悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

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悪役を与えられた藤丸立香がオベロンと終局へ向かう話

 

「ごちそうさまでした!」

 

 村正の作ったメロンタルトの皿は空になったし、立香の小腹も満たされた。

 

「ねえマスター、折角僕の分まで分けてあげたんだから、お返しが欲しいなあ」

 

 いつもの──猫を被ったいつもの口調で、にこやかにオベロンが告げる。特に疑問に思うでもなく立香は答えた。

 

「ん、何がいいかな? 私に出来ることなら何でもいいよ?」

 

「……そう」

 

 一瞬表情を無くしてから、オベロンは笑みを浮かべた。

ふさがったばかりのこめかみの傷に、尖った爪が触れる。軽くひっかくと赤いものが滲んだ。少女が顔をしかめる。

 

「っ、」

 

 こめかみに口づけが落ちる。耳の辺りまでたれた血をなめとった。温くて柔らかいものが皮膚をなぞり、たまらず少女は目を回した。オベロンは様子を見てとって、今度は小さな唇を指でなぞる。

 

「嫌? じゃ、こっちにするかい?」

 

「ちょ、ま……、は!? さっきから可笑しいよオベロン!?」

 

 目を丸くして顔を赤くした立香を面白そうに見ると、にこやかにオベロンは少女の顎をすくう。

 

「魔力が空っぽなんだろ。身体が怠いんじゃないのかい? 頭がぼんやりしない? ……そう。僕が親切に分けてあげようっていうんだから、感謝して欲しいね」

 

「わわ、す、ストップ! ステイ、オベロン!」

「嫌だ」

 

 ちょうどベッドにいることだし、と流れるように押し倒されて、綺麗な瞳が近づく。

 

「もう、バカオベロン! この大嘘つ、き……」

 

 言いかけて、気づいた。

 彼は口にすること全てが歪む、正直の正反対を行くような存在だ。必死にオベロンを押し留めていた手のひらが、悟ったように下がる。確かめるように呟いた。

 

「逆、なの? そうだよね?」

 

 ぴたりと迫ったオベロンの指先が止まる。

 体がだるかったのは、魔力不足じゃなくて、回路を流れる過剰な魔力による不調。私の血を舐めていたのは、魔力を与える為じゃなくて、奪って回路の負荷を軽くするため。

 

「私の中には、濁った魔力が溢れすぎているから。だから、貰おうとしてくれたんじゃないの?」

 

「……きみ、もう保たないんじゃない?」

 

 見上げた立香の視線に、虫は表情を消して呟いた。

 

「隠すなよ」

 

 もうそれほど余裕もないクセに。へらへら平気そうに笑いやがって。

 

「そっか。心配してくれたんだね」

 

 やっぱりオベロンは優しいなあ、なんて少女は囲われた腕のなかで虫を見上げる。安心させるように夕焼けの瞳が力強く輝いた。『お会い致しましょう』と去り際に道化の言っていた言葉が思い返される。

 

「大丈夫、私はいつだって乗り越えて来たから。絶対に諦めないし、生きてみせる。──それが例え、『ゆめの狭間』だったとしても」

 

「……は?」

 

 甲虫の沈んだ瞳が限界まで見開かれる。沈黙の後、顔を手で覆うと肩を震わせ始めた。うずくまった震えはやがて大きくなり、爆笑に変わる。

 

「ふっ、く、あはははは!!!」

 

 早く、はやく、今すぐに気づいて欲しい。

 まだ、まだ、永遠に気づかないで欲しい。

 

 安穏平和で冷酷無比なこたえを知るには早すぎて、緩やかなぬるま湯に揺蕩うばかりでは遅すぎる。嗚呼、気持ち悪いきもちわるい気持ち悪い。

 

「蛮勇だなァ、マスター!」

 

 呆気にとられる少女を差し置き、ひいひいと腹を抱えてよじれるほど笑う。肺から空気を絞り出して、空っぽになってあえぐまで全身を震わせ続けた。

 

「あーおかしい。愚かで傑作で本当に、」

 

 すぅっと口もとの笑みが消えて、肌を刺さんばかりの空気が溢れ出る。足元からは百足や蝎を掛け合わせたようなおぞましい虫が零れて這い回り、聞くものを不快にさせる羽虫の音が部屋中に響いた。

 しゃがみこんだ黒髪の隙間から、冷えた瞳が少女を見上げていた。

 

「──反吐が出るよ」

 

 

 一人と一騎のサーヴァントの姿は、山の上、柳洞寺へと続く長い石段の前にあった。遠くに境内へと続く山門が見えている。冷えた夜風が礼装のスカートの裾を揺らした。

 

「うう、寒っ! オベロンその上着貸して。あったかそう」

「は、嫌だね。短いスカートに半袖の制服を選んだカルデアの連中を恨むんだな」

「え、オベロンのけち!」

 

 階段の中程までを上る。山門の前に、人影があった。

 

「こんばんは、愛らしい魔術師さん」

 

 身の丈ほどもある太刀を携えた、女性の武者。月を背にして凛と佇む姿には、一分の隙もない。知らず頬を冷や汗が流れる。その正体を知りつつも、どうにか突破口を見つけようと立香は口を開いた。

 

「……こんばんは。貴女も、サーヴァント?」

 

 彼女は胸元に手を当て、穏やかに笑んでみせた。纏った鎧が物々しい音をたてる。無言で虫が、少女をかばうように前に出た。

 

「あらあらまあまあ、ご丁寧にありがとうございます。私は山門を依り代に召喚された、取るに足らない平安武者。来たる刻限が迫るまで、こちらの守護を仰せつかったのです」

 

「──陣が成るまでの短い間、何人たりとも通さないことを」

 

 殺気が高まり空気が軋む。 

 長い黒髪が広がり、包容力と慈愛のこもった黒瞳が細められた。美しい声が低く這う。

 

「主君とも認めない外道に喚び出されたことは、大変遺憾で虫酸が走ります。しかし、これもまた運命」

 

 もう一段。踏み出した瞬間、足元に牽制の矢が刺さる。

カルデアで、立香にとっての彼女は母であった。時に膝の上でお茶を楽しみ、夏は水着で大はしゃぎし、共に戦場を駆け抜けた。

 

「逃げずに正面から来たことだけは、評価してあげましょう。……さあ、武器をお取りなさい。一太刀も振るわぬままに、虫は母が切り捨てて差し上げましょうね」

 

 争いは、避けられそうにない。しゃらり、と音をたてて抜かれた刀身に、月光が跳ねて光った。

 

「──御覚悟、どうぞ」

 

 抜き身の太刀をこちらへ向けて、武者は──源頼光は、ゆるりと笑った。

 

 

 

「っ、くそ!」

 

 立香の腰をひっつかみ、オベロンが逃げるように外套をひるがえす。

 ぶわりと視界を覆い尽くすが如く現れたのは、無数の青い蝶。燐光の輝きを閉じ込めた波が、山門目掛けて襲い掛かった。

 

「ッ!」

 

 群青の渦の中を突き抜けて飛んできた弓矢を間一髪、オベロンは首を傾けてかわす。人影が渦の前方に映った。

 

「あらまあ、ずいぶんと雅な戦い方をするのですね」

 

 飛び出してきた頼光が、太刀を構えて斬りかかる。

 人の胴ほどもある巨大な百足が数匹、何処からともなく現れるが瞬時に斬り散らされる。足留めにもならない。対人の近接戦闘に長けた彼女に対し、支援が主なオベロンでは相手が悪かった。

 

「では、さようなら」

 

 あっという間に二人の眼前に鋭い太刀の軌跡が迫り。

 

「っ!」

 

 見開かれたのは、頼光の瞳だった。

 金属音が散って、突き出された槍が刃先を弾き飛ばした。そのまま二、三度打ち合い、互いの得物が噛み合って膠着する。

 

 身体中にトゲを生やした、大柄な黒いフード。立香たちをかばって振り返ったのは、紅玉の瞳だった。

 

「先に行け」

 

「っ、……ありがとう、オルタ!」

 

 頼光の瞳が細められる。ギリギリと刀が音をたてた。

 

「余計な真似を」

 

 駆け出した背後では凄まじい剣気と闘気がぶつかり合い、斬撃と火花が弾け出した。

 

 

 登りついた階段の先にあったのは、古い木造の建物と石畳の敷かれた境内だった。淡々と木々がゆらめき、不気味な風が唸る。

 

「お待ちしておりました。マイマスタァ」

 

 どろりと空気を溶かして現れたのは、ひざまづいた大男だった。陶酔にも似た表情を浮かべ、道化は黒曜石の瞳を細める。

 

「ンンンンン。やはり、来てくださると信じておりましたとも」

 

「……道満」

 

 立香は、食いしばった歯のすき間から声を絞り出した。握りしめられた拳が白く変色する。

 

「何故、こんなことを」

 

 魔術は秘匿するもの。聖杯戦争は、魔術師同士の争い。冬木で大がかりな殺人を繰り返して。その上、わざわざ大勢の人を巻き込む宝具を展開する必要は無いはずだ。

 

「ンンン、何度でも申しましょう。ええ、ええ! それは勿論! ──愛、に。ございますれば」

 

 目を見開いた道化は、紅をひいた口元を歪ませた。ことりと不気味に首をかしげる。

 

「そこな虫けらには、理解できぬことでしょうなあ」

 

 道満の背後でじわじわと魔力が高まり、木造の長い廊下が悲鳴をあげるように音を立てる。毒々しい紫色が、混沌とした上空を満たしていた。

 

「主人公が戦うための理由。それはいつでも『愛』であれと言ったのは、どなたでしたでしょう」

 

 世界を救うための戦いであれ、誰かを恨み、憎んだ故の復讐であれ。

 その根底にあるのは切っても切り離せない誰か。道の先へと導いてくれた人への親愛。共に戦ってきた仲間との友愛。一度人生を終えても己の存在を繋ぎ、縛りつける程の醜愛。

 

「それはもちろん、拙僧も変わりませぬ」

 

「全て、貴女様のためにございます。マイマスタァ?」

 

 道化が求めているのは聖杯を手にいれることではない。前世において、己を打ち倒した少女のその先の物語を見たい。見ることが叶わないのならば、自分が再び主人公に立ち塞がる壁となってでも物語を作り出す。そこまでするのは、ひとえに少女に歪んだ愛を向けているから。

 静かに胸に手を当て、愉悦を浮かべて道満は告げる。

 

「拙僧ならば、この身、この魂が砕け散ろうと、骨の髄まで貴女に尽くしましょうぞ。そこな愛を知らぬ虫けらよりも、ふさわしいとは思いませぬか?」

 

 目を閉じていた夕焼けの少女は瞼を上げると、真っ直ぐに道化を見つめる。瞳と同色の髪が、静かな怒りを示すようにふわりと揺らぐ。

 

「君がこれ以上、暮らしている人たちに被害を出さないんなら、少しは考えるかな」

 

 道満は大げさに両手を広げて見せた。少女の返答を分かっていたかのように、ニタリと笑みがこぼれる。

 

「ンンン、我が主は欠片もその意志がないと見ましたぞ!」

 

「……オベロン」

 

 視線を後ろに向けて呼びかければ、背後から立香を抱きしめてそっぽを向いていた腕が、するりと離れる。

 

「話は終わった?」

 

 黒い外套が立香の横に並ぶ。その様は空に溶けて消えそうでありながら、頭部に被さった冠だけが闇の中で月明かりを映して冷たく輝く。氷のような声が立香の耳朶を打った。

 

「俺から言うべきことは、何もない」

 

 ふ、とため息がこぼれた。

 興味もないし、恋だの愛だの求められるストーリー性を問うような問答など、この上なく醜悪なだけだ。宝具が発動する前に、立香の心が焼き切れる前に、さっさとここで倒して終わり。それだけ。

 

「……近接は得意じゃないんだけど」

 

 さもありなん。彼の本領は、情報収集や諜報、遠距離からの攻撃と支援を同時に担うこと。マスターも人使い……いや、虫使いが荒いものだ。

 

「うーわ、コレほんとに俺がやるの?」

 

 背後で鎌の柄を振るって手首を返し、一回転させて肩に担ぐ。あたりに鋭い金属音が響いた。黒銀の髪を気だるげに揺らし、オベロンはぼそりと呟いた。

 

「じゃ、始めようか?」

 

 道化までの距離はおよそ三十メートル。

 斬りかからんと疾走する。そのオベロン目掛け、式神が殺到した。

 

「フハハハハ、死ねェい!!」

 

 虫の姿が縮む。ブランカが上空に舞い上がった。

 地面から染みだしわらりと道化に這いよった大量のシロアリを、放たれた呪符が燃やし尽くす。

 

「ンンンンン!」

 

 シロアリに気をとられて首もとに迫った刃先を、後ろに大きくのけ反って道満は交わす。

 お返しとばかりに召喚された怨霊・顕光(あきみつ)がオベロンへと斧を振るった。巨体の胆力で上段から力任せに振り下ろされた相手の得物を、鎌の柄を滑らせて受け流す。その重さに手元が痺れ、ぎゃりぎゃりと耳障りな音が響いた。

 

「クソ、めんどくさい……!」

 

 追撃の刺突。

 突き出された戦斧の先は、オベロンが一歩斜めに下がれば空を切った。持ち手を強く引かれて顕光が体勢を崩す。前につんのめったところを、胴を真っ二つに裂かれて塵に還った。

 

「これにて! 終いに致しましょう!」

 

「!」

 

 気づいた時には周囲を呪符が取り囲み、その円が恐ろしい速度でオベロンを始末せんと径を縮める。確かに虫を殺しきったはずの術式は、煙に手を突っ込んだように対象を逃した。

 

「……させないよ、道満」

 

「回避ですか……ンンン小癪な……!」

 

 立香の方へ視線をやって、道化は呻く。

 

「はは、僕に出来るのはこの程度さ。一人の力じゃないからね。おっと、よそ見なんてしないでおくれよ?」

 

「ンンンンン! 実に! 甘露ォ!!」

 

 オベロンが足元を狙って振るった鎌の刃先を飛び上がって道化はかわし、放った極彩色の蝶も袖の一振りで燃え上がらせる。炎の中から突き出した鎧染みた甲虫の腕も、皮膚が裂けるのもかまわず受け止められた。

 

「ぬううん!」

 

 虫の顔がめんどくさいとばかりに歪む。

 

「ちっ……!」

 

 地面がえぐれ、土埃が舞う。いくつかの寺の屋根を支える柱がひび割れ、崩れ落ちていた。

 

「ンンンまだまだァ! 拙僧、『高ぶっておりまする』!」

 

 後ろに下がろうとするオベロンへ、道満は足止めの呪言を呟く。硬直した虫の胸ぐらを素早く掴んだ。反対の手で頸を横薙ぎに掻き切ろうとすれば、即座に鋭い前蹴りが目を潰さんと飛んで来る。たまらず手を離し、無理やり地面に叩きつけた。

 

「ヴェスパー!」

 

 虫が起き上がる前に肉薄する。刺し貫かんと構えた道満の手刀は、横合いから飛んできたスズメバチに邪魔をされた。

 

「……そういえばきみ、体術も出来たっけ」

 

 オベロンは跳ね起きて距離をとり、忌々しげに血を吐き出す。道化は首をコキリと鳴らした。両手を組んで肩を回し、より粗野な、獣を思わせる荒々しい装いへと変化する。鍛えられた上体に貼り付いた黒い呪符が、禍々しい気配を醸し出していた。

 

「拙僧の術は、貴方には効きにくい。承知の上ですぞ?」

 

「はっ。陰陽術とやらも、前世より鈍ったんじゃないのかい?」

 

 虫の嘲りに、道化の黒曜石の瞳孔が大きく見開かれる。我慢ならないというように、ちりちりと鈴が音を立てた。

 

「……抜かせ、虫め」

 

 僅かとは言え、共に同じ時間をカルデアで過ごしたのだ。お互いに手の内は割れている。

 

「この際です、楽しませて貰いましょうぞ!」

 

 柔よく剛を制すというが、剛よく柔にも勝つ。

 オベロンがあえて細身の体躯を懐へ飛び込ませ、腰ひもを掴み勢いを利用して投げ飛ばす。黒銀の髪が宙に舞い、毒々しい道化の着物が引き裂ける。すぐさま起き上がった道満は、その巨体とタフネスを活かして虫へと殴りかかった。

 

「『喰らえ』」

 

 虫の呟きにしたがって、湧き出た無数の百足が波のように道化へ襲い掛かる。男の巨体が足を踏み鳴らすと、地盤がめくれあがって侵攻を防いだ。振り向いたところにオベロンの投げつけた黒い外套がいっぱいに広がって、道化の視界を奪う。

 

「ンンン、何度も同じ手など…………が、ぁ!?」

 

 ぐしゃり。

 オベロン諸共吹き飛ばそうと呪符を挟んだ指先が、衝撃に震える。ぼたりと口の端から血液が垂れた。胸から突き出ているのは、鋭い一振りの刀。赤髪の刀鍛冶が、背後から鋭い視線を飛ばしていた。

 

「セイバー、そのまま畳み掛けて!」

「応よ。お前さん、ちぃっと背中がガラ空きだぜ?」

 

 凛の指示に応え、村正が日本刀を胸から引き抜く。

 オベロンの存在は、攻撃は、全てが気を引くための(ブラフ)。本命は、山の裏手から回ってきた村正との挟み撃ちだ。

 

「ぐ、何と……!」

 

 道満は無理やり体をひねると、遠心力を利用して村正を弾き飛ばす。村正は一回転して凛を守るように着地した。刀を払って血を落とし、切っ先を道化へと向ける。

 

「致命傷だ。そろそろ堪忍しな。じきにあんたは終わる」

 

 道化は息も絶え絶えに、荒い呼吸を繰り返す。ひゅうひゅうと気管の狭まる音が響く。それでも企む笑みは消えず、瞳を細めた。

 

「ええ、ええ。正に、正論。……しかし、時間は稼げたようで御座います」

 

 道化が視線を流した先には夕焼けの少女の姿。硬直した立香が目を見開き、かくりと膝が折れた。

 

 

「……」

 

 ぷつりと電気が切れたように、目の前が真っ暗になった。何にも、見えない。瞳の裏で渦巻くのは、溢れそうなほどの激情。震える指先が、息苦しい胸を押さえた。

 

「……ぁ、」

 

 どくん。

 

 あぁ、空っぽだ。

 お腹がすいた。良い匂いがして、美味しそうで、喉がカラカラで、欲しくて欲しくて欲しい欲しいホシイ欲しい寄越せ。食ベロ。食べて飲み干して空っぽにシテ、全てを飲み込んでシマエ。

 少女の影のなかで、黒い魔力が異形となって蠢く。

 

「っ、マスター!」

 

「おや、余所見はいけませんなァ?」

 

 膝から屑折れた少女に駆けよろうとしたオベロンの歩みは、道化の振りかぶった腕に遮られる。

 

「貴女の持つ縁は、その魂は、サーヴァントをより強く引き寄せる。拙僧がこうして魔力を分けて差し上げなくても、次期に完成したかと思われますが……ンンンンン」

 

「最後の仕上げは自らの手で、と言いますでしょう? 拙僧は、今の貴女に大変お会いしとう御座いました」

 

 ゆめの狭間。──自らの理想(エゴ)へと至る、絶望的な現実のなかで。

 

「ふふ、ンンンふふはははは!!」

 

 道化は歓喜した。

 さあ! さあ! 受け入れておしまいなさい! 取り巻く泥に身を委ね、闇に運命を任せるのです。新しい生命の誕生。終わりの物語のその先の始まり。終末の羽化。ようやっと、合間見える。我が主との再会にして再誕。新しい聖杯の、器としての藤丸立香に!

 

「お初にお目にかかります。さぞかし残虐な、蹂躙する新しい貴女を見せて頂けるのでしょう。どこまでも、愛しておりまする! ……そして、」

 

 陣は成った。

 深手を負いながらも口元を吊り上げ、道化は叫ぶ。

 

「余所見をォ! しましたねェエエエエエエエェ妖精王殿!」

 

 時は満ちた。

 聖杯戦争の勝者は決まった。盤面は詰め(チェックメイト)だ。こぼれる愉悦を隠しきれずに口角が上がる。哄笑が辺りに響いた。

 

 これぞアルターエゴ・道満の操る陰陽術の奥義がひとつ! 悪辣の極みにして、怖気のする悪逆非道の真骨頂! 問答無用に命を歪める強制変換!

 ──同意は不要。拒絶は不可能。

 ──効果範囲の人間を怪物へと書き換える外道の術!

 

「急急如律令! 喰らえい! 『地獄界曼荼羅』!」

 

 瞳が弓なりに曲がる。

 結末を確信した道化は、結実の印を結んだ片手を振り上げた。

 

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