悪役を与えられた藤丸立香が聖杯戦争でオベロンを召喚する話   作:凛夏ナツ

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悪役を与えられた藤丸立香がオベロンと聖杯戦争を終わらせる話

 

 狂瀾怒濤(きょうらんどとう)悪霊左府(あくりょうさふ)

 蘆屋道満(あしやどうまん)の宝具の本質は、呪いである。鬼を生み出し死人を操る、いわば死霊降霊術(ネクロマンシー)の一種。三体の神霊と怨霊を取りこみ、『蘆屋道満法師』の成れの果てが生み出した、都市に仇なす大呪術。

 冬木は都市であるのだから、これほど呪い食らうに適した宝具もないだろう。楔を穿ち、呪を染み込ませて霊脈に通した、強固なる陣。効果自体が消されても、基盤は簡単に破綻しない。そしてその代償も、微々たるものでは済まない。

 

「わー、素晴らしいアンコールだねえ」

 

 オベロンがふざけるなとばかりに棒読みのセリフを吐いた。

 崩れかけた肉塊が、ボコリと膨れ上がる。染みだした黒い泥は滲んで広がり、塀を倒し、屋根を焼いて、大地を取りこまんと侵食する。赤い夜の中に浮かぶ様子は、さながら終末の具現であった。自身を聖杯の核として取り込ませた道化の姿は、跡形もない。冬木へかけた、強力な呪い。その呪詛返しとして跳ね返った力すらも動力に変えて、最後の試練が体現される。

 

「……」

 

 オベロンの腕の中で、立香は手に残る最後の令呪を見つめた。最後の切り札である、強力な命令権。今こそにじみ出した泥を止めるために、使うべきだ。

 

「さっきはアルトリアが止めてくれて、本当に良かった。無駄使いしちゃうとこだったよ。……オベロン」

 

 手の甲に刻まれた紅が、消し飛んだ。

 

「『──令呪をもって命ず』」

 

 夕焼けの瞳がかがやく。奈落の虫を、明確な意思をもって少女は呼ばう。本物の冬木の街に溢れ出した泥ごと、奈落の底に呑み込んでしまえ、と。

 

「いいのかい? 少なくともこの寺と周辺一帯は残らないけど?」

 

「うん。私がマスターとして、責任を持つよ。街への被害を抑えたいの。……あとね、あの成りかけの聖杯は、残して欲しい」

 

 君は怒るかもしれないけど……中にまだ、彼がいるから。自分を陥れた道化にさえ想いを向けて、立香はオベロンに願った。不安げなオレンジが風に揺れる。

 

「……いいとも」

 

 きみが、望むのなら。今一度、黄昏の空を。

 即座に切り返された言葉に、虫は呟いた。鋭い爪が抱えた立香の頬をなぞる。黒い外套が魔力に圧されて、平坦な声とは裏腹にはためいた。

 まさか、正体を忘れたとは言わせない。妖精王オベロンの下にあるのは、奈落の終末装置、ヴォーティガーン。そのまま行けば、必ずそこに待っている。絶対的で盲目的な悪から、逃れられる者がいるとでも?

 

「心底、気持ち悪いけどね」

 

 オベロンが片手を横に伸ばせば、ずるりと漆黒の闇が滲み出る。つめたい星の王冠がかがやき、曇天の瞳が退屈そうに瞬く。ひらかれた薄いくちびるが流麗な言葉をのせた。

 

 崩落の(とが)。黄昏の跡。

 すべては夏の夜の夢のように。

 口ずさむのは、竜をかたどる終末の契り。

 

「──『夜のとばり、朝のひばり』」

 

 腐るような、夢の終わり。

 闇より深き奈落より出でて、終焉へと降り立つ。其は、偽り(うそぶ)く一夜の夢なり。死ね、しね、シネ。これ以上の終末を、お前達に用意できるか。黒い外套をひるがえして、終幕を告げる。どこまでも真っ暗な、奈落の底へご招待。

 

 ──黄昏を食らえ。

 

「最高で最悪な結末をきみに。さっさと死ねよ。『彼方と落ちる夢の瞳(ライライク・ヴォーティガーン)』……!」

 

 黄昏のゆめが、黒くかげる。

 薄っぺらい偽りの皮をはがして現れたのは、どこまでも落ちる奈落の空洞。蠢く真っ黒い虫竜が口を開ける。喰らって、食らって(のみほして)くらって(おちる)。街を侵食した泥すらも呑み込んで、腹の中へと収めていく。

 

 終わったときには、何も残っていなかった。市街地のど真ん中。食い尽くされたような、白く広がる砂塵の大地。どこまでも平坦なそれは、前世、地球の漂白を思い出す。

 

「オベロン、泥と被害は?」

 

「ああ、問題ない。コレは力の一端でしかない。わずかな奈落の虫のもつ片鱗。かなり出力は絞ったから、被害は最小限なはずだ。残りは……」

 

 虫が顔を向けた先には、脈動する肉塊。高さ優に三十メートルはあろうかという山が、鎮座していた。

 聖杯モドキの成れの果て。哀しくて醜悪な、おぞましき何か。山の頂点。わずかに黒く肉の間に見えるのは、衣の切れ端だろうか。考え込んでいた立香は口を開いた。

 

「……ね、下ろしてくれる?」

 

 ぺしぺしと虫の腕を叩くが、離れない。むにりと引っぱられ、立香のほっぺたが伸びた。ヒリヒリして地味に痛い。めんどくさいとばかりに綺麗な顔がふて腐れる。

 

「はぁーあ。きみのことだ、『助け出す』なんて戯れ言をいうんだろう?」

「……う。おへろん、いひゃいれす」

「いいとも、連れてってやるよ。さっきの誰かさんみたいに暴走されるよりは遥かにマシだからね」

「ふへへ、ありがとう」

 

 最後まで、一緒にいてくれる? そばで、みていてくれる?

 

「オベロンはやっぱり優しいね」

 

 ひねくれているクセに。どうしようもない口約束を律儀に守って、ここまで来てくれた。嬉しくて、伝えておかなくてはと言葉がこぼれる。夕焼けの瞳が幸せそうに細められた。

 

「だいすき」

 

 いつもありがとう、きみのおかげだよ、と想いをこめてへにゃりと笑うと、ぎょっと見開いた曇天の瞳が忌々しいとばかりに細められた。くしゃりと片手で髪をかきあげる。地を這う声が低く呻いた。

 

「……マ、ジ、で、やめろ。気持ち悪いし吐き気がするし最悪すぎる。ほんと、人たらしのクズやろうだな」

「え、なぜに?」

「……………………きみな、」

「いたたたた!?」

 

 オベロンは思わず、遠い目で空をあおいだ。ぐりぐりとわめく少女の頭を拳でえぐる。

 本気で言ってるから、なおさらタチが悪い。ずっと前から人が黙って手を出さずにいれば、のこのこ安心した顔で寄ってきやがって。だれだよ、こんな能天気なアホになるまで甘やかして育てたサーヴァントは。

 

「……あぁもう滅びろ汎人類史。反省って言葉がきみの頭には欠けてるんじゃないのかい?」

「ふべ、」

 

 当たり前のように頬を挟んで潰された。痛……くない。ちゃんと加減されている。それに、立香を地面に落としもしないどころか、扱う手つきは柔らかいのだ。少女は夕焼けの瞳をゆるませた。

 

 

 雨は降り続けていた。

 立香の夕焼けの毛先から、大粒の雫が滴った。落ちた水滴は赤黒く蠕動する大地に跳ね返り、滑りやすくなって少女の歩みを阻む。

 

「っ、この……!」

 

 足場が悪い、と思わず少女は吐き捨てる。

 肉を掻いて、ぶよぶよした山にためらいなく腕を突っ込む。赤いものが顔や礼装に跳ね返るが、なりふりかまわず上質な黒い衣の切れ端をたどる。肉塊のてっぺんにたどり着いて、埋まった道化を見つけようと立香は足掻いていた。

 温かい何かが手に触れた。退かそうと周りの肉塊を押し上げれば、意識を失った男の顔が見えた。かすかに息はあるが、揺さぶって呼びかけても反応はなく、そのまぶたは下ろされている。

 

「~っ、ああもう!」

 

 いつまで寝てるつもりだ。

 胸ぐらを掴んで、力のかぎり引き上げる。ぐっと顔を近づけて叫んだ。

 

「起きろ道満! 最後まで私の物語を見ていくんでしょう!?」

 

「マス、タァ……?」

 

 ふるりと長い睫毛がゆれる。

 

「晴明さんに負けない術者になるんじゃなかったの!?」

 

「おもしろい話には乗ってきて、裏で暗躍しようと地味な努力して、肝心のところで失敗するのが君でしょう!?」

 

 言いながら、じわりと視界が温かいものでゆがむ。

 こんなに「らしい」退場なんて許さない。

 羅刹王髑髏烏帽子(らせつおうどくろえぼし)、蘆屋道満! どれだけ迷惑かけられようが、私が必ず、君を倒す。その前に消えてもらっちゃこまるんだよ。きみを、取り戻してからじゃなきゃ。少女は頬を両手で挟む。

 

「目を覚ませ、私のアルターエゴ!!」

 

 戻ってこい!! 君は、君以外の何者でもないでしょう?

 

「……」

 

 半端者を、呼ぶ声がするから。求めに応じて目を開いた。目を開けばぼんやりと視界にオレンジ色がうつる。こちらに手を伸ばしているのが分かった。

 

 なんと、なんとおろかな。

 汎人類史最大の苦労人でお人好し。

 ああ。儂とは相反するもの。対極にある光が、他でもない儂を呼んでおる。口元がふやけるのが分かった。

 

「ンン……どうぞ、ご随意に。マイ、マス、ター……」

 

 その手をとろうと、動かぬ手を伸ばして。

 

 

 

「──だめだよ」

 

 少女の姿が、ふわりと黒い帳に包まれた。夜の闇よりも暗い、虚ろへと連れていってしまいそうな暗黒。離れない蜘蛛の糸のように少女を絡めとって、虫は嗤う。

 

「散々、特等席で楽しんだだろう? ……けれど、『ぼくの』マスターが言うんだ」

 

 悪役が退場するならもっと派手にあがいてもらわないとね。手をとられて、オベロンに引っ張りあげられる。

 げぇ。きみ、ちょっとはダイエットしたら? 重すぎるにもほどがあるんじゃない?

 

「な、」

 

 あんまりあっさり助けようとするものだから、些か道満は拍子抜けした。思わず言葉がこぼれる。

 

「……拙僧は、敵ですぞ?」

 

「あいにく僕も嘘つきだからね」

 

 道化の瞳が見開かれる。

 

「……なんと、なんと」

 

 肩を貸した虫はそっぽを向いた。

 英雄だろうが反逆者だろうが、彼女の前では平等なんだろうよ。暗に込められた意味を読み取って、道化はただ唸った。そういえば、彼女はそういう人だったと。

 

 

「……立香も、鐘を鳴らして来たのですね」

 

 アルトリアは、道化の助け出される光景をぼんやりと見上げていた。聴こえていたのでしょう。あなたを呼ぶ、あなたを信じる、懐かしい鐘の音(みんなのこえ)が。

 『絶対に生きてみせる』という、ここまでの聖杯戦争におけるターニングポイントで立香の見せた意地が。負けるものかとあげてきた声が。この時、この場所へと少女を導いたのだろう。

 

 道満という核を失った肉塊は、聖杯を完成させるべく、生け贄を探して蠕動する。マシュが、そっと自らの令呪に手を重ねた。赤い光が、指の隙間から漏れていた。紫紺の瞳がキャスターをみつめる。

 

「キャスターさん。私はこの状況を何とかしたい。お願い出来ますか?」

 

「む……」

 

 自らが予期した事件の結末をたどるのだろう、と微笑むホームズをチラリと見て、キャスターは考える。汚染された聖杯。あべこべな叶え方をする万能の願望器など、人にとっても妖精にとっても毒でしかない。……この争いは、無意味ですか。

 

「以前、オークションの列車で見た君の宝具には、呪いを浄化する効果もあったようだが……はて、どうだったかな」

 

 ヒントでも与えるように、探偵が片目を瞑った。もはやそれでは、答えを言っているようなもの。私ってそんなに頭悪そうに見えますかね、もう。……まあ、サービスされたと思っておきましょう。

 

「……だってさ、アルトリア。いつまで(そっち)の姿を被ってるつもりだい?」

 

 立香と共に地上に降り立ち、道化を転がしたオベロンが呆れた声を上げる。予言の少女は息をついて、ぶつくさ言いながら大地に杖を突き立てた。起動の文言を口にする。

 

「む、こちらの姿は気楽に接していただけるので気に入っているのですが。マスターからもお願いされたのならば、仕方ありませんね。……では、立香。『滅びを見送る貴女のために、六つの鐘を鳴らしましょう』」

 

 

 ならせ、ならせ、(いかり)のように、(なげき)のように。

 

 六つの鐘を鳴らして示せ。真の自由(しょうり)への道を作れ。

 

 

「私がこの陣を書き換えます。転用して、とどめの剣に作り替える……!」

 

 ああ、鐘の音が聴こえる。

 アクティブなスカートから、豪奢なドレスへ。予言の子から、楽園の妖精へ。ただの村娘から、全ての生命を守護する聖剣の騎士へ。気弱な瞳は澄んだ意思を宿し、選定の杖は大剣(マルミドワーズ)へ切り替わる。

 

 

『あなたは、たとえ、ひとりでも、かならずほしを、さがすでしょう』

 

 桃色の長髪と茫洋とした瞳。伸ばされた、ささくれの目立つ血濡れた手。

 とある友人の姿が浮かぶ。故郷のために勇敢に戦い、女王へとのぼり詰め、毒杯に散った彼女。手を握って、慟哭()きながら微笑んで、そばで最期を看取った彼女。

 

「……信じてくれてありがとう、ノクナレア」

 

 湖面を思わせる瞳が輝き、麦穂の髪が舞い上がる。選定の杖の少女には見えていた。光り輝く、彼女だけの星が。目を閉じて解析にかかる。

 幸いにも。今の私には、共に戦う仲間と、護るべきものがあるのです。今度は私が、希望(ほし)を生み出す(とき)だ。

 

「……絶対に、やり遂げてみせる」

 

 ……うん、綺麗に組んである。

 妖精國ではお目にかかれなかった、和風の珍しい形。複雑でトリッキー、無秩序に術式をくっつけたように見えるけど、枝葉を落とせば根底にあるのはシンプルだ。

 剣先を地面に突き立て、剣の柄を両手で握りしめる。

 

 ──望まれることを、望まれたように。

 大丈夫。モルガンの霊脈閉塞型兵装(ロンゴミニアド)だって応用してみせた。だから、もっとできるはず。

 まだがんばれる。

 今度はもっと上手くやる。

 だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

 

「アルトリア」

 

「はい……痛った!?」

 

 頭にコツンと投げられた小石が当たる。珍しく真剣な表情で、オベロンがアルトリアを見つめていた。どこか、大切なものを失っても求められた役割に従って、がむしゃらに走り続ける少女を忌々しいと罵るような、そんな視線。

 

「わ、オベロンのバカ!?」

「うん、きみの方がバカだから安心して」

 

 隣に立つ立香の頭を鷲掴みにして、雑にぐしゃぐしゃとかき混ぜる。瞳をすがめながらかけられた言葉は、どちらの少女にも言い聞かせているように思えた。

 

「……頑張らなくていい。きみは、きみのやりたいようにすればいい」

 

 ふ、と杖の少女は息をこぼした。

 

「……ええ、ありがとう。貴方も前世から変わらないのですね、オベロン」

 

「あっそ、悪い? 俺だってホントのことくらい言うさ」

 

「いえ、全く!」

 

 肩の力が抜けた。ふにゃりと気の抜けた笑いまでこぼれる。覚悟はとうに決まっていた。いやらしい術式は、私なりの素直な構成に。いくつか見知った魔術式に入れかえて、馴染ませるように枠を組む。

 

「敵を前にして、下げる剣はありません」

 

 それは奇しくも。

 いつかの聖杯戦争で、とあるセイバーが口にした台詞と全く同じものだった。手にした大剣の切っ先を、核を求めてさ迷う人型となった肉塊へと向ける。

 ブリテンを諌める戦いではなく、立香達の日常を、ひいては世界を救う戦いであれば。たとえ時代も記憶も越えた輪廻の果てであろうと、この剣は彼女の手に。

 

 道満の組んだ陣の収束した力を一つにまとめて流し込み、大剣を起点として放出する。使用しているのはエクスカリバーなんかじゃないけれど、私が持ってるのはこれしかないんだから仕方ない。私にやれることを、最大限やるだけ。

 

「──回線を蘆屋道満の方位陣から、この心臓に」

 

 少女を祝福するかのように。

 地面から、草木の間から、中空から。膨大な魔力が渦巻く。光の粒が立ち上ぼり、大剣に集まっていく。降り続いた雨粒にも反射して、幻想的な光景を作り出した。光を帯びて、闇夜に鋭い刀身が現れる。

 

「『人類の守護者たる聖剣の騎士、楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)が願い奉る。この戦争を、終わらせ給え』」

 

 循環閉塞型から、収束解放型へ。

 神核接続型呪詛式(ネクロマンチック・カース)から、龍脈焼却型兵装(エクスカリバー)へ。

 湖面の瞳を見開いて、祈りを叫んだ。

 

「『聖剣、抜刀──!』」

 

 全てが収束し、解放される。

 轟音と、衝撃と、爆風。

 巨大な光の柱が、澄んだ夜空に立ち上がった。

 

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