悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

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悪役を与えられた藤丸立香がオベロンと逃げ回る話

 

「終わらせよう、迅速にな」

 

 少女の右手の令呪を一瞥し、クーフーリン・オルタは槍の切っ先を立香に向けた。

 魔術工房の破壊を目論んでビルに侵入したは良いものの、敵の襲撃が早すぎた。まだ設置すら終わっていない。相手を刺激しないように、慎重に。残り一つとなった爆破装置を片手に、少女はゆっくりと立ち上がった。

 

 ざり、と音が響く。

 入り口から離れ、少女の倍は背丈がある狂王が、一歩踏み出す。無機質な殺意が、気圧された立香の足を半歩下げた。

 

「っ、」

 

 ぞくり。

 追い詰められた子羊。あるいは袋の鼠。背筋に寒気が走り、身体中の毛がピリピリと逆立つ。一瞬でも、目を離してはならない。視線を外した瞬間に殺られる。一番近いフロアの出口は、オルタによって塞がれている。

 どうする、どうしよう。まだ私には、やらなきゃいけないことがあるのに。まだ死ねないのに。このままじゃ、どうしよう。

 

「……っは、」

 

 つう、と額を汗が流れた。徐々に呼吸が荒くなる。突き刺さる殺気は容赦なく立香の判断力を奪っていた。走馬灯のように記憶が頭の中を駆け巡る。──そして、その中に一つの光が見えた。

 

「……あ」

 

 半ばパニックになった脳裏にひるがえったのは、森の匂いと深緑の外套。前世、人理の修復中。ことあるごとに、顔の無い王 (ロビンフッド)は立香に言い聞かせていた。軽薄そうな割に世話焼きなエメラルドの瞳が、少女を見つめる。

 

『いいですかマスター、ヤバいと思ったら即撤退! 奥の手だろうがなんだろうが、ためらわずに使って逃げて下さいや。でないと、相手のペースに巻き込まれちまう。オタクは意地張りすぎな所がありますからねえ。……ま、偽装工作と後方支援しか取り柄のない弓兵が教えられるのはこのくらいですケド』

 

「奥の手……」

 

 さあ、一か八かだ。

 静かに息を殺して吐ききる。腕を振りかぶって何かを投げると同時に、立香は狂王へと向かって駆け出した。

 

「……遊んでいるのか?」

 

 ふざけているのか、この娘は。

 真っ直ぐに狂王へ飛んできたのは、口の緩んだガラスの小瓶だった。これが目眩ましなど、児戯にも等しい。あっさりと小瓶を叩き斬る。中からピンク色の液体がこぼれ、フロアの床に水溜まりを作った。流れるように槍を少女の心臓へ突き立て──

 

「な……!?」

 

 気化した液体を吸い込み、紅玉の瞳が見開かれる。

 

「オルタ、ごめんね!」

 

 ガクリと膝をついて身動きの取れなくなった狂王の真横を、豪胆にもすり抜ける。これもまた、オベロンが用意してくれた保険だった。

 

 黒歴史でも暴かれたような微妙な顔で、彼は立香の手のひらに小瓶を乗せた。

 

『僕もこれ、あんまり渡したくはないんだけど……きみ、三色菫の惚れ薬って知ってる? ……まあいいや。これは僕が、カルデアの『愛の霊薬』を参考に改良した強力な魅了薬だ。足留めくらいにはなる筈だよ』

 

 躊躇なく切り札を切った立香の選択は、間違いではなかった。

 

「っ!」

 

 強烈な破壊音。

 階段を下りようと、踏み出した先の段差が消え失せた。爆風が夕焼けの髪を巻き上げ、頬を掠めた槍がその先へ突き刺さる。空間まるごと、階下へつながる踊り場までごっそりと削り取られていた。振り返れば投擲した姿勢のまま、腕を伸ばした狂王が忌々しげにこちらを見据えている。

 

「獲物の逃げ道は断つのが定石だろう」

 

 動けるのか。

 妖精王自らが調合した劇薬に曝されたというのに。だがよく見れば、動きは先程より鈍っているし、まだ同じ場所で膝をついている。まったく効いていない訳ではないようだ。

 しかし、立香の退路が断たれたのは事実。

 

「っ、下がダメなら!」

 

 上に逃げるしかない。

 体の向きを変えて、一段飛ばしで階段を駆け上る。はあ、はあ。狭い空間に荒い息だけが響いた。

 

 さて、立香が前世の記憶から得たものはサーヴァントの知識だけではない。魔術、音楽、アート、帝王学まで、その道の最高峰の者達よりあらゆるものを叩き込まれた。その中には、兵法や武術なんかも入っていて。

 

 めきゃり、バキリ。

 階下から、歪な破壊音が響く。逃げ道を潰しながら男が迫って来ているのが分かって、思わず背後に叫んだ。

 

「もう、スカサハ師匠に言いつけるんだからね!」

 

 一瞬音が止んだのは、偶然だったのか否か。

 サーヴァントに正面から相対すれば敵わない。だから、全力で逃げることのみに神経を傾ける。立香は必死に足を動かした。

 

 かん、と脚をかけた最後の段差が悲鳴をあげた。

 目の前にはカギのかかった、屋上へ続く分厚い非常扉。すぅ、と息を吸って吐く。まずは全身の力を抜いて。

 使いこなすのは中国、近接戦闘を得意とする八極拳。記憶のなかで拳を撃ち鳴らし、无二打(にのうちいらず)の武術家が叫ぶ。

 

『良いかマスター。己の力を使い、相手の力を利用する。故に武、故に理りだ!』

 

 一番、脆い所を狙って。半歩踏み出した脚をねじり上げ、震脚。上半身まで力を伝え、反対の脚に全身の力を乗せる。回し蹴りが的確に鉄の扉を捉えた。

 鈍い音をたてて、鍵が壊れる音がした。そっと押せば、ぎぃ、と冷たい夜の空気が隙間から入り込む。眼前に臨むのは、電飾のきらめく夜の冬木。するりと身を滑り込ませ、開けた場所へと踏み出した。

 

「ぐ、ぁっ!?」

 

 唐突に、首元に衝撃が走る。

 息が詰まり、かはりと酸素が肺から漏れる。狂王の片手で少女の軽い体躯が宙に浮く。苦しくて引き剥がそうと、両手でかきむしった。装置が手から滑り落ちて転がる。

 

「ちょこまかと逃げやがって」

 

 すぐにでも握り潰してしまわなかったのは、考えがあるが故か。紅玉の瞳が、何かを見定めるかのように揺れていた。なんにせよ、立香にとっては九死に一生のチャンスである。

 

『よく聞いておくれマイガール、人間というものは皆、獲物を追いつめようとするあまり自分の足元が疎かになるものだ。優位に立っている人間ほど、掬いやすいことこの上ないのだヨ! 英霊ならばなおさらだ。相手のことをよく理解し、下準備だけは怠らないことだネ』

 

 バーカウンターに頬杖をつき、全てを見透かして悪の数学者 (モリアーティ)が嗤う。

 

 教授ほど、上手くは出来ないけれど。

 オルタとの、こと。繋いできた思い出。きみに響く、伝えるべき言葉は。

 

「『クーちゃん』」

 

 コノートの女王が使う愛称に、オルタの眉が寄る。立香の口の動きだけでも誰の真似をしているのか分かったらしい。思考に沈んでいた男の意識がこちらを向く。会話が通じるタイプで良かった。酸欠で潤む夕焼けの瞳がオルタを捉える。ここから先は、立香自身の言葉だ。

 

「君は、私の槍なんでしょう?」

 

 どこまでも、着いてきてくれた。世界を救う戦いが、滅ぼすための旅に変わろうとも。安っぽい言葉かもしれないけど、信じてるんだ。共にあってくれた君のことを。

 殺戮の道具としてしか己の存在意義を見出だせないのなら、私が、行くべき路を指し示す。

 

「やっぱりお前、」

 

 何かを言いかけ、首を締めていた手が緩む。その隙を逃さず、少女は人差し指を構えた。

 

「『ガンド』!」

 

 転がるように拘束から逃れると、よろけながら駆け出す。ふわふわした花の魔術師の言葉が脳裏に浮かんだ。

 

『やっぱり物語の最後はハッピーエンドじゃないとね! どんなに過酷な道のりだろうと、僕は君を応援するとも! 頑張ってくれマスター、君の道行きを信じよう!』

 

「……グランドクソ野郎死すべし、フォウ!」

 

 なんだろう。最後だけ無性にイラッときた。

 

 やることは一つ。

 ためらいなく屋上の縁を蹴った。宙に浮いた一瞬。不敵な夕焼けの瞳が、呆然としている狂王を射抜く。少女は口の端を吊り上げて笑った。赤い起爆装置に手をかける。『ふむ、自爆しかありますまい!』なんて、最高にふざけた軍師の台詞が頭のなかを回る。

 

「何もしないで殺されるよりは、しっかりやらかして死にたいじゃない?」

 

 ビル崩落の轟音。

 分解されていく鉄骨に、砕け散る窓ガラス。炎と、金属の焼ける焦げくさい臭い。

 そうして夕焼けは、狂王の視界から消え失せた。

 

 

 

 落ちていく、おちていく。

 

 遥か上空から、コンクリートの地面へ向かって真っ逆さま。ごうごうと耳元を風が吹き上げ、視界いっぱいに星の輝きが広がった。

 飾りものの翅すら持たない立香には、飛ぶことなど叶わない。ただ、落下するだけだ。

 

「ま、私の最期としてはこんなもんかな」

 

 そっと頬を流れる血をぬぐう。

 最後の令呪を切ればオベロンを呼び出せるが、その瞬間に立香の体は干からびるだろう。さっきのガンドで魔力も使いきったし、何より体に力が入らない。

 『ぜんぶ食ベテシマエ』って、頭の中で響く声を抑えるのももう疲れたんだ。けれどビルは崩れ始めている事だし、工房の破壊は達成出来るはずだ。うん、まあまあ上手くやったと思わない?

 

「……はは、」

 

 結局ろくな生き方など出来なかった。たくさんの恨みを買って、人類の大義 (エゴ)を押し通して、聖杯を奪って。世界を滅ぼした首謀者には、これがお似合いだ。

 

「……」

 

 ああ、くやしいな。

 

 知らず、口元が歪んだ。

 もしかしてオベロンも、こんな気持ちだったのかも知れない。絶望に浸るしかない永遠を落ち続ける。もう少しのところで、私がアルトリアと倒したんだもんね。

 体の感覚が、意識が、星の光が。とおく、とおく、遠くなって。

 

「……やだ」

 

 やっぱり、いやだ。

 こんなとこで諦めたくない。

 辛くて泣きわめこうが、恥をさらそうが、すがりついてでも生きていたい。最後の最後で少女本来の意地っ張りが頭をもたげた。

 

「……誰でもいいから、たすけてよ」

 

 でもちょっと、遅かったかな。

 迫る結末に、そっと目を閉じて。

 

「っ!?」

 

 終わりは、来なかった。

 

 硬い腕が立香の腰をひっつかみ、ビルの壁面に突き立てた槍で落下速度を殺す。地面へと砂煙を上げて降り立った。

 見上げた瞳が丸くなるのが自分でも分かった。震える声で問う。

 

「何で、なんで君が」

 

「誰でも良かったんだろう?」

 

 すげなく答えると、そっぽを向いた狂王は鼻を鳴らした。

 

「どうして、助けてくれたの?」

 

「…………この『俺』は、お前を知らん」

 

「だが、狂王の霊基 (おれ)は、お前を知っている」

 

 あれだけ言われれば、お前が俺をよく知っていることくらい分かる。ずっとずっと前から、彼女の隣を駆け抜けてきたことを。

 

「俺を使え、立香」

 

 獣の勘が疼くのだ。

 だから絶対に知っている、と断言する。本能的に護るものだと認識する。初めて出会った時から、不思議な違和感を感じていた。その答えが今、霧が晴れて明確になったに過ぎない。

 降り注ぐ災いすべてを薙ぎ払うと誓った。そう、とっくの昔から。

 

 

「──俺は、お前の槍だ」

 

 

 

 

「ここは……」

 

 予言の子は草原にひとり、立ち尽くしていた。

 はて、自分はマシュとオークションに潜り込み、ランスロットと激闘を繰り広げたのではなかったか。

 広がるのは穏やかな日ざしと、風にゆらぐ花。吹き抜ける春の匂い。たまにすれ違う妖精たち。少女の記憶と何一つ違わない。まるで昔に戻ったかのような、この、見覚えのありすぎる景色は。

 

「妖精國、ブリテン……」

 

 ふらりと少女の細い体が傾ぐ。

 宝具の展開、マスターとはぐれたことによる魔力供給の低下、ありすと名乗った少女の結界による周囲からの魔力遮断。とうとう、緊張の糸が切れたのだ。湖面を思わせる瞳が、ゆっくりと目蓋に覆われて。

 

「あーあ、行くところまでいっちまったと思えば。いつまで経ってもどうしようもない女の子だね、きみ」

 

 顔面から衝突するかと思われたが、首根っこを掴まれて引っ張りあげられた。猫のようにぶら下がった少女の目の前に現れたのは、よく見知った顔だった。金の髪と空色の瞳、白い装束。口から驚きの声がこぼれ落ちる。

 

「オベロン」

「やあ。さっきぶりだね、アルトリア」

 

 妖精の王さまは微笑むと、そのままひょいと少女を背負う。のどかな空の下、二人はどこまでも続くあぜ道を歩きだした。

 

「…………オベロン」

 

「なあに? 忙しいから話しかけないでくれるかな?」

 

「……その王子様ムーヴと口調、気持ち悪いです」

「唐突に来たな」

「いやだって、私がマーリン魔術を習ってたときよりも随分薄っぺらい態度じゃないですか」

「はあ? きみだってカルデアの時みたいに春の姿のままなんだから、お互い様だろう」

 

 話す度に外面が剥がれていることに、彼は気づいているのだろうか。まあ、面白いので絶対に教えないが。背負われているのを良いことに、オベロンの白い頬を人差し指でつつく。

 

「かつての宿敵を助ける気分はどうですかオベロン」

「うーわ、反吐通り越して血反吐でそう」

「知ってますか反吐ってヘドロのことなんですよ。だから吐くなら黒い泥にしてください」

「相変わらず揚げ足を取ればいいと思ってるのかいきみは」

「そりゃ思ってますよ。もう一度死にさらしたいのですかオベロン。……って、もう死んでましたね私たち」

「はぁ。きみといい、マスターといい何でこう……」

 

「オベロン」

 

「あーもう、今度はなんだよ」

 

 きゅ、と首にまわる腕が軽く締まった。

 

「あなたは、やさしいのですね」

 

「……きみの目は、腐ってるんじゃないか」

 

「いーえ、腐ってません! 離ればなれになった立香のことだって、めちゃくちゃ心配してるくせに」

 

「……」

 

「あ、ちょっと!? 落とそうとするの止めてくださいってば! こらオベロン!!」

 

 遠くに見えるのはキャメロットの城壁だろうか。あぜみちは石畳に変わり、両脇には露店と建物が並ぶ、賑やかな通りに入った。背中に顔をうずめたまま、そっと周りを見回してアルトリアはつぶやく。

 

「……オベロン、気づいていますか?」

 

「妖精どもがうるさいこと? それとも、」

 

 この世界が作り物めいていることかい? はじめから分かっていただろう? 虫は笑顔で吐き捨てる。

 

「ミルクティーでもぶちまけたみたいだ」

 

 頭上を見上げる。

 透明感を奪われ、淡いピンク色に濁った空。

 

『みんな、ありすが見えるのね! ずーっとひとりで遊んでいたの。たのしいわタノシイワたのしいわ!』

 

 ボイスチェンジャーを通したような、低く重なるいくつもの声が騒ぐ。

 周りの妖精たちが、一斉にぐるんと二人の方を向いた。彼らの顔は一様にのっぺらぼうだ。貼りつけたように書かれた微笑む口もとが、同時に動く。

 

『かくれてもむだ! にげてもむだ! じぶんをわすれてゆめのなか!』

 

 名無しの森は入った者の名を奪う。

 オベロンとアルトリアが名前を忘れていないのは、楽園の妖精と終末装置という、ある意味特別な存在であるがゆえ。

 名前を思い出せなければ、時間の経過と共に自分が何者かを忘れ、最後は存在自体が崩壊し発狂する。はぐれた他のメンバーを早急に見つけ出す必要があった。

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……なんてね。ようやくお出ましかな」

 

 マジックペンで輪郭だけを強調し、絵柄のかかれた薄い木札に割りばしをつけた人形劇のような。

 どこまでもペールトーンで塗られたコマ送りのぎこちない舞台。顔のない人形がわらう物語。無邪気な少女のげーむに支配された世界。

 

「さあ、『詩』のとおりに、大きなカラスと白いクイーンから逃げ回るのよ!」

 

 空中に現れたおとぎの幼女は、ワクワクと両手をかかげた。

 

「捕まえて、ジャバウォック!」

 

 視界の両脇で、巨大な業火が噴き上がる。

 

『Gaaaaa!!』

 

 野生の掟 (ワイルドルール)を宿すもの。

 弱肉強食の理で育つもの。

 戒めの鎖を引き千切り、愛するものを喰らわんと魔犬が吠える。

 

『aa─a──aaa……!』

 

 楽園を目指して力尽きた、最後の純血竜。

 美しき醜悪な妖精に魅了されてしまった、悲しき泥から生まれたもの。

 体長2kmを超す彼女 (メリュジーヌ)が嘆く。

 

 

 逃げろ、にげろ。

 

 あかい災いが追いつく前に。

 くろい災いが食いつく前に。

 

「……バーゲスト」

「げえ、アルビオンの竜じゃないか」

 

 アルトリアが呆然と呟き、オベロンが顔をしかめる。

 幼女の呼び声に応えて炎が形を変えたのは、哀しきアヴァロンの厄災だった。

 

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