れた女神は消えていった。しらず、ほっと安堵の息がもれる。強ばった身体の力が抜けた。
「……」
ぼんやりと校舎が崩れた辺りを見つめる。
村正たちはどうなったのだろうか。それに、先ほど立香を襲った飢餓感は何だったのだろうか。ぐるぐる考えていると、ふわりと身体が持ち上げられた。
「僕たちも行こうか」
オベロンは優しく微笑むと、立香を横抱きにしたまま歩き出す。その振る舞いも、言葉も、姿さえも美しい。まさに王子様然とした、華やかな存在そのもの。
「さ、無理しないで。足を怪我しているだろう? 場所を変えようか。これから英霊達の戦いが始まるんだってね。考えただけで震えが止まらないよ!」
前世で彼の素顔を知る立香としては、どこか薄っぺらさを覚える言葉だ。だが、指摘はしない。記憶を頼りに話した挙げ句、先ほど矢を向けられて死に目にあったばかりだ。
かろうじて形を保っていた教室に入り、近くの床に下ろされる。ようやく一息ついて、立香は口を開いた。さて、慎重にいかなければ。
「改めて、初めましてオベロン。助けてくれてありがとう。私は、」
「あー、気持ち悪」
ふいに、虫の翅がちらついたかと思うと視界が黒いものに覆われる。ふわりと抱きしめられて、耳元を甘い吐息がくすぐった。
「っ!」
「下手くそ」
優しい声色とは裏腹に、言葉にはたっぷりと毒が滴っている。離れようと肩を掴めばますます拘束は強まった。
「オベロン……? 何言って……ひ、」
「『人類最後のマスター』」
「っ、」
思わずぎくりと身体が跳ねる。
低く這う声がせせら笑って、更に音程を下げた。
「いつまで続けるのかなあ、知らない振りもいい加減にしなよ。白々しくて反吐が出る。のうのうと死んでおいて今度は呼び出すとか、いい迷惑だよほんと」
顎を掴まれ上を向かされる。言葉を違えることは許さないと、奈落の瞳が立香を見据えていた。
「クラスはプリテンダー、真名をオベロン・ヴォーティガーン。俺を喚びつけたのはきみだろう、マスター?」
◇
「覚えてるの?」
見上げた先にあったのは、奈落の虫の姿だった。暗い銀の髪がさらりと揺れて、ふて腐れた黒い甲虫の瞳がすがめられる。
「オレはお前との縁を辿って喚ばれたんだ。忘れるわけがないだろ」
立香に父親はいない。間桐というのが父方の姓だが、両親は小学生の時に離婚していた。魔術の家系はもううんざり、とは母の言葉だ。
『お前は間桐の悲願なのだ。既に、お前の中には聖杯の欠片が埋め込まれている。離縁しようとも己の資質から逃れられると思うな』
幼い頃、祖父から言われ続けてきた言葉だ。高校生になっても立香にはさっぱり分からなかったが、記憶が蘇った今ならその意味を理解できる。
「ふうん、聖杯の魔力をとり込んで貯めるという性質故に、魔力の塊であるサーヴァントを喰らいたがる衝動が生まれてるわけだ。要するにきみ、人型の聖杯ってことだろ?」
「おのれ妖精眼」
ご丁寧に立香が飢餓衝動に襲われていたことまで見透かしているらしい。
「で、聖杯の欠片は何故か汚染されてるからメンタルもガタが来てるってことでOK?」
「そこまで視えてるならわざわざ言わないでもらえますかね!」
このまま行けば、衝動に任せて全てを喰らい尽くすのが分かっている。そうなれば本来の聖杯戦争どころではなくなるだろう。だから、
「意識を乗っ取られる前に、正統な手段で勝つ。勝って、私も生き残る。そうすれば最小限の被害で抑えられるはずだよ。大丈夫、今までだって勝ってきたんだ」
「はっ、敵を倒して最終的に立ちはだかるのは闇落ちした人類最後のマスターってことかよ。だいたい、散々回収してきた聖杯になんて興味ないんだろ。きみは何を願うんだい?」
「そうなる前に何とかするんだってば。んー、生きてればそれで十分だからなあ。オベロンが使いなよ。あと、元マスターね?」
前世はすぐ死んじゃったし。それを聞いて、オベロンは思わず長いため息をついた。
「今度はヴィランごっこでもするつもりかい?」
「あはは、悪いけどまた手伝ってくれると嬉しいなあ。そういうの得意でしょ?」
へらりと笑う少女のお人好しは前世から変わらない。違っているのは、多少伸びて下ろしたままの髪くらいか。
「呆れた。脳ミソ腐ってんじゃない?」
吐き気がする。
世界を救うヒーローの次は立ち塞がる悪の強敵だと? 生き抜くことを課せられた少女の次の使命は、黒く染まって惨めったらしく死ぬことだなんて。ぎり、と奥歯を噛みしめた。今回もきみは、物語の言いなりに踊ってみせるつもりなのか。
「趣味が悪いにも程がある」
「っ!」
立香の細い首に手を添えてオベロンはにっこりと笑みを浮かべた。ギリギリと指先が白い肌に食い込む。
「ねえマスター、僕がそんなクソつまらない演目に手を貸すとでも? おめでたいにも程があるね。最期に自分が何をされたのか忘れたのかなあ。お望みならもう一度殺してあげるけど?」
忘れるわけがない。全てが終わったあの日、立香は死んだのだ。誰かに見つかれば止められるのは分かっていた。最期までマスターであるために。だから、彼に託した。彼ならば、一緒に堕ちてくれるだろうから。
「うーん、そうだなあ」
少女は困ったように笑う。そして、夕焼けの瞳を輝かせた。
「ごめんね、まだ死ねない。だから、せめて見ていてくれないかな。あなたが見守ってくれるなら、頑張れる気がするんだ」
オベロンの顔から表情が抜け落ちる。重なるのは、一万年以上も呪われた歴史を繰り返したブリテンと、救世主を願われたとある少女の面影。
藤丸立香に自由はないのか。一度死んでもまだつまらない物語を生きようとしているのか。まだ死ねない、ね。生き抜いたあとはまた、オレに死を願うつもりかい?
「きみなあ。笑えるくらい似合わないぜ。大根役者なんか見たくもない。それに、聖杯が汚染されててオレも召喚されてる時点で、今回の聖杯戦争は普通じゃないんだぜ。他にもイレギュラーがあるとは思わないわけ?」
立香が首もとに手をあてると、あっけなく添えられた手は緩んだ。
「ふふ、やっぱりオベロンは優しいね。それでもやるよ。今回もよろしく頼むね」
舌打ちが漏れた。全くもって忌々しい。
「……せいぜい惨めに苦しんでればいいさ。どうせなら派手に引っ掻き回してやるよ。きみのそういうとこ、ほんとに大嫌いだ」
さあ、役を羽織ろう。とびきり手癖が悪くて、めんどくさいやつを。
「なあ、危ないところを駆けつけてやったオレに対してメロンとかないの? メロンとか」
「あるわけ無いでしょバカ。今の季節高いんだよ! 我慢しなさい!」
「やだね、値段なんて知るかよバーカバーカ」
「なんだとこの虫ヤロウ」
「はァ? ド貧弱マスターがなんか言った?」
「しょうがないなぁもう。よし、とりあえず作戦会議しよー」
そう言って、少女はかつてのように夕焼け色の髪をくくり直すのだった。
◇
「ふむ。始まったようだね」
どこかレトロなアパートの一室。遠くで建物が崩壊する音を聞きながら、その男は両手を合わせ、目を閉じていた。柔らかい革張りのソファに深く身体が沈み込む。デスクに置かれたパイプからは、ゆらゆらと紫煙が立ち上っていた。
「喚び出されたのは七騎。聖杯も稼働している。見かけでは通常の聖杯戦争が成立しているとなると、ますます八騎目として召喚された私の存在理由が謎になってくるが……ふむ。興味深いことだ」
男はサーヴァントであり、探偵だった。開かれた瞳にはどこまでも理知的な光が宿っている。
「久しぶりに、本気で推理してみるとしようか」
ありがとうございました。続きはブランカにあげよっかな。