悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話 作:凛夏ナツ
◇
「なるほど。つまりきみは、敵に真っ向から発破をかけて丸め込み、味方にして連れ帰って来たんだね?」
きみの頭は虫食いどころか、すべて腐って抜け落ちてるのかなあ? 底抜けの善人くん。なんでもっと早く呼ばなかったわけ? 言いながらオベロンにほっぺたをこねくりまわされて、ヒリヒリと痛む。
「いひゃい、おへろん。いや、ちょっと危なかったのは認めるけども」
黙って立っている狂王に目を向ける。視線に気づいた紅玉の瞳が立香を見返した。
「ねえ、良かったの?」
「構わん」
「ほんとに?」
敵に力を貸して良かったのかと問えば、長い沈黙の末にオルタはそっぽを向いた。
「…………俺は。……激辛麻婆は、好かん」
……うん。若干遠い目なのが気になるが、まあ大丈夫だろう。よくわかんないけど、突っ込んじゃダメなのは分かる。
『む、サンタの妨害とは何事ですか! 真のサンタ道を極めるのです! トナカイさん、行きましょう! お説教のお時間です!』
小さくなったジャンヌオルタ──サンタの格好をした可愛らしい少女が、脳内で瞳をつりあげて意欲満々に立香をひっぱった。
彼女なら、ケルヌンノスを前にしても傲然と前を向くだろう。
『やるわよ子ジカ! 私の歌声、聞きたいのね?』
エリザベート辺りなら、マイクを片手に『サーヴァント界最大のヒットナンバーを聞かせてあげる! 飛ばしていくわ!』なんてオンステージを展開したかもしれないし、ロンドンを恐怖に陥れた
『本が人に恋をするなんて、変かしら?』
カシス味のマカロンとハッピーエンド。
メルヘンでおしゃれでロマンチックな一片のページ。
ゴシックロリータを纏った幼い彼女は、お茶会の席で楽しげに足を揺らした。桃色の瞳が輝く。
『いいえ、全然おかしくないわよね。だって、物語に恋する人だっているんだもの! あたしとあなたは、最高のカップルなんだわ、マスター!』
銀髪を編んだおさげが不安げに傾く。
『戦うのもいいけど、気を付けてね。あなたが倒れたら、誰がアリスを愛してくれるの?』
「
幼女の言葉を噛みしめて、頭で
ブリテンの時は、オーディンの援助や攻撃でケルヌンノスを包む呪層を剥がして、ブラックバレルで撃ち抜いたんだっけ。けど今は正直、そんなフォローも魔力リソースも期待できない。呪層の上から攻撃を加えるか? いや、ダメージを負わせるのは難しいだろう。
「どうすれば……」
こちらの受けるダメージを減らして、立香の声をありすに届けるには。
『安珍さま』
早朝のカルデアで。
白い角。青い翡翠の髪と金の瞳に、愛らしい碧の着物。扇子で口元を隠した少女が、潜り込んだ布団のなかで密かにささやく。ストーキング常習犯な溶岩水泳部の彼女は、初期の頃から非常に頼りになる存在だった。
『正直。なんて素敵な言葉でしょう。人が作った最上の言葉だと信じております。嗚呼、だからますたぁ。どうかどうか、嘘などという疎ましくて最悪なものをつかないで下さいましね。あなたの本当の姿で、本当の声を。どうか、私だけに』
「……本当の姿、か」
カギは、ケルヌンノスの核だ。
獣神の核になっているのは、愛ゆえに悲劇の結末を繰り返した妖精バーヴァンシーではない。軍事施設で人体実験を繰り返され、孤独の中で亡くなった幼い人間の少女だ。それゆえに遊んでもらうことを求めるし、気の置けない鏡写しのような
……うん、決めた。
「ぶち抜けないなら、外殻の方から剥がれてもらうよ……!」
夕焼けの瞳がきらめいた。
獣神を見上げる。愛するためじゃなくて、愛してほしいと叫ぶ呪い。あれはある意味、偽物の姿を被った神さまだ。私が出来るのは、わたしに出来ることだけ。そんなもんひっぺがして、本来の姿で話し合いをしようじゃないか。
「『これより、逃げた大嘘つきを退治します』──なんてね」
ふわりと秋の芳しい匂いが香った。
「愛憎と蛇の化身、清姫だね。彼女、僕を見つける度に炎の蛇をさしむけて来るから怖かったんだ。あはは、なんでだろうね? ところで、考えはまとまったかい?」
腰を掴んで引き寄せられる。間一髪で立香の立っていた場所に伸びてきた巨腕が突き刺さり、轟音と粉塵が舞い上がった。
たしかに嘘が大嫌いな清姫と、嘘の化身といっても過言ではないオベロンの相性はよろしくないだろうなあ。
「そんなこともあったなぁ。何度カルデアの廊下が丸焦げになったことか。……ね、みんな。覚えてる?」
少女は夕焼けの瞳を細めて苦笑し、背後をふり返る。
ひとりじゃ、逃げることしか出来なかったけれど。君たちがいるから、私は攻めに転じることが出来る。戦いの最中だけど、ちょっとだけワクワクしている、なんて言ったら怒られてしまうだろうか。前世の記録だった型が、使いこなすことで今の立香に馴染んでいく感覚だ。
「
前世の特異点攻略で何度となく繰り返した、最強最速の布陣と戦略。いや、戦略というほど大げさなものではないか。
やることは至ってシンプル。弱点に速攻の一撃を叩き込むのだ。
「私をあそこまで、連れていって」
夕焼けの少女がさしたのは、無数の腕を越えた遥か上空。ケルヌンノスの真正面。皆なら出来るでしょ? と当たり前のように寄せられる信頼。
「~っ、ほんとにもう! 無茶苦茶いいますね立香は!」
「いいとも! マスターの命令とあらば。胸の高鳴りが止まらないよー」
「了解した」
ほころぶ口元を抑えきれずに。にこにこと真っ黒な嘘を吐きながら。ただ静かに。三者三様の答えが返る。
「この連携、懐かしいですね。作戦、私もひとつ加担しましょう。──『戦い、ですから』」
「ああ、よーく覚えているとも。今世になってもその重箱の隅を突くような采配は衰えることがない。──『頼むよ、みんな』」
予言の少女が片目を
微笑んだ妖精王の指先に燐光を散らした蝶が集まれば、焦燥にも似た高揚感と陶酔が辺りを包んだ。
「……」
狂王が、無言で槍をかまえる。その先端に集約されるのは、何重にも威力を増した、運命すら貫く呪いのルーンだ。
濁った桃色の空には混沌が渦巻き、大地が抉れる。崩壊したキャメロットの城門。炎に包まれた草原。強風のなか、幾つもの亀裂を残しながら無数の腕を巨神が伸ばす様子はまさに終末そのものだった。じとりと呪いを含んだ風が、夕焼けの髪をさらっていく。
「キャスター、援護を」
立香の発するそれは、魔力を持たないただの言葉だ。かつてのように主従関係にあるのではなく、残っているのはつないだ絆と信頼のみ。
「『彼の者に、湖の加護を』」
湖面を思わせる瞳が静かに瞬く。
予言の少女は、両手で杖を突き立てる。青い光が枯れた大地に複雑精緻な円陣を描いた。付与するのは、術式効率を大幅に引き上げる、絶対防御の魔術式。
「立香が外から結界を破ってくれましたからね」
永遠の今日は戻ってこない。
次のページはめくられて、前へと進み始める。時間の経過は当たり前に過ぎていく。殺しても死なないおとぎの結界は、決壊したことを意味していた。
「魔力の遮断状態が解除されました。これなら大気中のマナから魔力を生成、霊基への取り込みが開始できます!」
死にたくないが生きられない。
普通に生きることを許されない。そんな絶望の狭間で足掻いてきた少女の力に少しでもなれるなら、支えられるなら。
「『寄る闇を祓え、プリテンダー』」
魔術回路を通して、なけなしの強化を送る。
「もちろん。お役に立つとも」
少女を抱えた白い外套が跳躍する。時にのばされた獣神の腕をかわし、足場にして、捕まえんと迫る手を払いのけて斬り捨てる。白い蝶が、黒い嵐の波間をぬって進む。
「それで? わざわざ近づいて、マスターは何をするつもりなのかな?」
しっかりと掴まれた腕のなかで、立香は空色の瞳を見上げる。幼い子が引っかけ問題でも出すように、口元がイタズラっぽくゆるんでいる。
「オベロンあそこ、よく視てよ」
「うん?」
『いかないで、おかあさま』
妖精眼が、裏の裏の声を捉えた。
『楽しいわ楽しいわ楽しいわ! わたしといっしょにあそびましょう!』
まだまだ遊び足りなくて。エネルギーは、有り余っていて。独りぼっちの寂しさから、自分で自分を傷つける。そのせいか、巨大でふさふさの身体には、所々切り傷のような亀裂が走っていた。
「これが、本当の声……」
「きれいは汚い、汚いはきれい、だよ?」
「……底なしの空。空っぽの命。喜びは明日には値が下がり、苦しみは昨日のうちに忘れられる、か」
『きれいは汚い、汚いは綺麗』という言葉がある。シェイクスピアの四大悲劇、『マクベス』の一節だ。価値観なんて曖昧なもの。美しいものはその前提が醜く、醜いものは、その前提が美しい。
きれいは汚い、汚いは綺麗。
良いことは悪いこと、悪いことは良いこと。
打破への希望は滅亡への下り道、滅びの厄災は未来を切り開く鍵。夕焼けの少女は絶望のなかに、確かな希望を見出だしていた。
「お望みどおりに、お姫さま。さあ、到着だ」
「うん、ありがとう」
亀裂の真上。優しげに目を細めたオベロンの腕から身を乗り出す。
今の立香には、毒物や呪いに対する耐性はほぼない。防御の魔術式とオベロンのフォローをもってしても、満たす呪いは立香を確実に蝕んだ。ケルヌンノスの真正面にくれば、それは尚更。
緊張でカラカラの口を開く。聞いてくれるかは、賭けだった。
「ありす」
だめだ、もっと近くに。そうじゃないと、届かない。
「なっ、このバカ! 立香!?」
オベロンの伸ばした手は、少女の腕を掴み損ねた。
目を見開くオベロンの手を振り払って、巨体の上に転がり落ちる。ふわふわの体毛が立香を受け止めた。ぬるりとした液体が顔にかかるのも構わず、体表の切り傷の縁に手をついて叫ぶ。
「ありす! 私が!」
もっと近くへ。もっと深くへ。
とうとう少女は巨体に刻まれた、呪層の深いクレバスに身体を踊らせた。真っ暗で、沈んでいく。高密度の呪いが皮膚を侵食し、痺れを与え、精神へと干渉する。それでも、手をのばして。
「私がありすを愛してあげる」
……ほんとう?
ほんとのほんとに、待っててくれる?
「もちろん」
君はここまでよく頑張った。大好きだよ。だから、本当のあなたと話をしよう。
好きな食べ物、好きな遊び、可愛い洋服、ナーサリーとのお茶会の思い出、カルデアでの子どもサーヴァント達とのクリスマスにお正月にハロウィン。たくさんしゃべりたい事があるんだ。
「うん、ほんとだよ」
立香の体が、呪いの底へと沈む。
巨大な無数の腕が、からだが、獣の角が。塵と光の粒に還ってゆく。吹き荒ぶ塵と風の中にいたのは、
不安定な落下のなか、必死で手をのばして、小柄な少女を優しく抱きしめる。肌触りのいいドレスの布地と柔らかな体温が、じんわりと伝わった。
「つかまえ、た!」
内心、声が届いたことにほっとした。
届かなかった時の保険も用意していたけど、使わなくて本当に良かった。
「私の勝ちだよ、ありす」
ありすは桃色の瞳を潤ませて笑った。
「ええ、ええ! あなたの勝ちよ! ありすを愛してくれて、ありがとう!」
やさしいあなた。
ありすを待っててくれたのは、アリスだけじゃなかった!
見捨てないでくれて、ありがとう!
あるべきものは、在るべき場所に。
始まった物語には、後ろ表紙が閉じられる。ウサギの巣穴から、部屋の隅にあるクローゼットの中から、駅のホームとホームの間の壁から。出発した不思議な旅には、到着点があるものだ。
妖精國をかたどった風景が崩れる。
現代的な建物と壊れた列車の破片、月が照らす夜空。硝煙の匂いが残る地面に、立香はゆっくりと降り立った。
「戻って、来たんだね」
「ええ、とってもとっても楽しかった!」
また遊んでね、可愛らしいマスターさん。
くるりとアクアマリンのドレスがまわる。満足したようにありすは両手を後ろで組んで笑った。
「やれやれ、とんだお嬢さんだ」
「やったぁ、助かりました! マスター、どこですかー!」
「……」
ぴくりと反応した狂王が、暗い木立の奥を見つめる。
冷たい空気が夜の闇を支配する。夜明けにはあと少しだけ時間があった。それはまだ、アンコールが残っていることを示していて。
ひとつの物語が終わっても、聖杯戦争の終幕はまだまだ先。
「ンンン皆さま、随分とお早いお帰りのようで」
ちりん。ちりりん。
聞き覚えのある愉悦が、響いた。
◇
「遊びの途中で『うっかりと』、死んでしまうやも知れぬと心配しておりましたが。ご無事で何より」
白黒に分けた長髪と巨体。長い爪。ピエロのようにアレンジされた袈裟。
「おまけに工房に置いてきた拙僧の分身も壊されたとあっては、ンン、取り乱してしまうところでした」
なんて、心にもない心配を述べると、現れた道満は口の端を歪ませた。
「残念だったね」
立香は全身の痺れと震える足を叱咤して、スカートの砂埃を払って向きなおる。
「言ったでしょう? 君の企みは何度でも潰すって」
アビゲイルによる人柱集めに、ランスロットを喚び出したオークション。ありすの鬼ごっこ。
「やあ、二度も計画を失敗した気分はどうだい法師サマ? ああごめん、三度目かな」
微笑んだオベロンから神経を逆撫でされるような皮肉をぶつけられても、道化の笑みは衰えない。大袈裟に両手を広げる。
「ンンンンン、壮観というほか御座いませぬ! 素晴らしい! あなたは勇敢に立ち向かい、そして勝利した! そこに何を憂うことがありましょうや! 拙僧から、わずかばかりの祝いを」
企む瞳が妖しく光る。巨大な手には、いつの間にか式神が挟まれていた。目玉のかかれた紙が燃え上がる。
「プログラムには、
何かに気づいたオベロンが叫ぶ。
「っ、マスター! 後ろだ!!」
ありすは、静かに佇んでいた。
桃色の瞳がくすんで、濁っていく。球体の関節がいびつに曲がり、首をかしげ、糸で吊られたように持ち上がった。
「ありすはアリスで、……ありすは、ありすは、だれだっけ。分からないけど、楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」
少女を構成するホログラムが、テレビの砂嵐のようにざあざあと乱れる。
『自身の肉体にまったく別の肉体を付属・融合させる適性。これが上がれば上るほど正純の英雄から遠ざかっ、カカ、かかか関係ない関係ないそんなのまったく関係ない! 何であろうときっかけ貴方の注文通り!』
首が長く伸びて地面に向かい、Uの字に曲がる。いびつな様はニホンの妖怪、ろくろ首によく似ている。小柄な頭部と逆さになった幼女のお下げが柳のように揺れた。
『ああaアそびましょウ?』
アクアマリンのドレスを突き破って身体中から伸びてきたのは、おとぎのふしくれだった木の枝。もはやそれは、おとぎ話のかいぶつだった。いいようにプログラムを改変された、少女の成れの果て。
じゃきじゃきと無数のハサミが鋭い金属音を響かせて、枝の先に連なった。
それは可愛らしい叫喜で、寛大な凶器で、禍々しい狂気だ。柔らかい肉を切り裂けるように。めだまをえぐり出せるように。メルヘンな切っ先が、立香へ次々と射出される。つう、と掠めたこめかみから生温いものが滴った。
「っ……!」
ありす、ごめん。
悲しい、くるしい、辛い。
やらなければ、こちらがやられる。心をねじ伏せて、すべてを無にして。
目を伏せたつぶやきは一瞬。覚悟を灯した瞳が前を向く。
「穿て! バーサーカー!!」
立香の耳元を越えて、暴風が横切る。
寸分の狂いもなく撃ち込まれた槍が、少女の心臓を貫いていた。因果の逆転を起こす、呪いの一撃。縫い留められて食い込んだコンクリートの壁から、ぱらりと破片が落ちる。瞳の光は既に無かった。
「……」
道化の術式で自我を奪われた少女を倒すのは、心が痛かった。絶望と怒りがこみ上げる。震える唇を噛み締めた。
ああ、また殺した。私が。踏み倒して、捨て置いてしまった。口では愛すると言いながら、とんだ嘘つきではないか。
……まだ、まだ泣けない。こころを透明にするんだ。
「……その心臓、たしかに貰い受けた」
静かに狂王が告げると、光が弾けておとぎの少女は消滅した。